俺達の声に、ジャックが戸惑いの顔を向けてきた。
「え? ……あっ、彼は重戦士だったのか!?」
その一言で、すべてを察した。
普段の戦闘時なら、ターゲットが標的を変えた時に、タンクが反射的に挑発系スキルを使ってしまうことはあり得ることだ。だが、自分が弱体攻撃を受けた状況でそんな間抜けな行動を取るなんて普通は考えられない。しかし、ジャックが、クマサンが重戦士、すなわちタンクであることを認識していなかったとしたらどうだろうか。
普段から共に戦ってきたユニオンなら互いの職業や役割を把握しているのが当たり前だが、俺達は急造のユニオンだ。全員が全員の名前と職業をきちんと把握しているとは限らない。俺だって、「蒼天の牙」のメンバーに関しては、名前と職業をざっくりと覚えているだけだ。だが、ここでのこのミスは痛い、あまりにも痛い……。
【キング・ダモクレスの攻撃 ジャックにダメージ230】
すぐにミコトさんからヒールが飛ぶが、このダメージは重い。
クマサンの挑発系スキルはまだクールタイム中。クマサンがターゲットを取り返すまでにはまだ時間がかかる。せめて今の内にクマサンに防御バフをかけてくれればいいのに、タンクパーティのサブヒーラーは動かない。さらにメインヒーラーのリュッカは休息中。
仕方なく回復を担っていたミコトさんからクマサンへ防御バフが飛ぶ。
あとはクマサンのスキルが再使用可能になれば立て直せる――そう思った時、クマサンの挑発より先に、キング・ダモクレスの攻撃がジャックへと襲い掛かる。
【キング・ダモクレスの攻撃 クリティカルヒット ジャックにダメージ480】
よりによってこのタイミングでクリティカルヒットがくるとは!
ジャックの体力が一撃で半分以上もっていかれた。
【ミコトはメガ・ヒールを使った】
【ジャックの体力が450回復】
即座にミコトさんが反応したが、俺は嫌な予感を覚えた。
数値に出ないヘイトを完全に把握しているわけではないが、リュッカの休息中一手に回復を担っていたミコトさんのヘイトはそろそろ危険水域に入っていたはずだ。そんな状況でよりによってメガ・ヒールなんて使ったら――
案の定、クルリとキング・ダモクレスが向きを変えた。俺の脳裏に、ミコトがダモクレスの剣によって倒れる姿が浮かぶ。
「ミコトさん!」
反射的に声を上げたが、視界に飛び込むシステムメッセージに「キング・ダモクレスはダモクレスの剣の構えをとった」の文字はなかった。
落ち着いて視線を向ければ、先ほどまで離れた位置にいたはずのミコトさんが、いつの間にかキング・ダモクレスに密着していた。
「……読んでいたのか。自分にターゲットが向くことを!」
その大胆かつ冷静な判断に、思わず感嘆の声を漏らす。
さすがミコトさんだ。
だが、安堵する暇もなく、次のメッセージが目に飛び込んできた。
【キング・ダモクレスの攻撃 ミコトにダメージ315】
ダモクレスの剣ほどの特大の一撃ではなくとも、タンクではないヒーラーにとって、キング・ダモクレスの攻撃は十分すぎるほど脅威だ。
ミコトさんが通常攻撃を受ける想定をしていなかったのか、サブヒーラーの反応が遅く、ミコトさんは自分でヒールを使用した。自己ヒールではさらにヘイトを稼いでしまうが、何もせずに死を待つわけにはいかないという苦渋の判断だったのだろう。
「ミコト、もう少し耐えてくれ! スキル、挑発!」
挑発のクールタイムが終わったクマサンから再び挑発が飛んだ。
しかし、キング・ダモクレスの向きは変わらない。
クマサンとてタンクスイッチのために急遽本格的にヘイト稼ぎを始めたところだ。自己ヒールでヘイトを増加させたミコトさんからターゲットを奪い取るほどヘイトを稼げてはいなかった。
見かねたリュッカが休息を中断して、回復役に戻る。SP回復は十分とは言えないが、とにかく今の状況を乗り切るためにはやむを得ない判断だろう。
一方で、ジャックは先ほどクマサンからターゲットを奪ってしまった反省からか、挑発系スキルを発動させていない。ミコトさんが攻撃を食らうくらいなら、弱体化中のジャックがターゲットを取ったほうがマシなはずだが、その判断ができないのか……。
【キング・ダモクレスの攻撃 ミコトにダメージ310】
