目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第102話 不安の影

 俺達が相手をしているキング・ダモクレスで最も警戒すべき攻撃――それは、遠距離特殊攻撃「ダモクレスの剣」だ。

 近距離では爪や牙といった通常攻撃を仕掛けてくるキング・ダモクレスだが、ターゲットが一定距離を取ると、その挙動は一変する。動くことなくその場にとどまったまま、上空に巨大な剣を発生させ、それを目にも留まらぬ速さで落下させてくるのだ。その威力は尋常ではなく、ノーマルのダモクレスでさえ高ダメージを叩き出す。このキング・ダモクレスともなれば、タンクだろうと一撃死は免れない。


 しかし、「ダモクレスの剣」の逸話を知る者ならば、思わず首をかしげたくなるに違いない。

 なぜ、人間であるはずのダモクレスの名が、こんな獅子のような怪物につけられているのか。そして、そもそもダモクレスは王ではなく、ディオニュシス2世に仕えるただの臣下でしかなかったはずだ。それなのに、名前に「キング」が冠されているなんて、なんとも皮肉な話ではないか。

 記憶にある「ダモクレスの剣」の話はこうだ――


ダモクレス「王様はいいなぁ。いつも贅沢ばかりしてて。あー、俺も王様に生まれたかったなぁ」

ディオニュシス2世「おい、ダモクレス。そんなに言うなら、ワシの王座に座らせてやろう。ほれ、座ってみろ」

ダモクレス「え、本当ですか!? ありがとうございます! うわー、王様の椅子ってフカフカで気持ちいいなぁ。……ん、頭の上に何かぶら下がってるぞ。……うわっ! なんだ、あれ!? 剣じゃないか! 刃をこっちに向けて剣が吊り下げられている! しかも、その剣を吊るしているのは、髪の毛か馬の尻尾の毛か、とにかく細い糸のようなものだ! こんなの怖すぎる!」

ディオニュシス2世「わかったか、ダモクレス? 一見すると安穏と王を務めているように見えるかもしれないが、王というのは、このように常に命を狙われているのだ」

ダモクレス「すみませんでした! 私が間違っていましたぁぁぁ!」


――と、こんな感じだったはずだ。

 つまり、「ダモクレスの剣」とは、権力や富には危険や重責が伴うということから、一見安泰に見える状況でも潜む危険があるという警告の象徴として使われている。

 ……しかし、改めて考えると、「ダモクレスの剣」と言いながら、ダモクレスが所有している剣でもないし、ダモクレスが王座の上に剣を仕掛けたわけじゃないんだよな、

 それなのに、このアナザーワールドでは、ダモクレス自身が剣をプレイヤーに落としてくるなんて、歴史の歪曲もいいところだ。

 もっとも、こんな雑学をここで振り返って嘆いていても仕方が無い。目の前のキング・ダモクレスが、その恐るべき技「ダモクレスの剣」を繰り出してくるのは、疑いようのない事実なのだから。

 しかしながら、NMのダモクレスは、「ダモクレスの剣」さえ使わせさえしなければ、実はそこまで恐ろしい脅威ではない。タンクがきちんと張り付いて戦い続け、その凶悪な技を発動させない限り、ダモクレスは最も倒しやすいNMの一つとまで言われている。

 今回のキング・ダモクレスにしても、その基本戦術を踏襲すれば問題ない――そう思っていた。


  キング・ダモクレスの攻撃 マテンローにダメージ148


 マテンローの体力は約800。今の攻撃だけで二割近い体力がもっていかれた。キング・ダモクレスの一撃はとてつもなく重く、バフで強化済みのタンクでもこれほどのダメージを受けてしまうのだ。

 攻略法はノーマルのダモクレスと変わりはしないが、強化された火力はシンプルに脅威だった。神装備ならぬ紙装備の俺が食らおうものなら、どれだけ体力をもっていかれるかわかったものじゃない。

 さらに厄介なのは、キング・ダモクレスの通常攻撃が範囲属性を持つことだ。狙われていなくても、タンクの隣にいれば巻き添えでダメージを受ける。サブタンクのジャックが、マテンローの隣に立たず、90度ずれた側面に控えているのも一緒に攻撃を食らわないためだろう。

 だが、それだけではない。このモンスターには、周囲への全体攻撃も存在する。これだけは、タンクやサブタンク、さらには近接アタッカーである俺達も避けようがない。

 ――そう思っていたとき、突然癇癪を起したかのようにキング・ダモクレスがその場で四肢を振り回した。


  キング・ダモクレスのランペイジング・ストライク


 攻撃ログに続いて、俺達のダメージ表示が嵐のように一気に流れていった。

 タンクのマテンローは50程度のダメージで済んだものの、アタッカーの俺達はそうはいかない。特に、重装備をしているわけではない料理人の俺は、100を軽く超えるダメージを受けてしまった。


