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第55話 目がくらくら

「ねぇ、ターシャさん」

「なんだい?」


 魔法の木箱を貰った後、今日も二人で工房にこもり作業をする。


 不服も不服、超不服。

 きっと私の顔はふてくされていたに違いない。

 けれどもターシャさんはそれに気付いていないのかいつも通り。


 老眼かな?


「どうして今日も魔石作りなんですか?」


 そう。今日も魔石を削る地味で地味に大変な作業なのだ。

 魔道具の作り方を伝授したいとか言っていた割にはただの労働でしかない。


「最近魔石の注文が予想以上に入ってしまってね。この前の倍はマリアに渡すつもりさ」

「わっかりましたー!」


 お金に目がくらんだ瞬間である。


 ターシャさんに綺麗な敬礼をしてから私はせっせと馬車馬のように働いた。

 だって前回の倍ってことは金貨六十枚だよ?

 贅沢に使うことはないかもしれないけど、お金はいくらあっても困らないからね。


 でも流石に魔石を削り続けているのは疲れる。

 なので休憩を兼ねて一度手を止め、ターシャさんに話しかける。


「所でターシャさんのお店に誰も来ないですけど、どうやって魔道具を売ってるんですか?」


 お店にお客がやってきたのは数年ぶりと言っていたし来客がなくてもいいようなルートが出来てるってことなんだよね。


「他所から手紙が来るのさ。こう見えてもあたいは各地を転々と回って自分の作った魔道具を売っていたもんさ」


 ターシャさんは自分の胸をぽんっと叩いて自慢げに各地を転々と回っていたことを教えてくれる。


「なるほど。各地を回って顧客を集めていた訳ですね」


 私は数回頷きながら感心する。


 旅をしながら自分の作った魔道具を売る。

 どちらも好きならば毎日楽しそう。

 だけどターシャさんはホームシックになったりしないのだろうか。

 またはホームシックを乗り越える手段があったりしたのかな。

 私のホームではないけどグラダラスのことが時折脳裏に過って気になってしまうんだよね。


「でも故郷が恋しくならないんですか?」


 なのでそのことについて訊ねてみた。


「ならなかった、なんて言ったら嘘になるがあたいには相棒が居たからね。叶うことならあたいの相棒に故郷の魚を食べさせてやりたかったよ」


 気付けばターシャさんも作業する手を止めていて私との話に集中しはじめ、何処か切ない表情を見せる。


「まさか相棒って猫だったり?」


 私が猫の獣人モドキだからそんな質問をしてみる。


「そのまさかさ。少し変わってて捻くれ者だったけど毎日が楽しかったよ」


 昔を懐かしんでいるのかさっきは切なそうにしていたが今のターシャさんはニッコリと優しく微笑んでいた。


 返ってきた答えはそのまさかで、ターシャさんは猫を相棒にしていたそう。

 何処までも私は猫と縁があるなぁ、なんて感じてしまう。


「ターシャさんの故郷は何処にあるんですか?」


 願わくば代わりに私がお魚を食べたい。

 今日のお昼はお魚にしようかな。


「ここからずーっとずっと東の果てにある、ブリオブルグって小さな村さ。馬車でも数ヶ月はゆうに掛かるかね」


 東であろう場所を指差しながらターシャさんの故郷は遠くにあることを私に教える。


 馬車でも数ヶ月ってことは歩いては確実に辿り着けないね。

 グラダラスからハイネまでも結構な距離があるみたいだし私がここに来た時のように転移出来たりしないのかな。

 探してみるのも面白いかもね。


「ブリオブルグですね。もしいつか近くに行った際は寄ってみようと思います」


 お魚を食べにね!


「ふふっ。マリアを見てると相棒を思い出すよ」


 ニヤッと笑うターシャさんを見て私は一瞬、固まる。


 まさか私が獣人モドキなのがバレてしまったんじゃないよね?

 お風呂も毎日入ってるし獣臭さも初めのうちでハイネで生活しているうちに薄れてきたし、初めて会ったあの日、魔法の糸を作っている時にバレてたとかじゃないと思いたい。


「そ、そうですか? あはははは」


 適当に答えて適当に笑い、再び作業に戻ることにした。


 ハイネは獣人にも寛大だけど、ターシャさんはハイネ出身じゃないみたいだし、もしかしたら獣人が苦手だったりしかねないのでバレない方がいい、私はそう考えたのだ。

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