次の攻撃が再びミコトさんを襲う。
すぐにリュッカからヒールが飛んだ。メインヒーラーの彼女は、ここでミコトさんまで失っては回復要員が足りずにジリ貧になるだけだと理解しているのだろう。遅れてサブヒーラー達もミコトさんにヒールを使用する。
なんとかミコトさんが自己ヒールしなくて済む状況にはなった。
あとは、クマサンがターゲットを取り返すまで、ヒーラー達がミコトさんを支えてくれるのを祈るしかない。
だけど、俺にだってできることはゼロじゃない。
「ここでミコトさんをやらせるわけにはいかない!」
【ショウの攻撃 キング・ダモクレスにダメージ235】
ここまで俺は自分にターゲットが来ないようヘイトを考慮しながらスキルを使っていた。だけど、今はその抑えを取っ払う。
【ショウの攻撃 キング・ダモクレスにダメージ208】
俺は使用可能状態の料理スキルを連発する。
この状況なら、ヒーラーを一人失うよりは、アタッカーが一人欠けたほうがマシだ。
俺はミコトさんに代わってターゲットを引き受ける覚悟を決めていた。
【ショウの攻撃 キング・ダモクレスにダメージ187】
高ダメージを出し続けるものの、キング・ダモクレスは俺の方を向いてくれない。
休息中はヘイトを溜めることができない。先ほどまでの休息でヘイトの蓄積ができなかったことがここで響いてくるとは……。
俺が自分の無力さに唇を噛んだ時、その牙や爪をミコトさんへと向けていたキング・ダモクレスがクルリと向きを変えた。
クマサンかジャックがようやくターゲットを取ってくれたのかと安堵しかけるが――
【キング・ダモクレスはダモクレスの剣の構えをとった】
そのログを見て、希望は絶望へと変わる。
その視線が向けられた先――そこには、ヒーラーのリュッカがいた。
ミコトさんへのヒールを重ねた結果、今度は彼女が新たな標的にされてしまったのだ。しかも、彼女はミコトさんとキング・ダモクレスから距離を取っている。そのため、次の攻撃が繰り出されるなら、それは必然的に絶対死の刃――ダモクレスの剣となってしまう。
「リーダー、後はお願いします!」
リュッカの想いを込めた声が響き、同時にシステムメッセージが立て続けに表示された。
【リュッカはリミットスキル白の加護を使った】
【マテンローの体力は全快した】
【マテンローのSPは全快した】
【マテンローの全ステータスがアップした】
次の瞬間、リュッカの頭上に、巨大な剣が光となって落下した。
【キング・ダモクレスのダモクレスの剣】
【リュッカにダメージ2623】
【リュッカは死亡した】
「よくも仲間を!」
SPが全快し、休息の必要がなくなったマテンローが立ち上がり、キング・ダモクレスへと斬りかかっていった。
リュッカの使用したリミットスキル「白の加護」は、かつてミコトさんがインフェルノ戦で使った「巫女の祝福」と同じ種類の特別なスキルだ。一度発動すれば24時間は再使用できない、いわば最後の切り札とも言える技。
その効果は、パーティメンバー一人の体力とSPを全回復した上、一定時間ステータスを大幅に強化するというかなり強力なもの。本来なら終盤の勝負所で使うために温存しておくべきスキルだが、確実な死が来るならその前に使ってしまうというのは賢明な判断だった。自分にターゲットが向いてあの状況でよくその決断ができたものだと思う。
だけど、これで俺達はメインヒーラーを二人も失ってしまった。代役を務めていたミコトさんもヘイトをかなり稼いでしまっている上、SPも心許ない。それなのに、キング・ダモクレスはまだ半分以上の体力を残している。
――もはや勝機はない。
俺は目の前の光景を見つめながら、頭の片隅では冷静な結論にたどり着いていた。
今全員で逃げれば、何人かはダモクレスの剣で死ぬことになるが、キング・ダモクレスはその場を動かないモンスターであるため、多くのメンバーは戦闘範囲外にまで逃げられるだろう。
だが、このユニオンのリーダーは俺じゃない。撤退を指示する権限は俺にはなかった。ましてや仲間を置いて一人逃げ出すわけにはいかない。
この中で、撤退指示ができるのは一人だけ――鬼のような形相で挑発系スキルを使いながら剣を振るうマテンローへと視線を向けた。