「ダメージは気にせず攻撃に集中してくれていいですから!」


 頼もしい声とともに、即座にヒールが飛んでくる。ミコトさんだ。彼女は手際よく俺を回復し、次にクマサンにもヒールを送った。

 ミコトさんをメインパーティの回復役にしないマテンローの采配に疑問を感じてはしたが、正直、自分のパーティにミコトさんがいてくれることは心強かった。

 仲間がダメージを受けた時の反応が速いだけでなく、ぎりぎりフル回復までさせないところのヒールで留め、SPの節約をしている。自分の持っている各種ヒールの回復量を完璧に把握していて、仲間のダメージ量により、即座にベストなヒールを選択しているのだ。おまけに、今回はタイミングを見て休息に入ってSP回復に務め、長期戦に対応できるようSPを維持してくれている。


 それに比べて、不安なのは、タンクパーティのヒーラー二人だった。リュッカとミキ、二人とも人間の女の子の白魔導士だ。

 戦闘が始まってすぐに気になったが、この二人は、平気でマテンローをフルにまで回復させている。相手がHNMということで安全策を取ろうとしているのかもしれないが、オーバーヒールになる分、SPがどうしても無駄になる。長期戦において、そのロスは後で響いてくる恐れがある。

 それに加え、リュッカとミキの二人は、お世辞にも息が合っているように見えない。マテンローがダメージを受けた際に、二人から同時にヒールが飛んで、片方が無駄ヒールになることが幾度となく起こっているのだ。これに関しては丸々SPの無駄になってしまう。まるで、先に回復した方が優秀だと言うように、二人が手柄を競い合っているかのようにも見えてしまう。メインヒーラー二人に加えて、パーティ内には、アタッカーも兼ねているサブヒーラーが二人いるのだから、長期戦に備えて、適度にSPが減ったところでミコトさんのように休息に入るべきだろうに、この二人はそこでも意地を張っているかのように、どうにも休息に入るのが遅いように感じる。


「もしこの二人のどちらかがミコトさんだったら……」


 ほかに聞こえないよう、パーティチャットを切ってそんな言葉を吐いてしまう。

 だが、実際ミコトさんだったら的確な判断と柔軟な対応で、バランスを取ってくれるだろう。

 そんな不安を少し感じながらも、今は目の前のキング・ダモクレスとの戦いに集中するしかない。

 ダメージを負いながらも、俺達はキング・ダモクレスの体力を削っていき、ようやく1/3ほど減らした。

 だが、ここまでくると、皆のSPは減少し、戦闘開始直後のような勢いのまま全員で攻撃をするのは難しくなってくる。


「休息に入る」


 俺はパーティチャットでそう告げると、キング・ダモクレスの背後を離れ、少し距離を取ったところで一人座り込んだ。範囲攻撃を食らえばダメージを受けるだけでなく休息状態も解除されてしまう。雑魚モンスターが湧くような場所なら、安全地帯を探して休息する必要があるが、今回はその心配はいらない。キング・ダモクレスから離れさえすればいい。

 座り込んだ俺は、流れる戦闘ログを見つめながら、戦況を見守る。


  キング・ダモクレスの攻撃 マテンローにダメージ175


「……ん?」


 流れる戦闘ログを見ながら、違和感を覚えた。

 マテンローのダメージ量が当初より増えている……。

 俺の記憶では平均して150前後だったはずだ。

 同じことをマテンローも気づいたのか、彼の声が響く。


「ダメージが大きいぞ! デバフが切れているんじゃないのか!?」


  ジュドーはアタックダウンを使った

  シバイはアタックダウンを使った


 慌てたように魔導士達からアタックダウンがキング・ダモクレスに飛んだ。

 その行動がそのまま答えだった。アタックダウンはすでに切れていたということだ。

 しかも、重ね掛けしても効果はないのに、二人同時に使ってしまい、片方は完全にSPの無駄だ。デバフ管理も役割分担もできていないことが、こういうところからも見えてくる。


「大丈夫かよ……」

「大丈夫かよ……」


 不安げに呟いた声が、近くからの声とハモる。顔を声のした方に上げると、メイと目が合った。

 メイは、サブ職業を白魔導士にして、何かあったときに回復フォローできるようにし、攻撃は雷系の魔法スクロールをひたすら使用している。

 SPを使うだけの俺達と違い、彼女は自分の金を使って攻撃しているようなものだ。アイテム使用によるヘイト上昇は、攻撃スキルによるヘイト上昇よりも少ないため、彼女の攻撃は激しい。集計しているわけじゃないから正確な数字はわからないが、体感では、俺の次にダメージを与えているのはメイじゃないかと思う。

 そんな彼女の目にも、「蒼天の牙」メンバーの連携不足が不安に映っているのだろう。

 互いに「大丈夫だ」と安心させるような声をかけたいが、その声が出てこない。

 俺達に迫る不安の影――そんなものを感じているかのようだった。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?