目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第366話 危機迫る

「はーい!それじゃ、キョーのハイシンはココまでー!ミンナ、チャンネル登録とコーヒョーカ、お願いね!また次のハイシンでねー!」


 少し大袈裟な身振りと声で、メイリーがPC画面の前で手を振っている。画面上ではたくさんのコメントが流れて、大勢のファンが彼女の配信終了を名残惜しんでいるようだ。


 狛と猫田が風に襲われて吹き飛ばされるほんの少し前、メイリーは日課にしている動画配信を終えた。演劇部に所属し、元々人と交流することが大好きなメイリーは、普段から動画配信者としての活動も行っている。現役女子高生が顔出しで、体当たりの企画や演技を見せる内容はとてもウケていて、チャンネル登録者数は40万人を超える中々の人気ぶりだ。


 夏休みで学校も休みだし本当は出かけようかと思っていたのだが、今朝になって数日連絡のつかなかった狛から連絡があり、数日間は出来るだけ外出を控えるようにと懇願されたので、素直に外出は止めた。狛に特別な力……所謂、霊感や霊能力があるということは最近になってようやく教えてくれた話だが、メイリーはそれを聞いても、全く疑う事はしなかった。あの光の龍が現れて以降、心霊現象が常態化してしまったという事もあるが、それ以上に彼女は狛を信頼しているからである。


 狛が自分を騙したり、傷つけたりするはずがない。もし仮に、狛が何らかの事情でメイリーを傷つけるような事があっても、それは理由があったりするはずだ。そんな絶対の自信がある。もしも万が一、何の理由もなかったとしても、相手は幼いあの日に孤独と危機から救ってくれた狛なのだから受け入れてもいいとさえ思っている。それはきっと、神奈も同じ気持ちのはずだ。

 彼女達はそんな強い絆で結ばれているからこそ、狛の言葉を素直に信じるのだ。


「なんだっけ、トコトコカミ?じゃなくて、えーっと……」


 配信を終了した後、メイリーはふと、狛の言っていた言葉を思い出そうとしていた。ただ、急に邪悪な神が復活するからと言われても、正直ちゃんと理解は出来ていない。常世神の名前もうろ覚えである。メイリーは、狛が危ないと言っているなら言う事を聞いておこうと思っただけなのだ。しばらく思い出そうとしたが、どうにも思い出せる気がしないので、メイリーは深く考えるのを止めた。


「まぁ、何かよくワカンナイけど……きっとコマチが何とかしてくれるよね。…あれ?」


 その時、自室の窓から見える外の風景が、どこかおかしくなったような気がする。それに気付くと、今度は段々と薄暗くなって、空の…いや、太陽の色が不気味な色合いへと変化を始めていた。メイリーの部屋には空調が効いているはずなのにゾクゾクと寒気がして、背筋に冷たい汗が流れていくのが手に取る様に感じられた。


「ナ、ナニ!ナニあれっ!?」


 その余りにも異常な事態に、メイリーは思わず椅子から立ち上がって窓に張り付くように外の様子を確認した。窓を開けて外を見なかったのは、直感的に危険を感じたからだろう。その予感は当たっていた。視線の先では、住宅街をまばらに歩く人々が突然何かに襲われて、倒されていくのが見えたからだ。


「う、ウソ……!」


 人を襲っているのは、今までに見た事もないほど奇怪な姿をした怪物だ。動物のような人のような、奇妙な立ち姿をしていて、外に居た人を押し倒して噛みついている。メイリーは知らない事だが、それはかつて、常世神が永遠の命を与え、人ならざる者へと変化させた人間の成れの果てであった。彼らは常世神の尖兵として志多羅神によって管理され、秘匿されていたのだ。迫る常世神復活に際し、それを志多羅が解き放ったのである。


 メイリーは恐れからか、カタカタと身体を震わせながらもその光景から目を離す事が出来なかった。窓の締まった二階から見下ろしているので細かい音は聞こえないが、小さくくぐもった悲鳴や、生きながらにして怪物に食われる人の苦悶の声が微かに聞こえている。きっと窓を開けていたら、ぐちゃぐちゃと咀嚼する音さえも聞こえていただろう。

 僅かな時間の後、恐らく力尽きて抵抗を止めた犠牲者を食い散らかしたまま、怪物が動きを止めた。メイリーはその時点でも金縛りにあったように身動きが取れず、じっとそれを見つめている。


