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第107話 HNMギルド

 俺の声を合図に、全員が一斉に走り出した――盾役のクマサン一人を除いて。

 振り返ることなく走る皆の背中に迷いはなかった。誰もが戦いながら薄々気づいていたのだろう。この戦いにもう勝機など存在しないことを。


 一人残ったクマサンのダメージを示すメッセージだけが流れていく。

 クマサンが耐えてくれている時間は、そのまま俺達が逃げる時間になる。

 とはいえ、キング・ダモクレスの強烈な攻撃の前には、クマサンの必死の踏ん張りも、たいした時間稼ぎにはならない。


【キング・ダモクレスの攻撃 クマサンにダメージ151】

【クマサンは死亡した】


 わかっていたことだが、胸がきしむように痛んだ。

 とはいえ、クマサンの死を悲しんでいる余裕はない。

 近くに標的がいなくなったキング・ダモクレスが取る行動は一つ。


【キング・ダモクレスはダモクレスの剣の構えをとった】


 奴は次の犠牲者を求めているんだ。

 この状況では奴が誰を狙っているのかはわからない。俺とて全員のヘイトを完璧に把握しているわけではない。可能性が高いのは、サブタンクのジャック、アタッカー兼ヒーラーの二人、最もダメージを取っていた俺、それに次ぐダメージを取っていたメイ、その他ならダスクベインあたりか……。


 俺は自分がターゲットになる可能性も考慮に入れながら必死に走る。

 ダモクレスの剣は範囲攻撃だ。味方を巻き込んだり、巻き込まれたりしないよう、互いに距離を取りつつ逃げることを忘れてはいけない。特に今上げたメンバーのそばにいるのは命取りだ。


【キング・ダモクレスのダモクレスの剣】

【ジャックにダメージ2602】

【ジャックは死亡した】

【ヘリオスにダメージ2708】

【ヘリオスは死亡した】


「言わんこっちゃない!」


 俺は思わず吐き捨てた。

 ヘリオスはタンクパーティのサブヒーラーの一人だ。

 ジャックが死ぬのはある意味仕方がない。しかし、ヘリオスまで死ぬのは、ただの無駄死にだ。俺達を逃がすための犠牲になってくれたクマサンへの冒涜と言っても過言ではない。

 ヘリオスは、迂闊にもジャックの近くを走っていたのだろう。この状況でジャックの近くを走るなんて冷静さを欠いていたとしか思えない。それに、ジャックもジャックだ。最も次の標的にされる可能性が高いのは、サブタンクの彼なんだから、周りにもっと注意を向けて逃げるべきだった。

 だが、これで終わりではない。


【キング・ダモクレスはダモクレスの剣の構えをとった】


 俺達はまだキング・ダモクレスの戦闘範囲外まで逃げられていない。

 次の一撃が誰を狙うのか、恐怖が全身を駆け巡る。

 こうなると、俺が狙われる可能性も高い。ミコトさんが倒された後、我を忘れて大ダメージを連発してしまったのも、大きな判断ミスになってくる。

 俺はその予想が現実となったときのことを考え、周りを見渡した。

 俺の前には走るメイの姿が見えるが、距離は取れている。ダモクレスの剣の影響範囲をはっきりと把握しているわけではないが、さすがにこれだけ離れていれば巻き込むことはないだろう。


「来るなら来い、クソ野郎!」


 悪態をついた次の瞬間、俺の視界が真っ白に染まった。


【キング・ダモクレスのダモクレスの剣】

【ショウにダメージ2715】

【ショウは死亡した】


 悔しさと諦めが半々で胸を締めつける。

 料理スキルがヘイトを溜めにくい特性を持つとはいえ、さすがにダメージを取りすぎていたようだ。だが、ある意味それは最強アタッカーとしての勲章のかもしれない――いや、死体となって地面に突っ伏していては、とても最強アタッカーは名乗れないか……。


【キング・ダモクレスはダモクレスの剣の構えをとった】


 無情にもまた絶望のメッセージが表示された。

 くそっ! もう勝負はついているっていうのに、まだ殺したりないのかよ!

