目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第52話 迫る気迫

 老婆なんて思わせないほどの力強さで気が付けば私はある真っ暗な一室に案内されていた。

 夜目も効いているので見えなくはないが机と作りかけの人形、それから沢山のガラクタでごった返していた。

 それでも端に寄せているのでゴミ屋敷みたいに歩くスペースがない、なんてことはなく六畳間くらいの部屋は寝転ぶことが出来るほどのスペースはあるのだ。


「あたいの工房へようこそ!」


 ターシャさんは両手を広げ老婆らしからぬ元気な声を張り上げ私がターシャさんの工房にやってきたことを歓迎してくれる。


「は、はぁ。それよりお店の方は大丈夫なんですか?」

「どうせ誰も来やしないさ。それより魔道具を作ってみないかい?」


 私の質問に受け答えをしながらターシャさんはテーブルの上にあるロウソクに火を灯し、私を見つめてくる。


 何だろう。怪しいツボを買わされそうな、そんな感覚に陥っていた。


 怪訝な目でターシャさんを見つめ返してみるが、子供のように瞳を輝かせている彼女は怪しさこそあるが私に魔道具の作り方を教えてあげたそうにしていた。

 ここまで連れられて折角の好意を拒むのも何だか居心地が悪い。


「す、少しだけなら……」


 引き気味にそう答えるといつの間にか私はテーブルに備え付けてある椅子に座らされて、いつの間にか両手にはよく分からない物を持たされていた。

 それは編み棒に似ている。と言うか編み棒そのものだ。


「今回は初心者でも簡単に作れる魔法の糸を作ってもらう」

「魔法の糸? 魔力がなくても作れるんですか?」


 これで魔力がないと出来ない、だなんて言われればおじゃんになる。


「高度な物は魔力を必要とするものもあるが今回は心配要らぬ」


 とのこと。


 ターシャさんは私の背後に立ち、私の両手を操りながら魔法の糸の作り方を教えてくれる。

 その際に獣人モドキなのがバレないようピタッと尻尾を地面に付けて触れられないようにするのを忘れない。


 初めて魔法の糸を作っているのだが感覚としては編み物をしているのと全く同じだった。

 糸と糸を編み込んで気付けばハンカチ程度の大きさにはなってきている。

 前世の私は冬になると自分用と称してマフラーを高校生の頃から作っていた。

 なのでターシャさんが最初に少し教えてくれるだけでそつなくこなすことが出来たのだ。


「ふぉ、ふぉー! お嬢ちゃん、才能がある! そういや名を聞いていなかったね」

「マリア……マリア・スメラギです」


 目をバキバキに開き、老婆らしから蒸気機関車の汽笛のように狂った興奮をし、私の名を訊ねられる。


 リアクションには少し戸惑うが"才能がある"だなんてこの世界に来てから初めて言われたもんだから嬉しさと恥ずかしさが同時に襲いかかってきながらも私は自分の名を名乗った。


「マリア、良かったらうちで働かないかい? もちろん働いてくれた分の給料は出す」

「って言われましても……私、学生ですし学業を疎かにする訳にもいきませんので」


 ターシャさんは私にここで働くよう提案をしてくるのだが、我ながら完璧な言い訳を放った。


 何より怖い!

 老婆なのにそんなキラキラした目で私を見ないで!


「週に二日、いや! 週に一日で良い。この老婆に冥土の土産として頼まれてくれないか!」


 気迫がさらに増し、面と向かいながら私の両手をガッチリと掴んで離さない。


 こんな状況にも関わらずシロムは現れようとしないし、断ってしまうとターシャさんの悲しむ顔を見ることになる。


「んー……週一くらいなら大丈夫かな?」

「本当かい!?」


 心の中で思ったことを、ふと口にしてしまいターシャさんは満面の笑みで握っている手を強めた。


 痛いよ?


「は、はい。でも学生の本分はお勉強ですので毎週来れるか分かりません。それでも良ければですけど……」

「構わん! よろしく頼む、マリア!」


 ターシャさんの握力に耐えながらも面倒になって来なくなりそうな気もするので学生と言うことを盾にして渋々了承する。


 反対にターシャさんは目なんかバッキバキに開いちゃったりして頷きながら了承する。

 最初に見せた魔女を彷彿とさせる不思議なオーラは今の彼女にはない。


 こうして趣味を探しに街をぶらついていたのだが、まさかまさかのバイト先が見つかることとなった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?