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第60話 ターシャとシロム

「ってことがあったんだよね」


 寮に着き、お腹を満たしてから私とシロムは部屋に戻り、ベッドに座りながらシロムが魔法陣から出てこれなかった時のことを教えた。

 期間にしておよそ一ヶ月、ターシャさんとは数回しか会っていないけどとても貴重でとても濃厚な時間を過ごせたと思う。

 だけど魔道具のことは初歩と言ったら過言過ぎることしか教えて貰えなかったし、魔道具のことを知りたかったら後は自分で何とかしろってことなんでしょうね。


「そ、そうか。ターシャは何か言ってなかったか? ほんの些細なことでもいい」


 シロムからは焦りを感じる。

 どうしてそんなに焦っているのかよく分からない。

 例えるなら出産予定時刻になっても中々産まれずまだかまだかと焦る旦那のようだった。


「何かって言われても──あっ! ターシャさんも猫を飼ってたくらいかな。相棒だったって、故郷のお魚を食べさせてあげたかったって」


 私が覚えている些細なことはそれぐらいだ。


「そ、そうか……」


 それでもシロムは満足気な顔をしている。

 だけどね、一人で満足しちゃうだなんて許せない。


「どうしてそんな微妙な返事しかしないの? それよりシロムとターシャさんはどんな関係だった訳?」


 なので質問ばかりで自分のことを一切話そうとしないシロムに向かってこちらも質問をする。

 フェアではない気がしたからである。


「……隠す必要もないか。ワタシとターシャは主従関係、つまりはワタシの元主だ。だからマリアとターシャはお互いに惹かれるものがあったのだろう」


 数秒沈黙が続き、諦めたかのように口を開く。


「うえっ!? ターシャさんが!?」


 猫を相棒にしていたとは聞かされていたけどまさかターシャさんとシロムは主従関係にあったなんて驚きだった。

 だからこそ私とターシャさんはあそこで出会ったのかもしれない、シロムはそう言いたげだ。


「驚くのも無理ない。なるほど……だからワタシは外界との通信を遮断されていたのか。納得がいく」

「どういうこと?」


 さっきからずっと一人で納得しないでよ。


「ターシャは結界魔法に長けていてな、ワタシが結界魔法を使えるのもターシャに教わったからなんだ」


「あー、初めて会った時使ってたんだっけ」


 凄い魔法ではある気がするけどくそ花の時も今回だってシロムは出てこなかったのでシロム自体が凄いなんて正直微塵も思えないんだよね。


 ……口が裂けても本人には言わないけど。


「マリアが見た、ターシャの店はターシャが作り出した結界魔法だったのだろう……いや、きっとアーティファクトだ。死ぬ前にアーティファクトを、死してもなおアーティファクトを完成させるとはな」


 シロムは心底ターシャさんを関心した様子だ。

 でも関心以外にも何かしらの気持ちがこもっているようにも見える。

 対して私は頭の中で"凄い"と言う文字が何個も浮かんでくるだけ。


「よく分かんないけど凄いことなのはよく分かった」


 アーティファクトもイマイチよく分かっていないので難しい話はパス。


「ふっ、その認識で間違いない」


 私の心の中を見透かしたのかシロムは軽く笑う。


「私には魔道具ですらアーティファクトだと思ってしまうよ。そうだ、これはどんな魔道具なのかな?」


 ローブの上に置かれていた指輪を手にし、シロムの目の前へと持っていく。

 きっとシロムなら分かるかもしれない。

 なんせターシャさんの使い魔でもあったんだからね。


「分からん。試しに着けてみてどうだ?」


 だが期待はあっさりと裏切られ、着けてみたらと提案される。


「呪われたりしない?」


 少しばかりの恐怖はある。


「ターシャの作った物なら大丈夫だろう。たまに爆発する物を作っていたがそれも過去の話だ」


 最後までシロムの言葉を聞かずに大丈夫だろうと聞いたので早速右手の人差し指にはめると、恐ろしいことを口にしていた。


「え、ちょ!? 先に言ってよね! あれ……抜けない!? んぐぐぐぐぐ──!」


 すぐに指輪を外そうと試みたが、まるで接着剤が指輪の内側に塗られていたのではないかと思わせるほど接着してしまいどう足掻いても抜けることはない。

 これ以上外そうとしてみても人差し指が痛くなるだけ。


「外すのは諦めた方がいいだろうな。一瞬、何かの魔法が作用したようだが命に別状はなさそうだ。きっと多少の疲労を回復させるような魔道具のはずだ」


 私の人差し指に嵌められた指輪を見てシロムは危険性がないか改めて確認し、シロムはアクセサリーなどの指輪にはあまり興味がないのかベッドの上で丸まる。

 だけど私を見る目はやめない。


「多少の疲労を回復させるだけなのに一生外せない指輪って……」


 それを聞いてこっちが疲労を覚えてしまうよ。

 果たして相殺出来ているのかは未知数だ。


「まぁいいや。眠たくなってきたからもう寝るね? なにか聞きたかったらまた明日ね。おやすみ、シロム」

「あぁ、おやすみ。マリア」


 私を見ていたので本当はまだまだ聞きたそうな顔をシロムはしていたけれど遅めの晩御飯を食べたからかお風呂も入らずに私は眠りに着く。

 枕にはローブを折り畳んだものを乗せている。

 しばらくはターシャさんを感じていたい。

 あんなお別れで終わってしまったからあの場では涙は出なかったけど、もうターシャさんとアリアちゃんに会えないのだと考えると涙が出てくる。


「ターシャ、いつまでもワタシたちを見守っていてくれ」


 最後にシロムがぽつりとそんな言葉を呟いたような気がした。

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