かつて、祝福されて生まれたはずの小さな存在は、人々の信仰心を集めて神となった、その記憶だ。
人に、富と繁栄の礎となる永遠の命を与えるモノ……
しかし、生れ落ちたその神が与えたのは禁断の結果である。富というものは、決してゼロから無限に湧き出て来るものではない。人の営みの中で得られる糧によって、生活に余裕が生まれ、そこで初めて富と呼べる貯えが出来るのだ。だが、
また、永遠の命を望んだ者は、生命と魂の連環から外れた悍ましい怪物と化していった。人が人のまま、完璧に永遠を生きる事などあり得ないというのに、
次こそは間違えないようにと、数百年の時を経て復活を目論んだが、その時既に、
狭間の世界は、
――欲しい。現世の全てが、人間の命と魂が、欲しい。
そうして、
そうして、復活の時を待ちわびていた
狛達が
そんなわけで気力と体力は充実しているが、どうも朝起きてから、狛は身体が重い。こんな時に体調不良とはあまりに情けないが、熱があるわけでもなく、症状も他にないのでとりあえず動いてみることにした。
桔梗の家を出るにあたって、問題だったのはルルドゥだった。狛達と離れたくないと駄々をこねて泣くばかりで、正直に言って手を焼いた。それでもなんとか説得して置いてきたのは、他でもない、桔梗を守る為である。
桔梗は傑物として身体能力も高いが、所詮それだけでは有事には生き延びられないだろう。もしも万が一、常世神が復活するような事があれば、何が起こるか見当もつかないのである。それでも、ルルドゥの槍を使った鉄壁な守りがあれば、多少は安心できるだろう。そう言う計算だ。だからこそ頼み込んで、狛達が留守にする間、桔梗の事を頼んだのだった。
「ちょっと可哀想だったけど、ルルドゥが居てくれれば、桔梗さんは安心だもんね」
「まぁ、アイツは防御だけなら大したもんだからな。あんなビビリがついてきたってどうしようもねぇってのもあるけどよ」
猫田は辛辣に言っているが、それはルルドゥを心配してのことである。もしも常世神が復活すれば、狛達は真正面から戦う事になるだろう。恐がりなルルドゥを凶悪な常世神の前に立たせるのは忍びない、狛も猫田もそう思っているようだ。尚、狛はメイリーと神奈にも連絡を入れていてもしもの時には桔梗の家に逃げ込むよう指示を出しておいた。神奈は狛と一緒に戦いたがっていたが、神奈は槐の基地へ乗り込んだ時の怪我がようやく治ったばかりなので、やはり巻き込みたくはない。なので、いざという時にメイリーを守って欲しいと伝えてある。
そんな中、狛達がくりぃちゃぁに向かうのは、大怪我を追っていた土敷の様子を見る事と、玖歌を始めとした残りの仲間達の安否を確認する為である。場合によっては彼らをどこかへ避難させなければならないのだが、まずは彼らの状況が解らないと何とも言えない。その為にくりぃちゃぁに向かうのだ。それに何よりも、トワとカイリが生きている事を、一刻も早く伝えたかったのもあった。
「皆、大丈夫かな?はぁ…一応、あの後は弧乃木さんが取り成してくれたから、攻撃されたりはしてないと思うけど…はぁはぁ……」
「新しい
「うん。身体が重いだけ、なんだけどね……どうしてだろう」
狛がただ歩いているだけでこの疲れようは、本当に異常だった。猫田は嫌な予感がして、大型の猫に変化すると有無を言わさず狛を尻尾で拾い上げ、背中に乗せてくりぃちゃぁへ飛ぼうとした、その時だ。
「な、なんだっ!?」
突如として空が黒く染まり、文字通りの暗雲が立ち込めてきた。時刻はまだ午後三時を少し過ぎた所で、陽が落ちるのはまだ早い。だが、それだけでは説明がつかないほどに、辺りは暗くなっている。猫田が慌てて太陽の方を見ると、太陽そのものが濁ったように変色を始めていた。暗い緑や暗い赤…いくつもの色味に変化するそれは、もはや太陽とは思えない常軌を逸した姿をしていた。
「な、何が起きてるの…?」
じとじとと纏わりつくような湿った空気が辺りを覆い尽くし、筆舌に尽くしがたい、今までに嗅いだこともない悪臭が空に充満していった。それは全て、あの太陽から流れ出ているのは明らかだ。太陽は色だけでなく形を変え、蠢く何かに変貌する。
「や、ヤベぇぞっ!狛、しっかり掴まってろ!」
「きゃっ!?な、なに、これっ!?」
いつの間にか狛と猫田の周りに突風が吹き荒れて、二人はその風に呑まれまいと必死に耐え凌いでいる。だが、そこで狛が体験したのはあり得ない事態だった。風が手のように狛の身体を掴んだのだ。そして、それは猫田の身体も同様に掴むと、子どもがおもちゃを強引に振り回すようにして力任せに二人を引き離そうとする。
「うおおおおおおおっ!?」
「きゃああああああっ!?」
狛と猫田はそれぞれ別の方向に弾かれ、投げ飛ばされてしまった。どこからともなく不気味な笑い声が響き、太陽だけでなく、空もそれに伴ってその色を変えていく。――そして、空が割れた。