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第33話 お友達

 寮の一室を宛てがわれた。

 建物を正面から見て三階の一番左奥、茶色を基調とした部屋。


 何処かの国の姫君だと思われているので部屋はグラダラスにいた頃と同じくらい広く……ううん、それ以上だね。

 寝室とトイレにお風呂、それからちょっとした部屋がセットになっている。

 友達が出来ても自分の部屋に招待して遊ぶことは可能だ。

 これだけ立派なら家賃も高いのかと思ったけど学長曰く「他の生徒と料金は同じ」らしい。

 これでひと月の家賃でゼスオジから貰ったお金が全て無くなる、なんて心配なさそう。

 ヒックさんは私の部屋に今日買った物を運ぶと「グラダラスを見てくるね」と言って消えてしまった。


 それから学長自ら寮や学園のことを教えて貰っていると私の制服も到着していたようで明日からいよいよ学園に通うことになってしまったのだ。


 学生が疎らな時間にさっさと夜ご飯を済ませた私は、自分の部屋で考え事をしている。

 あ、ちなみに朝晩は寮でご飯が出る。

 おかわり自由でお残しは厳禁。不意にしゃもじを持ったオバサンが脳裏に過ぎった。


「流石に……流石にもうグラダラスには着いたよね」


 私が連行されていたのが深夜だとしても何も無ければ同じ時間で帰って来れる。

 ううん、あのお尻が確実に痛くなりそうな速度ならもっと速く着いてそう。

 ヒックさんも確かめに行ってくれたし、早くても明日には分かるはず。


「アルも無事だといいけどね」


 これが全て私の杞憂で実は身代金が目当てで私を誘拐していただけ、なんてことだったらちょっと笑っちゃうけど。

 でもあの国に私はまだ行っちゃダメだ。


「これをどうにかしないとね」


 部屋には化粧台も備え付けられているのでそこにある椅子に座って私の姿を見る。

 黒髪の長髪、黒目、黒の獣耳に猫なのか疑わしい太めの黒い尻尾。

 何度見ても無くならないしこれが現実だと突き付けてくる。


 王立魔法学園は魔法に特化した学園だ。

 その学園で私は自分のこの獣術とやらを理解し、願わくば消し去ってやりたい。

 もしかしたらここならばヒックさんのように獣術を知っていて、さらには詳しい人が居るかもしれない。


 でも自分が獣人モドキだと言うのは絶対に秘密だ。

 ヒックさんにも「極力ブレスレットは外さないようにね」と念も押されている。

 なんでもこのブレスレットはアーティファクトと言う代物らしい。

 ルナからはそのことについて何も習っていないので貴重な物としか認識出来ていない。


 人様に見せるのも狙われる心配があるので制服で見えないようにしておかないと。


「と、私は思ってその制服を着てみることに~。いやぁ、寮に入る前も入ってからも可愛いと思ってたんだよねぇ」


 制服を着るだなんて何ぶりだろう。

 二年くらいは着てないのかな。

 中学生の、となるともっと前だ。

 当時はどうしてあんなダサいのを着なきゃいけないの、なんて思っていたけど卒業してから制服は可愛い物だと理解した。


 何でも制服を着ることで仲間意識を芽生えさせるとかなんとか理由を付けてはいるが、先生が可愛い制服を着た生徒を見たいだけだろうと今の私は考える。

 ザ・歪んでしまったよ、あぁ歪んでしまったさ。


 それもこれも転生させたあのくそ女神様……略してくそメガが悪い。


「ふむ。私でも似合う」


 制服を着てみた。可愛い。

 でもルナや他のメイドさんに比べたらまだまだだね。

 美人になる魔法とかあったりしないのだろうか。


 なんて考えていると部屋のドアをノックされる。

 誰だろう? ヒックさんかな?


「はーい。今行きまーす」


 制服に身をまとった可愛い私はそのまま部屋のドアを開ける。

 するとそこに居たのは深緑の長髪三つ編み、深緑の瞳、それでいて黒縁のメガネを掛けた気が弱そうな女の子だった。

 背丈は私と同じくらいだからきっと歳もそれぐらいなのかな。


「は、初めまして。ミレッタと言います。バーン学長さんにマリアさんのお世話を頼まれました。ご飯はもう食べてしまいましたか?」


 分厚い本を抱えながらあからさまに緊張しているのが分かる。

 学長からは何も聞かされていなかったが、姫君と言う設定になっているからかお世話係を用意されてしまったのかな。

 だけどこの街だけじゃなくこの世界についての常識は完璧では無いので、有難いっちゃ有難いけど、この子に申し訳ないね。

 ご飯も食べちゃったし。断るのも何だか気が引ける。

 何よりこの子を一人でラウンジまで行かせるのも可哀想。


「あ、これはこれはご丁寧にどうも。マリア・スメラギと言います。私のことはさん付けしないでマリアでいいですよ。代わりにミレッタって呼んでもいいかな?」

「は、はひ!」


 あ、舌噛んでる。

 痛そうにはしてないけど、あれは絶対我慢してる。

 学長まだ下にいるかな? 治癒魔法でも掛けてもらおう。


「あー、それとご飯はもう食べちゃったんだけど、聞きたいこともあるし、ミレッタについてってもいいかな?」

「も、もちろんです!」


 ミレッタと一緒にラウンジまでやってきて、偶然帰ってきたらしい学長にミレッタの舌を治してもらい、ミレッタだけご飯を食べているのを眺めているのもアレなので向かい合うようにして座り、私は少しだけ少しだけ! ご飯を食べながら会話をする。


 寮のご飯が美味しい。

 これは由々しき事態なのだ。

 移動先は隣にある学園だけ。

 気を緩めると今日買ったばかりのお洋服が入らなくなりそう……。


「あ、ありがとうございました。マリアがバーン学長さんに言ってくれなければ今頃悶えながらご飯を食べているところでした」


 魚介が沢山入ったパスタを食べながらお礼を言われる。

 ご飯が染みそうなほど舌を噛んでいたらしく、ずっと我慢しているとは何とも我慢強い子なのでしょうか。

 私なら叫び散らかしているはずだ。


「ううん、原因は作ったのは私だし気にしないで。それよりミレッタは私と同じクラスなんだよね?」


 だからきっと私のお世話をして欲しいと学長は言ってきたのだろう。

 そんな私の浅はかな考えはすぐに覆される。


「ち、違いますよ? 王族と貴族は同じクラスですが、平民の私は同じクラスではありません。で、でもマリアが良ければ一緒に登校しませんか?」

「そっか……クラスが違うのは残念だけど、一緒に通ってくれるなら喜んで! 王都に来て初めてのお友達だよぉ。改めてよろしくね」


 まさかのまさか、王族扱いになっている私はミレッタとはクラスが同じではないよう。

 ってことはミレッタは平民の子になるんだね。

 王都での初めてのお友達が同性でミレッタのように平凡な子で良かった。

 一緒に学園にも行ってくれるって言っているし、寝坊をして転入早々遅刻なんてことは回避出来そう。


 嬉しくて私はミレッタに向かって手を伸ばしていた。


「よ、よろしくお願いします」


 覚束無い笑顔を浮かべて私の手を取る。

 ミレッタとなら仲良くなれそう。

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