「魔道具は想像力が大事なんだ」
「あ、おはようございます」
私が来るのを待っていたのかドアを開けると目の前にはターシャさんの姿があった。
普通に怖いし、普通に驚くからやめて欲しい。
でも何となく想像出来ていたので心の準備はドアを開ける前にしっかりとしていた。
お陰で平常心を保ち、普通に挨拶が出来る。
濃い紫色のローブが目元まで隠れているのはターシャさんが老化で縮んでしまったのかそれとも魔女ぽさを演出させるためなのか。
何にせよそれが相まって怖かった。
「生きていく上でも時には違った観点から見てみたり、寄り道をしてみるのも近道に繋がっているかもしれないのさ」
「話は後で聞きますから退いてください。私が中に入れないです」
私に過度な期待を抱いてしまったのか、それとも孫のように可愛がっているつもりなのか。
どちらにせよドアの前で立たれると私が中に入れないし、このままの状況だと隣のお花屋さんの人や通行人が不審がりそう。
「おや、済まないね。さぁ今日もビシバシ教えていくよ!」
避けることはなく、私の首根っこを掴むとすぐさま工房に向かっていく。
なんだか今日のターシャさんはいつもより気合いが入っているように思えた。
☆
「本来ならば魔力を通さないと光らない。だがこれに入れると──ほら、光った。このようにして魔力を使わずに使用するには訳があるんだ。どうしてか分かるかい?」
工房に着いて前回と同様に編み物をしているとターシャさんが工房の片隅にあったランタンをいきなり手にして加工された魔石を中に入れていた。
すると、ランタンは眩い光をあげる。
その光景を目の当たりにしているとターシャさんはどうして魔力を使わずに使用する理由があるのか訊ねられる。
はっきり言って分かる訳がない。
「私みたいに魔力が少ない人もいるから、ですか?」
なので私が想像出来る範囲で答える。
「中にはそう言う人も居るだろうがそうではない。極力魔力を温存しておきたい理由があるんだ。魔物を倒す前に魔力が切れたらお終いだし、倒してから魔力切れを起こしてしまうかもしれないからね」
なるほど。確かに魔物と戦う前に魔法で辺りを照らして魔力切れを起こしてしまったら元も子もない。
それに魔物を倒して魔力切れで夜道が分からずまた別の魔物に襲われてしまう、なんて恐れも捨てきれないね。
「──だが何も倒すのは魔物だけとは限らない。政権争いで人が人を殺すことだって日常茶飯事さ」
グラダラスに居た頃の記憶がフラッシュバックする。
あれからどうなったのか分かってはいないが、獣と人のハーフである獣人ですら躊躇わずに殺してしまう人もいる、だから人を殺すのに躊躇しない人も居るでしょうね。
「は、はぁ……」
グラダラスのことばかりが脳裏に過り少し気分はブルーになる。
「あたいの創った魔道具も気付かないうちに人を傷つけているかもしれない。もし、マリアが将来あたいのように魔道具を売って生計を立てたいのなら覚えておくんだね」
「肝に銘じておきます」
確かに包丁などの刃物は便利ではあるがそれを逆手に取り凶器に使われることが多い。
きっと、ターシャさんは私にそう伝えたかったのでしょうね。
「さて、今日はもう仕事は終わりでいいよ。その代わりあたいの作った人形を見てくれないかい?」
「完成したんですか!?」
ブルーだった気持ちは一瞬のうちに散り散りになる。
もうお仕事が終わりってことはお金が貰えるのでウキウキだし、それよりもターシャさんは自分の作っていた人形を見て欲しいと言ってきたってことは完成したってことでしょうね。
「後は魔核を入れるだけさ」
聞いたことがないワードが聞こえた気がするが一体どんな仕上がりになっているのか楽しみだ。
編み物をしていた道具などをさっさとテーブルの隅に避けるとターシャさんは人形をテーブルに座らせる。
濃い紫色のワンピース、それから長髪金髪の可愛いお人形さん。
背丈は私の半分くらいで、もしこれが自律するのならば可愛くて人気者間違いなしだね。
「これが魔核さ。これを作るだけで五年は掛かったかね」
どうせ知らないとお見通しの私に向かって握りこぶし大の赤い宝石を見せる。
魔核を作るだけで五年も掛かるだなんてきっと私には無理な芸当なのでしょうね。
形は均等にボツボツと言うかゴツゴツとしていて表面だけを見ればゴルフボールのよう。
だけど赤い宝石は綺麗なだけでなく惹き込まれる魅力があるのだ。
「ずっと見ていられると完成しないよ」
「ご、ごめんなさい」
一体何分見ていたのか分からないが、私は魔核に魅了されていたようでターシャさんは苦笑いを浮かべ私に話し掛けていた。
私は首を左右に振り正気を取り戻すと頭を下げてターシャさんに謝る。
「ほほっ、いずれマリアはあたいを越える人材になるさ」
「ターシャさんを越えるだなんて何千年生きたとしても厳しそうですけどね」
自分が作った魔核を食い入るように見つめられたからかターシャさんは嬉しそうに笑い、いずれ私はターシャさんを越える人材になると言ってはいるが大雑把な所がある私にとって少々厳しい。
未だに魔道具の何たるかが分かっていないし、単に魔力を使う必要がない便利な物、と言う認識だし。
まぁただのお世辞でしょうけどね。
「これを背中から中に入れるんだ」
人形のワンピースをたくし上げ、ターシャさんはなんの躊躇もなく人形の背中を開き、そこへ魔核を入れる。
まるで人間で言うとこの心臓のようだね。
「今度こそ完成ですか?」
「あぁ、アリアの誕生さ」
ワンピースを元に戻し、テーブルに座らせると嬉しそうにそう喋った。