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第376話 反撃と再会

「……いない、か。どこに隠れたのか」


 ささえ隊本部ビル内部で、弧乃木がポツリと呟いた。京介によって救出された弧乃木と幻場は、同じビル内の別の場所にまとめて押し込まれていたささえ隊の隊員達と合流し、全ての元凶を自称していた総隊長、設楽を捜索していた。しかし、建物内に彼の姿は既になく、残されていたのは防衛大臣の古藤を始めとした自衛隊の幹部達の死体だけである。


 設楽の本来の姿を知らない弧乃木達は、彼の身柄を確保し、常世神復活を阻止しようと考えていたのだ。だが、設楽は常世神を追ってビルを後にしており、それは結果として、弧乃木達の命を救う形になっていた。何故なら、彼の正体はまごう事なき八幡の神の一柱、志多羅神そのものだったからだ。いかにささえ隊のメンバーと言えど、相手を普通の人間と誤解したまま戦えば、間違いなく全滅させられていただろう。


 そうとは知らない弧乃木だったが、幻場は何かに気付いていたのか、小さく溜め息を吐いて疑問を溢した。


「本当に、隠れたのだと思うかい?そもそも、彼は一体何者だったのだろうかね。この状況になるまで騙されていた私が言うのもなんだが、彼が普通の人間だったとは思えないフシがあるよ」


「幻場技術顧問…それは、どういう意味ですか?」


 弧乃木の疑問を受け、幻場は残された死体を検分して答える。


「見たまえ、この死体を。……どれもこれも、とても人の仕業とは思えない手口ばかりだよ。それに、この残った力の残滓は明らかに神気だ……彼はもしかすると、神に並ぶものだったんじゃあないか?」


「そんな……!?」


「あくまで推察でしかないがね。しかし、手前味噌になるが、私をあそこまで完璧に騙しきるなどそこらの人間や妖怪には出来ない芸当だよ。私も人生は二度目な分、それなりに見る目はあると自負しているのでね。……だとしたら、ここで鉢合わせしなくて良かったと思うべきかもしれない。とにかく、こうなれば一刻も早く準備を整えて、常世神本体を追うべきだ。我々ささえ隊は組織だからね、我々にしか出来ない戦い方をするとしよう。個人の力の部分は先に行った京介達に任せるしかない」


「……了解です」


 弧乃木は悔しさを滲ませながら、幻場の言葉に頷くしかなかった。幻場の言う通り、個々人の能力で言えば、京介や彼が連れてきたというもう一人の男に比べれば、弧乃木達はまだ足りていないのが現状だ。そして、個の戦闘能力は劣っていても、多くの国民を護る為に出来る事はある。自身の不甲斐無さを嘆いている余裕はない。

 その時、室内に設置された直通電話がけたたましい音を立てて鳴り始めた。恐らく相手は政府官邸辺りだろう、今の今まで連絡が来ていなかったのが不思議なくらいである。


「やれやれ、やらねばならない事ばかりだというのに政の相談か。……どう話したものかな」


 幻場は天を仰いで嘆きつつ、受話器を上げる。電話の相手は相当な剣幕でがなり立てているらしく、離れているのに弧乃木にまでその怒鳴り声が聞こえてきた。幻場はウンザリと言った表情で弧乃木に目配せをする。それを受けた弧乃木はそっと部屋を出ると、すぐに自身の率いる班員達に指示を出し、より多くの市民を救助すべく行動しようと誓うのだった。





 ――そして再び、舞台は神子神社に変わる。


 縋りつくのっぺらぼうの怪物を引き剥がしつつ、神奈は必死にメイリーを守ろうと一人奮闘していた。どういう訳か、この怪物には刃が通らない。剣を振るっても、まるでゴムのように弾性のある金属を斬っているかのような感覚がするだけだ。切れない相手に剣を振るった所で、それは打撃にしかならず、決して有効打になっているとは思えなかった。

 メイリーも神奈の背後に隠れつつ、邪魔にならないように手際よく隙を見つけては神奈を誘導して怪物の追撃をかわしている。だが、敵は一切の攻撃が通用しない怪物達だ。蹴っても殴ってもダメージはなく、ただ距離を取るだけで、斬る事も出来ないのだ。数は一向に減らない状況では、いつか数で押し負けるのは目に見えていた。


「も、もう残ってるのはワタシ達だけっぽいよ。どーしよ?」


「狛を助けに行くどころか、クラスの連中を助ける事も出来ないとは……不甲斐無い、狛との約束を守れないなんて…!」


 神奈は悔しさを滲ませながら怪物を押し剥がす。いくら気色ばんだ所で怪物達は怯みもしないし、こちらの攻撃が通用するわけでもない。人間を取り込んだ怪物は活動を停止するようだが、それでもかなりの数の怪物が残っていて、神奈達を餌食にすべく襲い掛かってくるのだ。もはや諦めるしか手段はないかと思われたその時、突然、何かが頭上から降って来た。


「おわああああぁぁぁぁぁっ!?」


「エッ!?わっぶ!!」


「る、ルルドゥ!?い、一体どうして……」


 降って来たのはルルドゥだった。正確に言えば桔梗の家の二回から投げ落とされたというべきだが、かなりの勢いで投げられたこともあって、メイリーが顔面でキャッチする羽目になってしまったようだ。訳の解らない展開に神奈が上を見上げると、そこには窓から身を乗り出した桔梗がいて、その背後にはあの怪物が迫っていた。


