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第377話 待ちかねた救援

「あ、レディちゃんじゃん!何でここに?!」


 八雲が怪物達を一掃して気が緩んだのか、メイリーは嬉しそうに駆け寄っていく。一方、狛と共に槐と戦った神奈は、二人が槐の側にいて自分達と敵対したことを知っている。何故その二人が玖歌と一緒にいるのかも不明で、警戒心を露わにしていた。

 当のレディと八雲は神奈に気付いていないのか、それを特に気にしていない様子で、レディは適当に相槌を打ちながら薬タバコを優雅に吸っているばかりである。


「玖歌……どういうことだ?何故あの二人と…」


「仕方ないでしょ、成り行きって奴よ。レディあの子が突然くりぃちゃぁに来て、狛の所へ案内しろって言ってきたのよ。アタシにも、狛から何かあったら神子神社に行けって連絡が来てたからね。それでここへ連れてきたって訳。…それより狛は?アンタ達、一緒じゃなかったの?」


「それが、実は……」


 神奈は言い出しづらそうに、これまでの成り行きを説明した。話を聞くうちに、玖歌は思う所があったのだろう。唇を噛んで悔しさを表情に滲ませている。片や、レディと言えば、薄笑いを浮かべてタバコの煙を燻らせているばかりだ。


「そう、そんなことが……狛、悲しかったでしょうね」


「私が悪いんだ。この状況で、事情を知らないクラスの皆を連れて狛と引き合わせてしまったから……もっと上手くやる方法があったはずなのに」


「神奈…」


「フフッ、あなた達は相変わずね。お人好し過ぎて笑えてくるわ」


「何だと…!?」


 レディの物言いに、神奈は怒りを隠せなかった。力一杯に睨みつけ、返答次第では掴み掛らんばかりである。慌ててメイリーが神奈を止めようと間に入ったが、本気で神奈が怒ればメイリーでは止めようがない。それでもレディは神奈の怒りなど意に介さず、笑みを絶やさない。


「だってそうでしょう?あんなに仲良しこよしだったのに、どうでもいいclassmate達を助けようとして一番大事な友達を傷つけるなんて……お人好しじゃなきゃ、何だと言うの?ああ、おかしい」


「レディ!お前…!」


「チョ、チョット神奈!止めてよ!」


「…レディ、アンタわざわざ喧嘩を売りに来る為に、アタシに案内させたわけ?」


「レディ。その辺にしておけ、わざわざ敵を作るような事をする状況じゃあるまい」


「フン…!何が一番大事か決められないようじゃ、こんな事態を乗り切れやしないと思ったまでよ。まぁ、私には友達ゴッコなんてどうでもいいわ。ここに狛がいないなら、futility無駄だったわね」


「くっ……!」


 そう言って背を向けるレディに、神奈は何も反論できなかった。何が一番大事なのか決められていない、そんなレディの指摘は痛いほどに胸を打つ事実だったからだ。この世の終わりを思わせる極限状態にあって、なお、たった一つを選べない自身の甘さが狛を傷つける結果になったと、神奈自らがそう思っているからである。


 だが、そんな彼女達の元に、更に恐るべき光が届く。それは神子神社から離れた、中津洲市を流れる一級河川、大中津川の方向からだった。


「な、ナニアレ?!」


「この気配……常世神とかいう神のものだな。今度は何をしでかすつもりだ?」


「見て!アイツらの様子が…!」


 玖歌が指差したのは、人を取り込んで動かなくなった怪物達である。八雲は初めから立ち尽くして動いていない怪物には攻撃を加えていなかったがそれらの怪物達が一斉に天を見上げ、不気味な咆哮を上げ始めたのだ。


「くっ!?な、なにが……!」


「これ、は……?!」


「常世神が呼んでいるのか…!?ぐぅ、頭が…!」


「お、おい!お前らどうしたんだ!?」


 ルルドゥを除いた全員が、その叫びに反応して強烈な頭痛を感じていた。狛や猫田が追い詰められたのと同じように、人を取り込んだ怪物達からは、人の脳や神経に直接影響を与える力を持っているようである。そして、怪物達は段々とその姿形を変えていった。まるで、常世神へ向けて己が取り込んだ生贄よ届けと言わんばかりに咲く、大きな花のようだ。天へと伸びる人の華は、毒々しいまでに赤い、血のような紅色をしていた。








 中津洲市内のあちこちに人の華が咲き始める少し前、狛と猫田は常世神と対峙していた。常世神の咆哮を間近で受け続け、頭が割れるほどの激痛と脳そのものを揺らす威力の前に、二人共成す術がない。このままでは遠からず発狂してしまう、そんな危機感を覚えるほどだ。


「ぐううっ…くそ、どうすりゃ……う、げぇぇっ!」


「猫田さん…っ!うぅ…!」


 あまりの頭痛に吐き気を催し、猫田は毛玉混じりの吐しゃ物を吐き散らす。狛は両手で猫田の耳を押さえている分、よりダイレクトに影響を受けているはずだが、必死に耐えている。しかし、限界はそう遠くない内に訪れるだろう。退く事も攻める事も出来ないままに、二人はただひたすらに耐えつつ、その影響から逃れる道を模索していた。


(このままじゃ、俺も狛もイカレちまう…!どうすりゃいいんだ!?せめて、この声を止められりゃあ……)


