俺が緊張して突っ立っていると、目の前にいたフィジェットが振り返って顔をのぞきこんできた。
「どうかした?」
「いや、なんでもないです。大丈夫……」
声が少し裏返った。さすがにHNMギルド「ヘルアンドヘブン」の面々を前にして緊張してますとは、恥ずかしくて言えやしない。
「とりあえず、パーティを組みなおすから一度解散するからね」
「……わかりました」
【パーティが解散されました】
システムメッセージが表示され、俺はソロ状態へと戻る。
ここまで来て誘われず、「やっぱり人数足りたわ」とか言われたら、泣くぞ……。
そんな嫌な想像が頭をよぎったが、しばらくしてメッセージが表示された。
【ミネコからパーティの誘いを受けました】
【パーティに参加しますか? はい/いいえ】
「ミネコ」という名のキャラクターを探すと、目の前の集団の中に、その名前表示のある可愛らしい猫型獣人の少女がいた。
彼女はこちらの視線に気づいたのか、猫の手の形をしたグローブをはめた右手を軽く振り、にっこりと微笑む。
どうやら本当にフェンリル戦に参加させてもらえるようで、俺はホッと息をつき、ミネコさんに軽く会釈をして、パーティの誘いを許可した。
「よろしくにゃ~」
ミネコさんの元気のいい挨拶と共に、パーティ画面にメンバー一覧が表示された。名前のほか、体力やSPといったステータスが整然と並び、俺を含めて6人、フルパーティが揃っている。
「よろしく」
「よろ~」
「よろ」
「よろしくお願いします」
ミネコさん以外のパーティメンバーから一斉に挨拶が飛んできた。
どれも軽い感じだが、その方が余計な緊張を感じなくて済む。
「ショウです。よろしくお願いします」
ほかのみんなは顔見知り同士だろうが、俺はそうではない。飛び入り参加の身であるので、ここはしっかり名前を名乗って挨拶を返した。
社会人としてこれくらいの常識はわきまえている。……今はニートだけど。
俺が一人頷いていると、ミネコさんは首を傾げ、俺をじっと見つめながら口を開いた。
「ショウニャンって、あの『1stドラゴンスレイヤー』のショウニャンであってるにゃん?」
「ショウニャン」って俺のことだよな?
いきなりそんな呼び方をされて、思わず目を見開く。ミネコさんとは今日初めて顔を合わせたばかりだし、パーティを組むのももちろん初めてだ。
「……はい、多分、そのショウです」
「ショウニャン」という呼び名に対するツッコミを入れたいところだが、1stドラゴンスレイヤーであるのは間違いないことなので、とりあえずその答えを返した。
するとミネコさんの顔がパッと明るくなり、勢いよく声が飛びだしてくる。
「おお~! 動画見たにゃん!」
「俺も見た、見た!」
「私もです」
ミネコさんの言葉に、パーティメンバーのボウイとシアが続いた。
こんなHNMギルドの人達でも俺達の動画を見てくれているんだと思うと、ちょっとした感動がある。
「『片翼の天使』のルシフェルが、『1stドラゴンスレイヤー』の称号を取ろうとして、ギルドメンバーに偵察のためにインフェルノと戦わせ、情報集めをしてたって話、知ってるにゃん?」
ミネコさんは話を続けながら尻尾を揺らしている。そして、俺が返事をする間もなく、さらにたたみかけてきた。
「それで攻略法を練り上げ、自分を含めたギルドの精鋭メンバーでインフェルノに挑んだら、ショウニャン達がもう倒してて、ルシフェルの面目丸つぶれだったって話にゃ! そのこと、ねーさんがめちゃくちゃ喜んでたにゃん!」
……なにそれ、俺、初耳なんだけど。
それって、「片翼の天使」、その中でも特にルシフェルの恨み買ってない?
急に震えが襲ってきたんだけど……。
――っていうか、「ねーさん」って誰だ?