「か、神子理事長!?」


「ルルドゥ!私の子ども達を…生徒達を守るんだ!蘿蔔君、妹尾君、私達の事は構わず君達が生き延びなさいっ…!そして狛を、あの子を頼んだよ!」


 桔梗はそう言うと、背後から迫った怪物に引き倒されて姿が見えなくなってしまった。神奈は桔梗の家にも目を光らせていたが、誰も出入りはしていないはずだ。なのに、どうして家の中に怪物がいるのか、解らないことだらけだった。


「理事長ぉっ!おい、ルルドゥ、これは一体どういうことなんだ?!」


「あ、アイツら壁をすり抜けて家の中に入ってきたんだ!我も桔梗と協力して街の奴らを守ってたけど限界が来て……せめてお前達だけでも守ってくれって…」


「そんな…!?」


 桔梗の家の中に居たのは、近隣の老人や子供を連れて身動きの取れない人々である。猫田が助けた小鮎親子もその中にいたはずだ。家の中に入り切れなかった人々と生徒達が境内にいたのだが、ルルドゥの話では、結局全滅してしまったということになる。ルルドゥが来てくれたお陰で、神奈とメイリーは助かる希望が見えてきたが、それはあまりに非情な結末であった。


「……ナニコレ?このぬいぐるみ、喋ってない…?神奈、どーいうことなの?」


「おい!我は神だぞ、ぬいぐるみと一緒にするな!鬼娘、コイツになんとか言ってやれ!」


「そんな下らない事を言ってる場合じゃないだろう!どうやってここを切り抜けるかが先だ!」


 どうでもいいやり取りをする二人に苛立ちつつも、神奈はどうやってこの場を離れるかを考えていた。ルルドゥがいてくれれば、ある程度メイリーを護ってくれるので、神奈は今までよりも戦いやすくなる。しかし、怪物達に神奈の攻撃が通用しないことに変わりはないのだ。それを考えている間にも家の中からも怪物達が出てきて、いよいよ神奈達は四方を完全に囲まれてしまった。


(ルルドゥに任せればメイリーは何とかなるはずだ…私が先陣を切って一気に駆け抜けるか?しかし、この数となると……)


 怪物達の動きはそれほど早くないが、問題はその圧倒的な数である。攻撃しても倒せない相手がこれだけの数いるとなれば、仮に神奈が道を開いてもすぐにメイリーは捕まってしまうだろう。いくらルルドゥが鉄壁の守りを誇ると言っても、神奈のように素早く動けないメイリーを守り切るのは難しいように思えた。それに、ここを出たとしてもどこへ行けばいいのかも解らない。さっきは自分とメイリーを鼓舞する為に狛を助けに行くと豪語したが、現実問題として狛の居場所が解らないのだ。

 どこか頑丈そうな建物に避難することも考えたが、ルルドゥの口振りからすると、この怪物からは立て籠もっても逃げられないようだ。考えれば考えるほど、打つ手がない事を思い知らされるばかりである。


(どうしたらいいんだ…!?私の力では、もう……)


 身体を動かしながら考えていたが、絶望に塗り込められそうな思考が邪魔をして、ほんの僅かに神奈の反応が遅れた。蹴り剥がしたはずの怪物が、神奈の足を掴んだまま倒れたのだ。


「こ、こいつ……っ!?」


「神奈ぁっ!?いやぁっ!!」


 倒されてしまった神奈を餌食にしようと、我先にと大量の怪物達が神奈に圧し掛かる。近くでメイリーの声がしたが、倒されてしまった神奈には姿を見る事すら叶わない。


「もう……ダメなのか…?狛、ごめん」


 絶望に負け、神奈はついに諦めの言葉を口にする。そして、再びあの怪物の声が神奈の心へ入り込もうとした時、神奈の周りにいた怪物達がその動きを止めた。


「何……諦め、てんのよ…!アンタの良さはキモイくらい諦めが悪いことでしょ!さっさと立ちなさいよっ!」


「そ、その声……は、玖歌っ!?」


 この場にいるはずのない声がして、神奈は驚き、諦めかけていた心に火が点いた。動きの止まった怪物達を押し退けて立ち上がると、傍に居た怪物達の身体には無数の白い手が絡みつき、その動きを押さえているようだった。そして、少し離れた鳥居の傍に、三つの人影が見えた。


「やっぱり玖歌だ!メイリー、見ろ!玖歌が来たぞ!どうしてここに…!?」


「話は後よ!二人共そこから離れてっ!」


 玖歌の指示に従い、神奈はメイリーを連れて急いで怪物達の中心から離れていく。まだ動いている怪物もいるようだが、それらが神奈達を追ってくる前に、その頭上から無数の強力な弾丸が降り注いで、怪物達の身体を貫いていった。


「す、スゴイ……!」


「あれは…あの時の……」


 二人が目の当たりにしたのは、強力な霊力で作られた弾丸である。どうやら怪物達は物理攻撃には強いが、霊力には耐性がないらしい。その力に、神奈は見覚えがあった。あれは確か、槐の地下施設で京介と戦っていた男の力だ。そして、その隣に立っているのは……


「やれやれ……お守りをする相手が皆子どもとはな。全く、乗り掛かった舟とはいえ…つまらん話だ」


「別に頼んだ覚えはないけど?……嫌なら帰りなさい」


「れ、レディ……!」


 闇に紛れて、一度は敵対したはずのレディまでもが、そこにいた。

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