「――よう、苦戦してるみたいだなぁ、。そのご立派な尻尾は見せかけか?」


「な、に…?」


 突然、猫田達の背後から男の声がした。その声は猫田にとって、とてもとても懐かしい仲間の声だ。その場にいるはずのない人間の声を聴き、一瞬だけでも苦痛を忘れてしまうほどに。そもそも、猫田を猫と呼ぶのは、かつて猫田が在籍していたささえ隊第四班の仲間達だけである。そして、その仲間の内、犬神宗吾いぬがみそうご蟹江鉄次かにえてつじはもういない。残っているのは、国を離れただけだ。


「そ、その声……まさか!?」


 猫田が振り向くより早く、何かがその傍を駆け抜けて行き、常世神に向けて刃を振るった。すると、それまで続いていた咆哮が止まり、痛みを訴える絶叫へと変わる。それと同時に、猫田と狛を温かい光が包み込んでそれまでの苦しみが嘘のように消えた。こんな事が出来るのは一人しかいない。


「間に合った…!大丈夫か?二人共」


「京介さん?!」


 二人の傍に立っていたのは、京介と見慣れない恰好をした若い男であった。京介はいつもの神父が着る法衣だが、もう一人の男の方はどことなく中国風の装いである。昔見た映画に出て来る登場人物のようだと狛は思った。その男を見た猫田は目を真ん丸に見開いて驚きを隠せないようだった。


「さ、猿渡サル…!?」


「ははっ!流石に忘れちゃいなかったか。お前も元気そうじゃねぇかよ、猫」


 男の名は猿渡心八さるわたりしんぱち…かつて、猫田と共にささえ隊四班に所属していた男である。彼は、中国で言う道教の術を修めた道士であったが、ささえ隊の解散後に解脱して仙人となる為、単身で中国へと渡って行方が分からなくなっていたのだ。


 人が生きたまま肉体を超越し、天地万物の全てと一体化する……それが仙術の極意であり、仙人と呼ばれる超人となる唯一の道である。しかし、それは並大抵の修行では到達しない真理の頂点の一つだ。大抵の人間はそれを目指しても道半ばで命を落とす、ようとして行方の知れない猿渡もまた、と猫田は思っていた。


「なんだ?そのしけた面ぁ。お前、俺が悟りに至れずくたばったとでも思ってたか?この猿渡様をなめんじゃねぇぞ、真理の一つや二つ、鼻歌混じりに見つけてみせらぁってなもんだ」


「ウソだろ、だってあれから全然……!」


「へへっ!仙人達が集まって暮す桃源郷ってのは居心地が良くてよ、つい長居しちまったのさ。元々、あっちで骨を埋める覚悟でいたからな、そもそも戻って来るつもりもなかったんだが…京介コイツと幻視斎様にあそこまで頼まれちゃなぁ。しかし、久方振りの頼み事が神殺したぁ、幻視斎様もとんでもねぇ事頼んでくれるもんだぜ」


 猿渡が幻視斎と呼んでいるのは、幻場の事である。彼女は限界の来ていた古い肉体を捨てる転生前に、幻視斎と名乗ってささえ隊に在籍していた。何でも、式神を自在に操って人を幻のように煙に巻く所から、幻視斎と名乗るようになったらしい。狛の知る幻場は実直な出来る女といった印象だったが、昔はずいぶんとハチャメチャな人物だったようだ。


「狛ちゃん、すまない。何度か連絡をくれていたみたいだけど、俺は猿渡さんを探して中国を飛び回っててね。深山幽谷のような場所ばかりを行ったり来たりしていたものだから、連絡が取れなかったんだよ。でも、間に合ってよかった」


「い、いえ…何か事情があるんじゃないかって思ってたので……大丈夫です!」


 京介に頭を下げられて、狛は恐縮してしまう。京介に会うのは数週間ぶりだが、以前のドギマギする心よりも緊張する気持ちの方が強くなっていることに、狛はまだ気付いていない。そんな狛の顔を興味深そうにしげしげと見つめて、猿渡は唸った。


「おおー…こいつがあの犬っころの子孫って娘か?よく似てやがる…まさに瓜二つだな。男だったらぶん殴ってやる所だが、まぁいいか。よろしくな、犬神の……ああ、挨拶がまだだったな。俺は猿渡心八さるわたりしんぱちってんだ。よろしくな」


「な、殴る…?あ、えと……い、犬神狛です。よろしくお願いします…?」


 何故男だったら殴られるのかはよく解らないが、そういうシーンは漫画で読んだことがある。男の子というのは時に殴り合って親交を深めることがあるらしい。そういう事なのだろうかと思っていると、そっと猫田が顔を近づけてきて、狛に耳打ちをした。


「犬神の旦那…じゃねぇ、宗吾さんと猿渡サルはとにかく仲が悪かったんだ。まさに犬猿の仲って奴でよ……お前があんまりにも宗吾さんに似てて腹が立ったんだろうから、気にすんなよ。……拍の奴と会わせたらマジで一発殴るかも知んねーけど」


「ええ……」


 本当に、ささえ隊というのはどういう組織だったのだろう。猫田を始めとして癖のある人物ばかりである。狛は高祖父の宗吾でさえも、彼らに負けず劣らずの個性的な人物だったのではないかと少し頭を抱えたくなった。そんな狛の心中を知ってか知らずか、現時点で変な人筆頭の猿渡は自身に満ち溢れた顔をして不敵に笑うのだった。


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