メイが街に戻ると、俺達は三つ星食堂に集まった。個室へと入り、暖かな灯りが揺れる中、彼女からそれぞれ落としたお金を返してもらうと、すぐに話題はキング・ダモクレス戦に関するものへと移っていった。
感想や発見を言い合うだけでなく、時には立ち回りのミスを指摘し合うこともあった。だが、それとて責任を押し付けるためのものではない。互いが成長するための、前向きな視点からの助言だ。時に、敗北は勝利よりも人を成長させる。俺達は仲間の言葉の一つ一つを、己の糧としていった。
負けはしたものの、初めてのユニオン戦、初めてのHNM戦は、俺達を興奮させるのに十分だったようだ。俺達の反省会の熱量は収まることなく、皆が眠気を催すまで続いた。
次の挑戦機会があれば、間違いなくもっとうまく立ち回り、今度こそ勝つ――四人ともがそう信じていた。だが、あの戦い以降、マテンローは俺の店に顔を見せなくなった。
俺達に合わせる顔がないのか、あるいは俺達を役立たずと見限ったのか。それとも、あの敗北が彼の心を折り、HNMギルドを目指すこと自体諦めてしまったのか――それは俺にもわからない。
俺の方から連絡をしてみようかとも思ったが、なんとなく今はそっとしておいたほうがいい気がして、結局行動には移せなかった。
あの男なら、いずれは再び立ち上がるだろう――不思議とそう信じていた。
そんなわけで、俺の中にはHNMへの熱がいまだくすぶり続けていたものの、現実問題として、HNMと戦う機会なんて、俺達にあるはずがなかった。四人だけのギルドで勝てるHNMなどこの世界には存在しない。
「とはいえ、ギルドメンバーをどんどん増やすっていうのも、ちょっと違うよなぁ」
雪山で料理の素材集めのための狩りをソロでしながら、そんな独り言が漏れる。
周囲には仲間どころか、狩りのライバルとなるパーティさえいない。静まり返った雪山は、独り言を言いたくなるほどの孤独感を与えてくる。
俺達のギルドは四人だけ。ユニオンを組むどころか、パーティの最大構成である六人にも届かない。もちろん四人でもパーティを組んで戦えるが、バランスや効率を考えれば、パーティ人数は六人が理想的だ。ユニオンを組むための18人は到底無理でも、あと二人増やせば、できることの幅は広がるだろう。
「だけど、今のギルドが居心地良すぎてなぁ。新しいメンバーを入れたら、この雰囲気が壊れるんじゃないかって心配なんだよなぁ」
メイがギルドに入ったのは後からだった。包丁作成を頼みに行ったのが最初の出会いだ。それでも、今や彼女はギルド立ち上げ時からのメンバーかのように馴染んでいる。そんな奇跡的な出会いがまた起こるかと言われると、自信はない。
だいたい、俺はこのゲームを始めてから長いのに、これまでまともにフレンドらしいフレンドがほとんどできなかった。フレンド登録してから付き合いが続いていたのなんて、クマサンとミコトさんの二人くらいだった。そんな俺が、新しい人を迎えてうまくやれる自信はないし、そもそも誘えるような仲の良いフレンドもいない。
自分のコミュニケーション能力のなさが、今さらながら情けなくなってきた……。
俺は心の中でため息をつきながら、目の前の雪兎にトドメを刺し、ドロップアイテムでウサギの肉を手に入れた。
今は現実時間で深夜二時。しかもド平日だ。ギルドのみんなは既にログアウトして、今頃は布団の中でぐっすり眠っているだろう。だが、俺には眠気がまったく襲ってこず、こうして料理の食材を集めるために、一人で雪山へとやってきていた。
雪山の入り口から少し奥へ進んだこのあたりは、通常の狩場として微妙な場所だった。もっと奥に行けば高レベルパーティのレベル上げに適した狩場が広がっているが、俺がいるこのあたりには低レベルのモンスターしか出現しない。高レベルのパーティには物足りず、低レベルのパーティには街から遠すぎる。結果、誰も寄り付かない。
しかし、料理人の俺にとっては、ここは絶好の狩場だ。ウサギ、狼、猪、クマといった食材に使えるモンスターがバラエティ豊かに出現する。そういったモンスターは、料理スキルも通用するため、経験値効率は悪くても素材集め効率としてはとても良い。
「さてさて、次のモンスターは――」
周囲を見渡しながら呟いたが、視界には雪原と木々ばかりが広がっている。どうやらあらかたモンスターを狩り尽くしてしまったらしい。
