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第108話 デスペナルティ

 ギルド「片翼の天使」とキング・ダモクレスとの戦いが終わり、戦場に漂っていた緊張感はまるで夢だったかのように消え去った。

 死体としてこの場に横たわっていた俺も、もはやここに留まる理由を失った。

 あとはもうマイルームに戻るだけだが、陰鬱とした気持ちが湧いてくる。


 デスペナルティかぁ……。


 死体なのにため息が出そうだ。

 このゲームには死亡時のデスペナルティが二つ設定されている。

 一つは経験値のロストだ。レベルが高いほど失う経験値も多くなるため、今の俺なら軽く1時間分の狩りの成果が吹き飛ぶだろう。

 そしてペナルティのもう一つは、持ち物のドロップだ。所持金が十分にあれば、死体が消えると同時に、レベルに応じた一定額がドロップ品としてその場に残るが、金が不足していれば、アイテムが犠牲になる。単なる消耗品ならまだいいが、運が悪ければ、装備品を落とすこともあり得るのだ。

 この仕様により、プレイヤー達は戦いに挑む前に必ず所持金を整えておくのが常識となっている。それは、今回の俺も例外ではなかった。

 メイメッサー――このサーバーで一本しかない包丁。金では到底代えられない価値を持つこのアイテムだけは失うわけにはいかない。そのため、今の俺は十分な所持金を持ってきている。しかし、メイへの借金を抱える俺にとって、大量の金を失うこともまた身を切るほどの痛みだった。レベルが高ければ高いほど、落とす額も跳ね上がる。一体いくら失うことになるか……想像するだけで胃が痛む。


 そんな俺の死体を取り囲むように、すでに数人のプレイヤーが集まっていた。

 彼らの目的は明白だ。俺がマイルームに戻った後に残る金を狙っているのだ。


 本来ならば、金を確実に拾うために死体に重なるのが最善手だが、その行為は「ハイエナ」と呼ばれ、軽蔑の対象となっている。そのため、暗黙のルールとして、死体から5メートル離れて待つのが通例となっている。円のように取り囲んでいる彼らもまた、そのルールを守って律儀に待機していた。


 彼らに少しでも嫌がらせをするのなら、1時間経過して強制的にマイルームに戻されるまで粘り、無駄な時間を使わせるという手もある。だが、それも結局は自己満足に過ぎないし、俺自身の時間を無駄にするだけだ。


 もういい。戻るか……。


 そう思った時だった。俺を囲む円の中から一人のプレイヤーが前に出た。

 マナー破りのハイエナ野郎か?――と思いかけて、すぐに自分の勘違いに気づく。

 それは俺達のギルドで一人生き残ったメイだった。

 メイは躊躇いなく俺の死体の上に立つ。

 普通ならそれは「ハイエナ」と見なされる行為だが、ギルドメンバー間の行為は別だ。ギルド同士での死亡時ドロップアイテムの受け渡しは、正当な行為とされており、非難の対象にはならない。

 フレンド同士でも同様に正当な行為とされそうなものだが、単なるフレンドでは、周りに互いの関係性を示すものが何もなく、ハイエナのレッテルを貼られる危険性が高い。その点、ギルドメンバーは同じギルドシンボルをつけており、周囲にもその関係性を証明できる。プレイヤー間において、ギルドとはそれほど重要なのだ。


 ソロプレイだった頃の癖で、俺はまだこの事実を実感しきれていなかったが、そうだ、今の俺にはギルドの仲間がいるんだ!


『アイテム回収の準備はOKだ』


 メイから文字チャットでメッセージが届いた。

 死人に口なしというわけでもないだろうが、このゲームは死亡中には音声チャットが使えなくなる。とはいえ、文字チャットの方は生きているので、こうしてコミュニケーションを取ることは可能だった。


『メイ、助かる! 俺はマイルームに戻るから、よろしく頼む!』


 念のためこちらからもメッセージを送っておく。死体と重なっていても自動的にそこに残った金を回収できるわけではない。「拾う」という行為をして初めてドロップアイテムを得ることができる。5メートル離れて機会を窺っているプレイヤー達は、ギルドメンバーがいても、死体が消えれば一斉に動き出す。圧倒的有利な状況で拾えるチャンスがあるのに、それを見過ごせばそいつが間抜けと言われるだけで、他のプレイヤーはハイエナや横取りと揶揄されることはない。そのため、見落としがないよう、戻るタイミングを伝えておくのは非常に大切なのだ。


『OK』


 メイからの返事を確認して、俺はマイルームへと戻った。




 目覚めると、俺はマイルームのベッドに横たわっていた。

 薄暗い天井を見上げながら身を起こすと、視界にシステムメッセージが流れ込む。


【ユニオンが解消されました】


 マテンローが死亡状態のままではユニオンの解消はできない。彼もまた、ギルドの仲間にお金を託してマイルームに戻ったのだろう。そして、ユニオン解消を合図にするように、リクとゴルゴもパーティから抜けていった。これで俺達のパーティは、ギルドメンバー四人だけの元の形に戻ったわけだ。

 もしもキング・ダモクレスを討伐できていれば、ユニオン内で勝利を称え合い、尽きることのない楽しい会話が繰り広げられていたはずだ。しかし、惨めに敗北した現実は、そんな余裕すら奪い去る。負けた者同士、かけるべき言葉を見つけることすら難しいのだから。


 俺は虚しさを感じながら、自分のステータスを開く。

 デスペナルティで経験値を結構減らされてしまったが、レベルダウンするほどではない。

 続いてアイテムと所持金を確認する。

 なくなっているアイテムはなく、所持金が数十万ほど減っていた。


 メイに拾ってもらえてよかったよ、まじで!


