目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

18. 埼高公園


   ◇


 VRから一度ログアウトした。


「んじゃ、ちょっと出かけてくる」

「あ、お兄ちゃん!」

「じゃあな」


 妹が声をかけてきたけど、まあ別にいいだろう。

 急ぎならメッセージとか送ってくるだろうし。

 ふぅなんか久しぶりにまともに家から出た気がする。


 ゲームを開始した日がたまたま昼間だったので、それ以来昼間ログインして夜寝ている生活をしている。

 もし夜中にサービス開始だったら今ごろ、昼夜逆転生活をしていたかもしれない。

 ハズキさんの生活リズムに合わせている部分ももちろんあった。

 起きてるときはゲームして、夜は眠る。

 ゲームして寝てって生活しているので、外出もあんまりしていないと。


 家から出て近所をぶらぶら歩く。

 ニートの秘訣。近所をお散歩だ。

 体をたまには使わないと体力が低下して健康に悪い。

 VRって寝た状態だから、ゲーム中は体は使わないのだ。

 ゲーム内では運動しまくっているので、なんだか感覚との乖離がある。


 近くに幸いなことにそこそこ綺麗な池がある、埼高公園という施設がある。

 池の周りを一周、とにかく歩く。

 最近サボっていたので、こういうこともしてなかった。

 気分転換にと思ってきたが、悪くはない。


 夕方になる前のまだ空が青い時間帯。

 空気も綺麗でなんというか清々しい。

 スズメの群れがチチチチと飛んでいく。


 一人だと、いいこと、それから悪いこと、色々考えてしまう。

 あれだな『下手な考え休むに似たり』だな。


 水鳥が遊んでいたり、魚が跳ねたり、トンボが飛んでいたりと長閑だ。

 池の周りには一周遊歩道がある。木も植えられているので、緑豊かだった。

 遊歩道はジョギングコースになっており歩きやすい。


 ぐるっと周って一度休憩しよう。

 入口の横には管理棟があって、そこの側面には自動販売機が何台か並んでいた。


 俺は持っていたスマホを使い「ファンタジー・ワールド」のポイントを1,000pt分だけ換金する。

 チャリンチャリンと効果音がして、ポイントの移行が完了して、電子マネー側にチャージされたというわけ。


 缶コーヒーを選んでボタンを押す。

 左手に持っていたスマホを自動販売機のセンサーの右側にかざす。

 するとアプリを通じて決算されて、缶コーヒーがガチャンと下から出てくる。


「うし!」


 プルタブを起こして、ごくごくとアイスミルク缶コーヒーを一気飲みする。


「ぷはぁ」


 歩いた体には冷たい飲み物がよく効く。

 まるでポーションのようだ。

 現実世界にもポーションとかあればよかったんだがな。

 それじゃあローファンのダンジョンモノになっちまうな、あはは。


 甘味と苦みが絶妙にマッチして、俺はこのアイスコーヒーが好きなのだった。


「この代金……俺が稼いだんだよな」


 缶をじっと眺める。

 そう、俺が自分の力で稼いだ缶コーヒーなのだ。

 お小遣いでも貯金を切り崩したものでもない。

 俺が好きなアイスミルク缶コーヒー。

 誰に憚れることなく。

 手段はちょっと特殊だが、違法でもなく、ちゃんと合法のやつ。

 胸を張って稼ぎましたと言える。


「お兄ちゃん!」

「お、どうした、光」

「あのね、一人で行っちゃうから」

「ああ、悪い悪い、一緒に来るつもりだったか?」

「うん」

「ジュース飲むか?」

「ええええええ、どうしたの、お兄ちゃん、頭打った?」

「どうした?」

「だっていつも、お金ない、お金ないって言ってたのに」

「今はお金があるんだ。ちょっとゲームで稼がせてもらってる」

「へええええ」


 妹が自動販売機の前に走っていく。

 左右しばり、いわゆるツインテールの頭がピコピコ動いている。

 三台並んでいるので、その前を左右に行ったりきたしていた。


「どれにしようかなぁ、迷うなぁ」


 意外とこういうときは優柔不断なんだな。

 そんな妹もけっこうかわいい。


「じゃあこれ」

「おう」


 爽やかレモンサイダーだろうか。


「本当に、買ってくれた。あの、お兄ちゃんが」


 とてもうれしそうだ。

 両手で缶サイダーを握りしめて感動していた。

 兄はちっとばかり、立派になったのだ。


 二人で並んで自動販売機を眺める。


「思い出の自動販売機だね」

「だな」

「あのニートのお兄ちゃんが買ってくれた」

「ああ」


 二人並んで、家に戻った。

 帰り道はそれほどしゃべらなかった。

 でも、その足取りはいつもより軽かったように思う。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?