「はい! こちらこそ!」
エルが立ち上がり嬉しそうにしている。
そして、立ち上がると同時にガタッ、と音がして一冊の本がテーブルから落ちる。
「うわぁ、すいません!」
「別に私の本じゃないし気にしない──で?」
落ちた本は無造作に開かれ、私はその本に釘付けになってしまう。
別に字が読めるようになった、なんてことはない。
そこに描かれていた絵は人間の女の子で隣に描かれていたのはその女の子に獣耳と尻尾、それから猫の手足が付け加えてあるものだった。
「これだぁ!」
「うえっ!? どうしたんですか、マリア?」
「これだよ! 人間が獣人になってる本! 読めないけど多分これ!」
ページが閉じないように本を拾い上げて、驚き心配するエルにそれを押し付ける。
「……確かにマリアが言う通り人間が獣人に変身していますね……うん、ルイス文字なら僕でも読めます」
「でしょ? それでなんて書いてあるの?」
本を受け取るとエルは何度も頷き、字が読めるので黙読をしていた。
私は興奮冷めやらぬまま、エルに早く読んでくれと言わんばかりに、彼に近付き催促する。
感情に反応してるのか私の尻尾も左右に振っていた。
「ええ、とですね──」
頬を赤らめたエルが本を音読し始める。
その本に書いてあったのは人間が獣人のようになることが出来る魔法「
魔物と契約し、その魔物の力を借り、その魔物の得意とする魔法や怪力、嗅覚などの潜在能力を一定時間得ることが出来る、と言うものだった。
「魔物と契約なんてしてないけど、潜在能力にはちょっと心当たりがあるね……」
今思えば、あれがあってから夜目が利いた気がする。
もしかしたら、あの瞬間契約が勝手にされたという可能性も否定できない。
「あの化け猫ですね?」
エルが訊ねたのにゆっくりと頷いてみせた。
「でも本の内容だと一定時間、って書いてあるんだよね? どれぐらいなんだろ。もう何日もこのままなんだけど」
「詳しいことまでは記されていませんね。何せ三百年前に"失った魔法"と書かれていますから」
失った魔法……か。やだなにカッコイイ。
もしかして、私って失った魔法を使えたりするのだろうか?
でもそのお陰で獣人に間違えられるのは実に不憫である。
「でもどうしてその獣術? だったかは失われてしまったのかな」
「本来魔法は人々の役に立つため、魔物や魔族から見様見真似で出来たものと言われています。まぁ実際のところは親交のある魔族やエルフなどから教えて貰っていますが」
そういう勉強もしてきたのだろうか、エルはスラスラと噛まずに私に教えてくれる。
「その種類はおおよそ千種類、でも全ての魔法を使える人はこの世に一人しか居なかった、と言われています。それがこの世界を創ったマリア様なんです」
マリア、と言われて少しドキッとした。
でも私じゃないね。創ってないし。
そしておかしな点もある。
「女神って言ってなかったっけ?」
「人族から女神になったと言われてるんですよ。この世界なら誰でも知ってる常識です」
ごめんね、非常識で。
これからも度々、非常識なことをしでかすと思うけど勘弁してね。
「それでどうして魔法は失われるの?」
「おっとと、そうでした。簡単に言うと"必要がなくなったから"なんです」
「まぁ私の場合、夜目が利くだけで後は何の効果もなさそうだしね」
夜目が利かなくても灯りがあれば夜も洞窟の中だって何とかなる。
わざわざ魔物と契約してまで夜目を利かせようだなんて思わないでしょうね。
と言うより私はそもそも契約なんてしてませんけどね!
これは魔物の押し売りかぁ、押し売りなのかぁ?
一向に元に戻る気配もないし、一生このままって言うのもこの街では生きづらいし……。
「逆に必要だと思ったら魔法も増えるそうです。でも実際のところ、減る一方だそうで」
「じゃあこの獣術とやらは必要だと判断されて増えたってことなのかな?」
エルの話ならそういうことになる。
必要に応じて増えたり減らしたりする意味はあるのだろうか。
まるでコストのようだ。
まぁコストの場合は削減、削減でコンビニでは驚くほどの底上げ弁当になっていた。
あぁ……コンビニが恋しい、というかお腹空いたね。
「仮説としてはそうなりますね」
「なら、エルも使ってみてよ!」
エルに耳と尻尾が生やすことが出来れば、くそぽっちゃりも私に触ろうとはしてこなくなるはずだ。
我ながら策士、策士。ゲスな笑みが零れちまうぜ。
「残念ですけど、僕に魔法の才はありません。もしかすると、兄さんが使えるかも?」
「よしっ! エル、医務室まで案内して!」
そうだよ。くそぽっちゃり自身が獣術を使えるようになれば自分で自分をモフモフし放題の万々歳。
私はエルから本を奪うと、少し前に覚えてしまった空腹を堪え、すぐに入口まで走る。
エルも慌てて席を立ち、私たちは医務室を目指した。