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VRから一度ログアウトした。
「んじゃ、ちょっと出かけてくる」
「あ、お兄ちゃん!」
「じゃあな」
妹が声をかけてきたけど、まあ別にいいだろう。
急ぎならメッセージとか送ってくるだろうし。
ふぅなんか久しぶりにまともに家から出た気がする。
ゲームを開始した日がたまたま昼間だったので、それ以来昼間ログインして夜寝ている生活をしている。
もし夜中にサービス開始だったら今ごろ、昼夜逆転生活をしていたかもしれない。
ハズキさんの生活リズムに合わせている部分ももちろんあった。
起きてるときはゲームして、夜は眠る。
ゲームして寝てって生活しているので、外出もあんまりしていないと。
家から出て近所をぶらぶら歩く。
ニートの秘訣。近所をお散歩だ。
体をたまには使わないと体力が低下して健康に悪い。
VRって寝た状態だから、ゲーム中は体は使わないのだ。
ゲーム内では運動しまくっているので、なんだか感覚との乖離がある。
近くに幸いなことにそこそこ綺麗な池がある、埼高公園という施設がある。
池の周りを一周、とにかく歩く。
最近サボっていたので、こういうこともしてなかった。
気分転換にと思ってきたが、悪くはない。
夕方になる前のまだ空が青い時間帯。
空気も綺麗でなんというか清々しい。
スズメの群れがチチチチと飛んでいく。
一人だと、いいこと、それから悪いこと、色々考えてしまう。
あれだな『下手な考え休むに似たり』だな。
水鳥が遊んでいたり、魚が跳ねたり、トンボが飛んでいたりと長閑だ。
池の周りには一周遊歩道がある。木も植えられているので、緑豊かだった。
遊歩道はジョギングコースになっており歩きやすい。
ぐるっと周って一度休憩しよう。
入口の横には管理棟があって、そこの側面には自動販売機が何台か並んでいた。
俺は持っていたスマホを使い「ファンタジー・ワールド」のポイントを1,000pt分だけ換金する。
チャリンチャリンと効果音がして、ポイントの移行が完了して、電子マネー側にチャージされたというわけ。
缶コーヒーを選んでボタンを押す。
左手に持っていたスマホを自動販売機のセンサーの右側にかざす。
するとアプリを通じて決算されて、缶コーヒーがガチャンと下から出てくる。
「うし!」
プルタブを起こして、ごくごくとアイスミルク缶コーヒーを一気飲みする。
「ぷはぁ」
歩いた体には冷たい飲み物がよく効く。
まるでポーションのようだ。
現実世界にもポーションとかあればよかったんだがな。
それじゃあローファンのダンジョンモノになっちまうな、あはは。
甘味と苦みが絶妙にマッチして、俺はこのアイスコーヒーが好きなのだった。
「この代金……俺が稼いだんだよな」
缶をじっと眺める。
そう、俺が自分の力で稼いだ缶コーヒーなのだ。
お小遣いでも貯金を切り崩したものでもない。
俺が好きなアイスミルク缶コーヒー。
誰に憚れることなく。
手段はちょっと特殊だが、違法でもなく、ちゃんと合法のやつ。
胸を張って稼ぎましたと言える。
「お兄ちゃん!」
「お、どうした、光」
「あのね、一人で行っちゃうから」
「ああ、悪い悪い、一緒に来るつもりだったか?」
「うん」
「ジュース飲むか?」
「ええええええ、どうしたの、お兄ちゃん、頭打った?」
「どうした?」
「だっていつも、お金ない、お金ないって言ってたのに」
「今はお金があるんだ。ちょっとゲームで稼がせてもらってる」
「へええええ」
妹が自動販売機の前に走っていく。
左右しばり、いわゆるツインテールの頭がピコピコ動いている。
三台並んでいるので、その前を左右に行ったりきたしていた。
「どれにしようかなぁ、迷うなぁ」
意外とこういうときは優柔不断なんだな。
そんな妹もけっこうかわいい。
「じゃあこれ」
「おう」
爽やかレモンサイダーだろうか。
「本当に、買ってくれた。あの、お兄ちゃんが」
とてもうれしそうだ。
両手で缶サイダーを握りしめて感動していた。
兄はちっとばかり、立派になったのだ。
二人で並んで自動販売機を眺める。
「思い出の自動販売機だね」
「だな」
「あのニートのお兄ちゃんが買ってくれた」
「ああ」
二人並んで、家に戻った。
帰り道はそれほどしゃべらなかった。
でも、その足取りはいつもより軽かったように思う。