俺は疑問をそのまま口に出してみる。
「ミネコさん、ねーさんって?」
「フィジェットのことにゃん」
「もしかして、ミネコさんはフィジェットさんと姉妹なの?」
「違うにゃん! そんなことあるわけないにゃん!! 頼れるねーさんって感じだから、そう呼んでるだけにゃんよ! もう、ショウニャンはブラックジョークがきついにゃん」
全力で否定され、思わず苦笑いが漏れる。
何もそこまで嫌がらなくてもいいだろうに。
その反応だけ見てると、頼られてるのか嫌われてるのかよくわからなくなってくるぞ。
……けど、ミネコさんがフィジェットのことを「ねーさん」と呼ぶのは、何となく納得できる気がした。フィジェットは、時に強引なところもあるけど、彼女の背中を追いかけたくなるような不思議な魅力を持っている。一緒に行動した時間は短いけれど、その短い間にも俺は彼女のそんな魅力を感じていた。
「でも、ショウニャンの動画見て、ねーさんが『面白そうなプレイヤーがいる』って楽しそうに言ってたけど、まさか早速連れてくるとは思わなかったにゃん」
「……え?」
ミネコさんの言葉に、俺は動きを止めた。
なにそれ? それって、フィジェットが、キング・ダモクレス戦の前から俺のことを知ってて、しかもそれなりに評価してくれてたってこと?
だとしたら、今回誘ってくれたのは、誰でも良かったからじゃなく、そこにいたのが俺だったからってことになったりしない?
その疑問を確かめようと、ミネコさんに詳しい話を聞こうとしたところで――
「今回も『片翼の天使』は、フェンリルを取り合うライバルだ! あいつらに先んじてインフェルノを倒したショウがいてくれれば、俺達の方が獲物を取れそうな気がするぜ!」
「確かに! 運はこっちに向いてる気がしますね!」
「ルシフェルの野郎を悔しがらせてやろうぜ!」
パーティメンバー達が急に盛り上がり始め、俺はミネコさんに話を聞くタイミングを逃してしまった。
いや、幸運の置物みたいな扱いで勝手に盛り上がられるのはいいけど……。これでフェンリルを取り逃がしても、俺のせいにしないでくれよ?
そんなことを心の中で思っていると、パーティの人数表示が一気に増えた。
ユニオンが結成されたのだ。
今回のユニオンは15人。俺を入れてもフルメンバーの18人には届いていない。
フィジェットがリーダーを務めるタンクパーティは5人編成で、彼女ともう一人のタンク役ユーリィが前衛を固めている。サポートにはオリンとシエスタの二人がメインヒーラーとして控え、さらに裁縫師のミストがサブヒーラーとして配置されている。非戦闘職の裁縫師まで引っ張り出しているのは、ヒーラー不足を補うための苦肉の策だろう。
一方、俺が属するのはミネコさん率いる6人パーティ。彼女は強化スキルを得意とする付与術士で、回復役も兼ねている。他のメンバーは全員物理アタッカーだ。俺、ボウイ、シア、ブシが近接職で、ロビンが遠距離アタッカーを務める。
もう一つのパーティは4人編成。リーダーはスカイで、アセルス、アンディ、ヒビキと共に攻撃型の魔導士だ。サブ職業を白魔導士にしているとはいえ、このパーティには専門のヒーラーがいないため、負傷時には互いに回復を補う必要がありそうだ。
ざっと見渡しても、ヒーラーの数が少ないのは明らかだった。裁縫師をサブヒーラーとして引っ張り出しているあたり、メンバー集めの苦労がうかがえる。もっとも、うちの三つ星食堂も、鍛冶師のメイを色々と酷使しているので、人のことをとやかく言える立場ではない。
それでも、この状況で唯一6人パーティを編制し、強化役のミネコさんを配置していることからして、俺達が火力の中核を担うメインパーティであるのは明白だった。ヒーラーが少ない分、長期戦になればなるほど厳しくなるだろう。だからこそ、少しでも早く敵を倒せる火力が求められているのだ。
――もしかして、俺、期待されている?