「リポップを待つか、それともこのあたりで切り上げるか……」
タイミング的には安全な場所でログアウトしていい頃合いだが、残念ながらまだちっとも眠たくない。
俺はその場でしゃがみ込み、休息に入った。
SPはまだ十分に残っているが、敵がいないのではどうしようもない。ほかにすることがないのなら、とりあえず休息して回復しておく方がいい。
「そういえば、こうやって一人で狩りに来るのって久しぶりだな……」
ふと漏れた自分の言葉に、少し笑ってしまう。最近はずっとギルドのみんなと一緒だった。それがいつの間にか当たり前になり、一人でいると違和感を覚えるようになっていた。
「……やっぱり、みんなと一緒の方が楽しいな」
ギルドメンバーで狩りをしていた時のことを思い出す。たとえ休息中でも誰かが何かを話していて、その声が心地よかった。くだらない話題でも、不思議と退屈することはなかった。
いつの間にか、ギルドのみんなの存在が、俺にとってかけがえのないものになっていたのだと改めて実感する。
一人はやはり物足りない。このあたりで切り上げるか――そう俺が思いかけた時だった。
「こんなところで、一人で狩りをしている奴がいるとは珍しいね」
突然耳に飛び込んできた声に、俺は反射的に振り返って見上げる。
冷たい風が吹く中、雪の結晶が静かに舞い上がる音しかしなかったはずの空間に、その声は不自然なくらい鮮明に響いた。
目を向けると、赤い髪をポニーテールにまとめた女が、こちらを見下ろしていた。
背筋をピンと伸ばし、戦場を渡り歩いてきた者特有の自信を漂わせているが、その瞳にはどこかいたずらっぽい光が宿っている。凛々しさの中に幼さを残したその顔立ちと相まって、近寄りがたい威圧感というより、妙な親近感を覚える雰囲気だった。
だが、その装備がすべてを覆す。銀色に輝く鎧――それは陽光の反射ではなく、鎧自らが放つ光だ。「ナイトオブナイツ」、装備しているだけでSP回復効果を発揮する超レアアイテムだ。
この貴重な装備を持つプレイヤーは、このサーバーでもほんの数人しかいない。そして、その条件に当てはまる赤い髪の女といえば――
「……フィジェット」
思わず、その名前が口から出ていた。
名前の表示を確認するまでもない。彼女こそ、HNMギルド「ヘルアンドヘブン」のギルドマスター、フィジェットだ。つい先日、キング・ダモクレスとの戦いの時にも彼女を見かけている。見間違うはずがなかった。
しかし、こんなところであのフィジェットに遭うとは……。
まぁ、向こうにとっては俺なんて、記憶にも残らない一般プレイヤーだ。すぐにどこかへ行くだろう。
そう思っていたのだが――
「あんた、この前、キング・ダモクレスと戦ってたよね」
フィジェットが片手を腰に当てて、気軽に話しかけてきた。
俺と彼女が話をするのは、これが初めてだ。
その態度に驚きつつも、俺は曖昧に頷いた。
「……見事に負けましたけどね」
ギルドマスターとの格の違いを勝手に感じたのか、俺の言葉は自然と敬語になっていた。
彼女が俺に話しかけてくる理由がまったくわからないが、コミュ障がちな俺でもさすがに無視はできない。
「確かに負けてたねー。しかも、負けた後、『片翼の天使』の連中に取られるとか、最悪じゃん。私達に取らせてくれたら良かったのに」
なんなんだ!? 俺達が負けた後、「片翼の天使」がキング・ダモクレスとの戦闘の権利を取ったことを根に持っているのか? でも、それは俺に言われてもどうしようもないぞ! そんなの、そっちが「片翼の天使」より先に、フリーになったキング・ダモクレスに攻撃を仕掛ければ良かっただけの話なんだからな!
俺は休息のためしゃがんだまま、睨むような視線をフィジェットへと向けた。
さっきは敬語で話してしまったが、規模は違うもののギルドマスター同士、気合で負けてはいられない。
まだ何か文句を言ってくるようなら、俺だって言い返してやる――そう構えていると、彼女の口からは思いがけない言葉が飛び出てきた。
「ねぇ、HNMに興味あるの? これからHNMの『フェンリル』と戦いに行くんだけど、良かったら来る?」
「――――!?」
全く予期していなかった唐突な誘いに、俺は馬鹿みたいに口を開けたまま彼女を見上げるしかなかった。