「ヒッ!?」


 メイリーの視線を感じたのか、怪物はぐりんと急に顔を上げ、自分を見下ろすメイリーの方に視線を向けた。その顔は、今まさに犠牲となった人の血に塗れていて、鋭い視線がメイリーの視線と交差する。すると、怪物は口の端を歪に上げた。あれは、笑っているのだ。哀れな次の獲物を見つけたという喜びに満ちた笑みだ。それを見たメイリーは身体中を貫かれるような凄まじいに恐怖に包まれた。そして、本能からか、頭で考える前に次に取るべき行動が決まった。


「あ、ああっ!?」


 メイリーはすぐに走り出し、部屋を飛び出した。自分でも驚くほどの速さで階段を駆け下りると、一目散に玄関ドアへ向けて走る。


 あの怪物にどれほどの知能があるかは知る由もないが、メイリーを見つけて笑ったという事は、次の獲物をメイリーに定めたということだ。であれば、家の中に入って来る可能性も十分考えられる。メイリーは恐怖と速さでもつれそうになる足を必死に動かし、飛びつくようにして玄関ドアに手をかけた。


 ガチャガチャガチャガチャ!


「ヒィッ!い、嫌ぁっ!?」


 同時に何かが、外からドアを開けようと強引に動かしている。それを抑えながらメイリーはなんとか鍵をかけ、チェーンをかける事が出来た。


 「な、なんなの!?コレがコマチの言ってた……アブナイってこと!?」


 力が抜けて玄関に座り込みそうになったが、そこでハッと気づく。庭に回れば、リビングには大きな窓がある。朝起きた時に雨戸のシャッターを上げていたので、窓は無防備なのだ。急いで雨戸を閉めに向かったが、雨戸を閉めるには当然だが、一度窓を開けなくてはならない。その音で怪物が気付けば一巻の終わりだ、だが、このまま放っておいて諦めてくれるかどうかは怪しい所だろう。


(ど、どうしよう…アタシ、どうしたらいいの……?!)


 メイリーは突然の恐怖でパニックになっているせいか、上手く判断がつかず、時間だけが過ぎていく。このままいなくなってくれれば、というのは虫のいい話過ぎるだろうか?しかし、出来ればそうなって欲しいと淡い期待が頭から離れてくれない。だが、絶望の影はすぐそこに迫っていた。玄関のドアをガチャガチャと弄る音を聞きつけ、複数の怪物がメイリーの家に集まり始めていたのだ。


 そして、塀を乗り越えて庭に入ってきた怪物と、メイリーの目が合った。


「あっ……!?」


 その瞬間、メイリーは弾かれたように反転して、家の奥へ駆け出していた。あの窓はもうダメだ、とてもではないが耐えられるはずがない。メイリーはすぐに自分の部屋に駆けこむとドアに鍵をかけ、ベッドの上にあったスマホを拾い上げてクローゼットに飛び込んだ。この部屋の中では、たぶんここが一番安全なはずだ。


「コ、コマチ……コマチ、た、たた助けて…!」


 震える手でスマホを操作し、狛にメッセージを送ろうとするが、上手く操作ができない。事前に狛から、危なくなったら桔梗の家……神子神社に逃げ込めと指示されてはいたが、こんなに急では逃げる暇すらないだろう。完全に怯えてしまったメイリーは、ただ助けを求めることしか出来なかった。


 狛へのメッセージを送り、クローゼットの奥で蹲った所で、一階からガシャン!という激しい物音がした。リビングの窓ガラスが割れたのだろう、それはつまり、あの怪物達が家の中に侵入してくることを意味している。


(こ、コワイ……!コワイよ、コマチ…神奈、誰か…助けて!)


 そう願ったのと、WINEにメッセージが届いたのはほとんど同じタイミングだった。慌てて確認すると、クラスのグループチャットにいくつもの助けを求める声が流れていく。夏休みだけあって、遊びに出かけているクラスメイトは多かったらしい、悲鳴のような文章が次々に送られてきて、あっという間にチャットは大変な騒ぎになってしまった。


「ココだけじゃ、ないんだ……」


 メイリーはどこにも逃げ場がないことに気付き、絶望した。そして、ゆっくりと階段を昇ってくる足音に恐怖して意識を手放してしまった。

 メイリーの察した通り、この日、中津洲市内だけでなく日本のあちこちで同様の事件が発生している。常世神復活を前にして、日本全体が大きな危機に見舞われてしまったのだった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?