そんな思いが胸をよぎり、俺の視線は自然とフィジェットへと向いた。
実際には、単に物理アタッカーを固めただけだとは思うけど、ちょっと燃えてきたかもしれない。
そんな俺の様子に何か感じるものがあったのか、フィジェットはいぶかしげな視線をミネコさんに向けた。
「ミネコ、ショウに何か変なこと言ってないよね?」
「何も言ってないにゃ~。世間話してただけにゃ~」
「……ならいいけど」
さっきの動画見てうんぬんの話は、きっと世間話の類だろう。
1stの称号を取られたルシフェルのことを笑っていたとか、動画見て俺達のことを評価してくれていたとか、そういう話を聞いたと言うと、ミネコさんの立場がやばくなるかもしれないので、彼女のため、ここは黙っていたほうがよさそうだ。
「ショウ、敵のターゲットは絶対そっちには行かせないから、全力でやってくれて構わないよ!」
フィジェットが軽やかに言い放つ。
その声には自信が満ちていて、少しばかり心が奮い立った。
なるほど、ミネコさんが彼女を「ねーさん」と呼んで慕うのもわかる気がする。
「了解です、ねーさん」
「――ね、ねーさん!?」
俺の返事に、フィジェットは驚いたように声を上げた。
……しまった。余計なことを考えていたせいで、つい口を滑らせてしまった。知り合ったばかりの相手を「ねーさん」呼びとは、いくらなんでも馴れ馴れしすぎる。小学校で先生を「お母さん」と呼び間違えたような、妙な羞恥が襲ってくる。
慌てて謝ろうとした矢先――
「どうせミネコがそう呼べとか言ったんでしょ? もう、ミネコはすぐおもしろがるから……。まぁ、ショウがそう呼びたいなら別に構わないけどね」
ミネコさんのせいではないのだが、フィジェットは軽くため息をつきながらも、まさかの「ねーさん」呼びを容認した。
そんなことを言われてしまっては、今さら「フィジェット」に戻す方が不自然なってしまう。こうなったら、腹をくくって「ねーさん」と呼び続けるしかないだろう。
「それじゃあ、みんな、強化スキル使うから近くに寄ってにゃ~」
ミネコさんが軽い口調で声をかけると、パーティメンバーが自然と彼女の周囲に集まっていく。俺もその流れに従った。
付与術士は普通なら個別が対象になる強化スキルを、範囲を対象として複数に使うことができる。戦闘中も物理アタッカーが固まっていれば、一度のスキルでまとめて強化できるため、SP消費を大幅に抑えることができる。
このパーティでサブ職業を回復系職業にしているのは、ミネコさんと俺だけだ。
HNMと戦うことになるとわかっていれば、俺もサブ職業を戦闘系にしてきたのだが、今回はソロで素材狩りの予定だったため、自己回復できる白魔導士で来ていた。
回復スキルを使えば敵からのヘイトを集めてしまう。そのため、アタッカーとしては、回復スキルの使用は避けたいところだが、このパーティ構成を考えれば、俺も回復を使わなければならない状況にもなるだろう。俺も、自分が回復スキルを使う覚悟はしているが、可能な限りその回数は減らしたい。そういう意味では、ミネコさんのSP節約は、俺が回復する機会が減ることになり、ありがたい。
「ショウニャン、サブ職業が白魔導士だけど、回復は使わにゃいでね」
「え?」
唐突なミネコさんの言葉に、俺は驚きの声を上げた。考えが読まれたようで一瞬ドキリとする。
「ショウニャンが回復でヘイトを稼いだら、その分攻撃ができなくなるにゃん。だから、回復は私に任せて、攻撃に集中してほしいにゃん」
それはアタッカーとしてはありがたい申し出だった。だけど、相手はHNMだ。一人で俺達5人のアタッカーの回復と強化を一人でこなすのは、あまりにも過酷だ。そんな不安がよぎり、俺は反射的に言い返そうとした。
「でも――」
そのとき、ミネコさんの瞳がまっすぐに俺を捉えた。
冗談交じりの雰囲気を纏っていた彼女が、一瞬だけ真剣な表情を見せる。その視線には、反論を許さない力強さと自信が宿っていた。俺は思わず息を呑む。
彼女自身ができると言っているのだ。それを疑うのは、彼女に対する侮辱でしかない。
「よろしくお願いします」
だから俺はそう言って頭を下げた。自分の命を彼女に預ける覚悟を決めたのだ。
「任せるにゃん!」
彼女の表情は、猫のように愛嬌たっぷりの笑顔に戻っていた。
その切り替えの速さに、俺はつい笑ってしまう。
ねーさんも不思議な魅力のある人だけど、この人も独特の魅力のある人だよなぁ。