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第32話 寮へ

 お昼ご飯を食べ、それから制服の採寸をしたり日用品や衣服を買ったりした。

 王都のご飯は和洋中全て揃っていて、グラダラスのメイドさんが作ってくれた洋食も美味しいけれど王都のご飯も負けていない。

 流石は王都と言うだけはあるかもね。


「次は住む場所を決めようか。学園の寮とマンション、どっちがいいかな?」


 カフェでお茶をしながらヒックさんに訊ねられる。

 天気も良くカフェのオープンテラスで向かい合いながら話している。

 ヒックさんはコーヒー、私はレモネードを頼んだ。


「どっちが安いですか?」

「そりゃ寮かな」


 ゼスオジからお金を貰ってはいるが、極力贅沢な暮らしはあまりしたくない。

 城で贅沢な生活をしといて何を言っているのか、なんて思われるかもしれないけれどメイドであるルナが居ない今だからこそ上げてしまった生活水準を下げる必要がある。

 と言っても城の生活は一週間程度だし、すぐに戻せると思う。


「じゃあ寮にします」

「いいの? マリアちゃんならマンションに住んだ方がいいと思うけど……んー、逆に寮の方が安心かなぁ」


 私が寮にすると決めると一度聞き返し、顎に手を当てて何やら悩む素振りを見せ、寮の方が安心だと言って私の案に賛成のようだ。


「王都って治安が悪いんですか?」

「特段そういう訳じゃないんだけど、マリアちゃんは狙われそうなんだよねぇ」


 治安が悪い訳ではなく、私が狙われる恐れがあるようだ。


「モドキだからですか?」

「あーそっか。まだ言ってなかったね」


 てっきり獣人モドキだから狙われる恐れがあると思ったが違うようで、ヒックさんは何かを思い出したのか前のめりになり小声で話し始める。

 私もよく聞こえるように前のめりになる。


「そのブレスレットはね、認識阻害の魔石が使われていて、マリアちゃんを知らない人が見たらただの人間に見えるんだ。だから極力外さないようにね」


 認識阻害……無属性の魔法だっけ。

 効果は様々で全くの別人からちょっとした変化まで、物によっては性別すら変えることが出来る。

 ただの人間って言い方からして獣耳と尻尾は見えていないだけでしょうね。

 その方が私としても嬉しい……本当に獣耳と尻尾が無くなってくれたらもっと嬉しいのだけど。


「それで街を歩いてても何も思われないんですね」

「まぁ王都は多種多様な種族が居るからそこら辺は大丈夫かな。問題はガイアスがマリアちゃんを殺そうとして王都まで刺客を送り込んだりしないか、なんだよね」


 困り顔でそう話す。

 そこまでやらない……とも言いきれない。

 何らかの罪を着せて私を王都からグラダラスに連れ戻し、再び民衆の前で処刑をする……なんてこともありえる。


 それに認識阻害には欠点がある。


「確か、認識阻害の魔法は本人を一度見たことがある者には効果がないんでしたっけ?」

「そう。だから王都にマリアちゃんが居ると分かったら何かしてくるかもしれない」

「肝に銘じておきます」


 暫くは目立った行動は控えようと心に誓う。

 寮で生活するのなら外に出る機会は少ないだろうし、あの民衆やガイアスの手下と鉢合わせる可能性は低いはずだ。


「ってことでもう少し休んだら寮に行こうか。ついでに学長とも話しておきたいし」


 入学の書類を学長さんに渡すのかな?

 前世で編入や転入などのイベントをしたことがないのでちょっとした不安を抱えながら私とヒックさんは王立魔法学園の隣にある寮へやってきた。


 寮から見える王立魔法学園は茶色いレンガ造りの大きな建物で某大学を彷彿とさせる。

 今日も学園で授業があったのか私が着る予定の青い制服に身をまとった学生たちが楽しそうに学園から出ていく。

 青のベレー帽と、ポンチョに対魔性のエンチャントが施されているのが特徴的だ。

 ポンチョの長さはスカートが余裕で隠れるほど。

 そして青色はこの世界で忠誠や穢れなき心、勇気・勇敢などを連想されるらしい。

 ゴルデスマンさんの着ていた鎧は国と主に対する忠誠を意味しているのだとルナから聞いたことがあった。


 ……流石にもうみんなグラダラスに着いたよね。

 時折そんなことを考えてしまう。


「さて、ここが王立魔法学園の寮だよ」


 そう言われて初めて寮をよく観察する。

 三階建てのこれまた大きな寮。

 学園とは違い、景観を崩さないようにか街中の地面と同じ土気色の建物をしている。

 改めて私はここに住んで隣の学園に通うんだと思うと緊張してきた。


 呼吸も少し苦しい。


「緊張してきた? マリアちゃんなら大丈夫。すぐに慣れるさ」


 と、いつもの笑顔で私に諭しながら建物に向かっていく。

 私もここで棒立ちしている訳にもいかないので、覚悟を決めて後に続いた。


 中は外観とは裏腹に茶色を基調とした佇まい。

 茶色の絨毯に茶色のカウンター、左右は何処までも広がる大きなラウンジで四人が座れるボックス席……と言った方が分かりやすいかな?

 それが何個も左右にある感じだ。

 きっとここでご飯とか食べたりするのかな。


「ようこそ、王立魔法学園へ。と言ってもここは寮じゃがな」


 ホッホ、と笑いながら私たちに声を掛ける一人の老人の姿があった。

 漫画やアニメで見るような魔法使いが被りそうな深緑色の帽子を被り、これまた深緑色のローブに身を包んだ白髪頭の老人だ。


「お、学長。ここに居たんですね。ちょうどよかった。マリアちゃん、紹介するよ。この人はゼロ・バーン学長。それでこちらがマリアちゃん」

「ご紹介に与りました、マリア・スメラギです」


 ヒックさんが手を振り学長と呼ばれた人はさらに近くへやってきて、私たちのことを紹介してくれる。

 私はワンピースの裾を掴んで頭を軽く下げる。

 これが目上の人や畏まった時に使う挨拶のようだ。


「ゼロ・バーンじゃ。話はヒックから聞いておる。姫様がわざわざハイネへようこそおいでなすった」


 話を聞いている、と言っていたからてっきりグラダラスから来ていることを知っているのかと思ったけれど、聞いていたのは設定の方だった。


 ヒックさんは私を見てニコニコしているし、すっかり騙されている学長を見て楽しんでいるようだった。


 ……って。もしかして私、お姫様を演じなきゃいけない!?


「ありがとうございます。王都はとても雰囲気がよく、これから生活するのが楽しみです」


 当たり障りのないようにこの国を褒め、これからの生活が楽しみなことをお淑やかに話していると、ヒックさんのツボにハマったのか口元を腕で押えて学長にはバレないように笑っている。


「……そんな訳だからマリアちゃんの部屋に案内してくれないかな?」


 笑いを堪えながら学長にそうお願いしていた。

 お淑やかなお嬢様口元は封印した方が良さそう。


「うむ。付いてきてくれ」


 学長は踵を返し、ラウンジを進んでいく。

 私たちもその後に続いた。

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