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26:市庁舎への道中と、奪われたウロコ

 市庁舎は、神殿から車で三十分ほど離れた、シャフティ市の北端にある。

 ケーリィンは現在、市庁舎へ向かう車の中にいた。


 他でもないディングレイから「可愛い」と言ってもらえたので、自身の外見への気後れは、今のところない。

 今日はエイルの厚意でドレスに合うよう髪も結い上げられて、薄っすらと化粧も施されている。

 どこから見ても「舞姫」の名に恥じぬ出で立ちだ、と思えた。


 またレーニオの流血騒動以降、舞の失敗も頻度が激減していた。

 とはいえ、市庁舎に待ち構えている相手は市長だ。おまけに、新聞記者に囲まれての対談だ。

 気後れ材料が二つ減ったところで、彼女は起床時から青ざめている。

 それは頬に朱を重ねたところで、隠せるようなものではなかった。


「大変だ。ケーリィンちゃんが、瀕死のイカみたいだ」

 隣から、心配か冗談か判別しかねる言葉を投げかけたのは、月涙げつるい湖に住む竜神のリズーリだ。

 市庁舎までディングレイが運転するため、後部座席で代わりの護衛役を務めてくれているのだ。

 それもこれも、神殿と竜神様の利害が一致した結果である。


 ロールドの運転は下手を通り越して命の危機に値するため、ディングレイが運転せざるを得なかった。

 一方のリズーリは、無事にウロコも生え変わり、湖の周辺も平穏そのものであり、手持ち無沙汰であった。

 暇な竜神様と人手不足の神殿は、こうして結託に至ったのだ。


 リズーリの麗しい顔に、ケーリィンは引きつった笑みを返す。

「大丈夫、生きている、わたし」

「ちょっとちょっと、ディングレイ君。ケーリィンちゃん、原始人みたいになっちゃっているよ」

「聞こえてる! 座席をいちいち揺らすんじゃねぇ!」

 運転席を鷲掴みにされた上、無遠慮に揺さぶられ、ディングレイががなる。ちなみに彼がこうやってリズールに怒鳴るのは、これが初ではない。


 なお、

「レイさんって、本当は八歳なんですよね? 免許は……」

とケーリィンが彼に問うたところ、

「訓練学校で叩き込まれた。肉体年齢は成人済みってことで免許も取ったし、戦車とクレーン車と耕運機も動かせるぜ」

誇らしげに意外性十分な特技が明かされた。特に戦車を使う機会など、この街ではなかろうに。

 人材の無駄遣いではないのか。


 叱られたリズーリはさして堪えた様子もなく、再度後部座席に座る――が、背中が座席に触れた際、わずかに美貌をゆがめた。

 いつも泰然としている彼には珍しく、ケーリィンも自身の不安を忘れてその顔を覗き込む。

「背中、どうされたんですか?」

「うん……この前さ、フォーパー君に無理やりウロコを剥がされたんだよ……そこがまだ、ヒリヒリするんだよね。やんなっちゃうよ」


 生え変わったばかりの新品ウロコを、無慈悲に剥ぎ取られたらしい。

 御年千歳オーバーの彼にとっては、フォーパーもロールドも「君」扱いである。


「……は?」

と、胡乱うろんげな声を上げたのはディングレイだった。

「なぁ、リズーリ。あんたがウロコ生えてるのって、竜の時だよな?」

「そうだよ。人間の時に生えてたら、温泉入れないからね。絶対訊かれるんだよ、『途中で茹で上がりませんか?』って」

 魚扱いされるらしい。竜神も大変なのか、とケーリィンは黙して考える。

 そして一拍遅れて、ディングレイが訝しんだ理由にたどり着いた。

「それじゃあフォーパーさん……竜のお姿の時に、ウロコを剥いじゃったんですか?」


 垂れて来た水色の前髪をかき上げ、こくん、と竜神は頷く。

「いきなり湖に素潜りでやって来て、容赦なかったよ。何か喋ってたけど水中じゃ聞き取れないし、パンツ一丁だし、余計に怖かったんだよね」

 悲しいかな、容易に想像できた。

「あのオッサンに、怖いものはねぇのかよ」

 ため息混じりのディングレイに、ケーリィンも思わず笑って同意する。


 二人 (とフォーパーの非常識さ)のおかげで、途中から緊張感を忘れて市庁舎へ赴くことが出来た。

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