 次に標的になるメイかもしれない。このままでは、ギルド「三つ星食堂」のメンバー全滅なんて事態もあり得る。俺は不謹慎だと自覚しつつも、「メイ以外の誰かに落ちろ」と願ってしまう。


 ――が、奴の剣が降ってくることはなかった。


 ダモクレスの剣が発動するより先に、生存者全員がキング・ダモクレスの戦闘範囲外へと逃れ、戦闘状態が解除されたのだ。

 次の死者が出ず、メイだけでも無事に生き延びられたことに安堵する。

 そしてまた、フリー状態に戻ったキング・ダモクレスには、その瞬間を待ちわびていたHNMギルドの連中が一斉に群がっていった。

 「片翼の天使」「ヘルアンドヘブン」「異世界血盟軍」の三大HNMギルドの内、「異世界血盟軍」はまだ人数が揃っていないようで遠巻きに様子を窺うのみだが、残る二つのギルドは、どちらが先に攻撃を入れるかで争い――見事「片翼の天使」が勝利した。戦闘する権利を勝ち取った彼らは、俺達と同様タンクとそれ以外に分かれてキング・ダモクレスに挟み込み、攻撃の態勢をすぐに作り上げる。後方にはギルドマスターのルシフェルが立ち、精霊スキルを操る姿が、死体となったこの場所からでも見える。

 このゲームは、死亡して死体となってもすぐに街のマイルームに戻されるわけではない。


【マイルームへ戻りますか?】


 そんなメッセージが俺の目の前には表示されている。

 それは、久しぶりに見る、死亡時に出るシステムメッセージだ。

 そういえば、ギルド結成以来、一度も死んでなかったもんなぁ……。前はよく目にしたものだが……。


 ここで戻ることを了承すれば、次の瞬間には街のマイルームで目覚める。

 このまま何もしなくても、1時間経てば強制的にマイルームでの復活となるが、逆に言えば、1時間は死体のままこの場に留まれるということだ。

 死者を蘇生させるレアアイテムがあり、それを死体状態の仲間に使えば、その場で復活させることもできるらしいが、俺はそんなアイテムにはいまだに一度も出会ったことがない。もしかすればメイあたりなら所有しているかもしれないが、戦闘が終わったこの状態で俺に使う意味はない。

 そのため、ここで死体のまま粘っていても、何も状況は変わらないのだが、俺はまだこの場に留まることにした。


 俺達がかなわなかったキング・ダモクレス相手にHNMギルドがどう立ち回るのか、それをこの目で見ておきたかったからだ。

 正直、「片翼の天使」に恨みは何もないが、「お前らもやられろ」と期待する部分もある。


 しかし、俺のそんな邪な願いに反して、片翼の天使の連中は一切の乱れもみせず、淡々と戦闘を続け、着実にキング・ダモクレスの体力ゲージを減らしていった。

 彼らの行動はメッセージとして表示されないため、具体的に何をしているのかはわからない。情報として見えるのは、敵の体力ゲージとちらちらと動くプレイヤー達の姿だけ。だが、それでもわかる。彼らの圧倒的な熟練度が。


 その後も片翼の天使は順調にキング・ダモクレスの体力を減らしていった。

 俺達が半分近くゲージを減らしておいたという、彼らにとってラッキーな面もあったが、タンクスイッチも問題なくこなし、ヒーラーやアタッカーにターゲットが向くことも一度もなく、それが当然のことであるかのように、一人の死者も出すことなく、彼らはキング・ダモクレス討伐をあっさりと成し遂げてしまった。


 これがHNMギルドの実力なのか……。

 俺は「HNMギルド」と「HNMギルドに憧れるギルド」の違いってやつを、まざまざと見せつけられたようだった。



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