腹部に何とも形容し難い痛みを覚え、私は目が覚める。
上半身だけ起き上がり辺りを見渡すと、薄暗い牢獄の中ではなく、白く暖かな印象を与える広々とした空間だった。
私の寝ていた隣には小さなテーブルがあり、水と白い皿には赤々としたいた丸い食べ物らしき物が置いてある。
お腹が減っていた私はその赤々としたのもを摘んだ。
ちょうど人差し指と親指で円を作ったくらいの大きさのそれは何やら甘い香りがしている。
「食べても大丈夫そうかな?」
訝しげに赤々とした物を睨み、匂いを嗅ぐと更に甘い香りが私の鼻を通して身体全体に広がっていくのが分かる。
我慢が出来ず一口で頬張る。
「美味しい……」
イチゴとブドウのいい所を合わせたような味がして、無我夢中にパクパクと続けて食べ、気付けば皿に入っていた赤々とした物は全て無くなっていた。
それと同時に手足に着いていた枷は外されているのに気付き、服も薄汚れた布きれではなく、綺麗な白いワンピースに着替えさせられていた。
首元にはワンポイントで黄色いお花があしらわれている。
オマケにベッドは前世では味わったことのないほどのフカフカ。
まるで雲に乗っていると錯覚するくらい柔らかいのだ。
まぁ、雲に乗ったことなんてないんだけど。
「一命を取り留めた……ってことなのかな」
遅れてやってきた上に刺されてしまったが、エルに命を救われたようだ。
私の思考を遮るかのようにノックの音が響く。
「邪魔するぞ」
中に入ってきたのは見知らぬ黒髪オールバック、赤目のオッサンだった。
くそパーマ男が着ていた鎧と似ているが青色をしてまるでサファイアのように光り輝いていた。
この声……聞いたことがある。
「野太い人!」
私は目を丸くさせ、彼を見つめた。
「野太っ…………まあいい。それだけ元気ならエル坊も助けた甲斐があっただろう。お前、名前は?」
私の反応に驚きを見せたと思えば小さい溜息を吐き、諦めにも感じる言葉を発した後に名前を訊ねられる。
「マリア・スメラギ、です……」
「エル坊から聞いてはいたが、本当にマリアと名乗るのだな」
咄嗟に自分の名前をそのまま名乗ってしまい、偽名を使えばよかったかな? なんて思っていたがエルから話を聞いているのなら変に嘘をつかないで正解だった。
彼は私の名前に驚いて見せたが、エルほど驚きはしていない。
これが大人の余裕というやつなのだろうか。
「エル……王子にも驚かれました。名前くらいしか覚えてなくて……」
なんて感心しながらもこの世界では名前くらいしか覚えてないことを伝えた。
前世の名前なので今世の名前かどうかも怪しいけどね。
他に覚えていることと言えば、エルの名前とプリティラビットくらいだったし。
「そうか。俺の名前はゴルデスマンだ。よろしくな、マリア嬢ちゃん」
「はぁ、どうも」
彼は右手を私には差し出してきたので、私も右手を出し握手を交わす。
その瞬間、彼は私をにこやかに見つめ何やら値踏みをされている気分だった。
「今、エル坊を呼んでくる。待ってな」
そう言うと彼は踵を返し、部屋を後にした。
くそパーマ男と違ってゴルデスマンさんはいい人なのだろう。
でも野太い声を結構気にしていたのかな?
これからは言わないようにしないとね。
上半身を起こすだけでも今は結構しんどかったので横になって待っていると、すぐにノックの音がした。
「はーい。どうぞ」
上半身だけ起こし、声を掛けるとゆっくりと扉が開き、エル……ではない人がそこには居た。
髪色なんかは似ているけど、少し……ううん、かなりぽっちゃりとしていて別人。誰この人。
下はベージュ色の短パン、上は白いワイシャツに、その上からベージュのベスト。
そのどちらもはち切れんばかりだ。
「き、キミが噂の獣人ちゃん?」
鼻息が荒く、手は何かを揉んでいるように何度もうねうねと動かし、ゆっくりと近付いてくる。
「わ、私、人間の耳もありますし、獣人ではないですよー?」
咄嗟のことで私は時々声を裏返しながら自分の耳を見せ、否定することしか出来ない。
「何を言ってるんだ。ど、どう見たって君は獣人だ。ハァハァ……ねぇ、エルは、エルは一体キミを何秒触ったんだい? ハァハァ、何処まで、一体何処まで触ったんだい?」
鼻息が更に増して私の元へと近付いてくる。
穢らわしい手が私の肩を触ろうとしていた。
その姿はまるで痴漢魔。初めて味わう恐怖に、声が出せず身体も身震いを始めた。
「い、いや。別に……そこまで触られてませんよ」
「そこまで!? 何処までなんだ!!!」
私の話し方が悪かったようで、くそぽっちゃりは興奮気味に訊ねてくる。
鼻息なんて私の手に当たるほどだし。
「ねぇ、オイラはエルの兄なんだからエルの倍は触っていいよね。ハァハァ……いいや、それ以上触る権利がある! 何たってオイラは偉いんだから。さぁさぁ──!」
「兄さん!!!」
くそぽっちゃりが私の頬に触れそうになった瞬間。
バンッ、とドアが開き、私に触ろうとしていた、くそぽっちゃりを睨みつけるエルの姿がそこにはあった。
「た、たちゅけて……」
私はエルに向かって泣きながらそう懇願することしか出来なかった。