 まだメイに確認を取っていないが、彼女なら間違いなくきちんと回収してくれているだろう。無様にキング・ダモクレスに敗北した現実は重く、俺の気持ちを沈ませる。それでも、死んで失うはずだったお金が戻ってくる――その事実は、暗い感情をほんの少しだけ軽くしてくれた。


 あの時、ミコトさんがギルドを作ればいいって提案してくれ、クマサンがそれに賛同してくれたおかげだ。あれがなかったら、俺は今でも一人だったに違いない。

 それに、今回に関していえば、メイが生き残ってくれたおかげで金の回収が可能になった。彼女の的確な立ち回り、そしてクマサンが最後に自らを犠牲にした時間稼ぎが大きく貢献している。

 「片翼の天使」の戦闘中、クマサンもミコトさんもマイルームには戻らず、死体のまま残っていた。きっと二人のお金もメイが回収してくれることだろう。


『全員のアイテムの回収完了』


 文字チャットではなく、音声チャットでメイの声が聞こえてきた。


『ありがとうございました』

『助かったよ』


 続いて聞こえたのはミコトさんとクマサンの声。どうやら二人も死亡状態から復帰したらしい。


「ありがとうな、メイ」


 遅ればせながら俺も礼を伝える。だが、メイの返事はどこか遠慮がちだった。


『いや、私だけ生き残って……申し訳ない』

「メイまで死んでいたら大事な金をほかのプレイヤーに拾われてた。むしろよくぞ生き残ってくれたと感謝したいくらいだよ」

『そうですよ。メイさんのおかげで私達はお金をほかの人に取られなくて済んだわけですから』


 ミコトさんの優しい声が続いた。これは俺だけの気持ちでなく、パーティ全体の共通した思いだ。


『そう言ってもらえると少しは気が楽になる。今、街に向かっているところだから、戻り次第みんなに返すよ』


 メイの声はどこか安堵した感じだった。メイはあれでいて気を遣うやつだ。本当に一人だけ助かったことを気にしていたのだろう。

 ――だが、本当に反省すべきは俺のほうだ。

 「蒼天の牙」との共同作戦を受け入れたのは俺だ。ミコトさんはもともとギルド同盟には反対で、今回の作戦も乗り気ではなかった。彼女はそのことに関して俺を責めてもいいのに、何も言ってこない。

 だからこそ、俺から言うべきだろう。


「……みんな、ごめん」

『ショウさん、どうしたんですか、急に?』


 声だけなのでミコトさんの表情は見えないが、その声色から、俺の意図は伝わっていないようだ。


「いや、どうしたもこうしたも、今回のことは俺の責任だから……」

『ショウはよく戦っていたと思うぞ』

『実際、一番ダメージを出していたのショウだろうよ』

『はい。私もそう思いますよ?』


 俺が曖昧な言葉で謝罪したため、真意は伝わらなかったようだ。三人は敗北の責任を俺が感じていると思ったとみえる。だけど違うんだ。俺が責任を感じているのは、戦闘そのものではなく、その戦闘に至る選択をしたこと――つまり、「蒼天の牙」との協力を引き受けたことなんだ。


「そうじゃなくて、マテンロー達と協力してキング・ダモクレスと戦って決めたのは俺だ。それが原因で、みんなにこんな無理をさせてしまった。特にミコトさんは、その気もなかったのに俺につき合わせてしまって……」


 言葉を選びながら謝罪する俺の耳に、怒気をはらんだようなミコトさんの鋭い声が飛び込んできた。


『ショウさん!』

「はい!」


 俺は思わず縮み上がってしまう。やっぱり強引に巻き込んだことを怒っているのだろう。でも、ここは甘んじて受けるしかない。

 そう覚悟を決めたが、返ってきた言葉は予想外のものだった。


『一緒に戦うことは決めたのは私自身です! 責任があるとすれば、それは自分自身にあります! まさか私が戦いに巻き込まれたとショウさんを責めるとでも思っていたんですか!?』


 ミコトさんは怒っている――それは間違いない。しかし、その怒りは俺の想像していたものとは全く違い種類のものだった。彼女の真っすぐな言葉が、胸に痛いほど刺さる。


「……ごめんなさい」


 それしか言えなかった。だけど、ミコトさんはすかさず返す。


『もう……謝らないでください。その代わり、私のことを見くびるのはもうやめてくださいよ』


 その言葉に、彼女からは見えていないのに俺は深く頷いた。彼女の誠実さと強さを改めて実感する。


「はい。ミコトさんはすごく格好良いです」

『――――!? な、なんなんですか、それは!』


 なぜかミコトさんの声は焦っているように聞こえた。


『と、とにかく、メイさんが戻ってきたら、みんなで反省会をしましょう! 「片翼の天使」の人達の戦いを見て気づいたことがあります。きっと次に戦ったときに活かせると思うんです』

『俺もすぐ近くで見ていたからいろいろ学ぶことがあったし、みんなで共有しよう』

『ミコトもクマサンも死んでたからあんな近くで戦いを見られたんだよな。それはちょっと羨ましい。私は危なくて離れているしかなかったからな。ああ、話を聞くために早く戻らないと! みんな、待っててくれよ!』


 あんな負けかたをしたばかりだというのに、前を向く仲間達。

 彼女達は、負けの責任を誰に押し付けるのではなく、次に繋げるための努力を惜しまない。そう、これが俺の仲間だ。

 わかっていたことだけど、三人とも、最高だよ!



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