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第118話 報告しただけなのに

 翌日、いつものようにクマサン、ミコトさん、メイの三人が店に集まると、俺は昨日――正確には今朝――のことを話すことにした。

 本当は、手に入れたばかりの「ヘルメスの靴」を履いて、いつもの1.1倍の速さで歩く俺に気づいてもらい、それをきっかけに話を始めるつもりだった。しかし、三人は雑談に夢中で、俺の足元などまったく気にも留めないし、俺の速さにも気づく気配がない。称号をフェンリル退治で新たに得た「フェンリルヴァンキッシャー」に変えてみようかとも思ったが、ステータスの確認をされないと気づかれないので、仕方なく自分から話を切り出すことにした。

 そもそも、情報共有は基本中の基本だ。大事なことを隠すのは信頼関係を損なう行為だし、何よりフェンリル討伐の戦果を共有しないのはチームのためにならない。決して、自分の活躍を自慢したいわけではない――そこだけは誤解しないでもらいたい。


「――ということがあったんだよ」


 話を一通り終え、俺は少し誇らしい気持ちで三人の顔を見回した。フェンリルを見事撃破し、ヘルメスの靴まで手に入れた俺に向けられる賞賛と羨望の眼差し――そんな光景を予想していたのだが、現実はどうも違った。

 クマサンは、普段穏やかな目元に冷ややかな光を宿し、ミコトさんに至っては肩を小刻みに震わせている。表情もどこか険しい。

 どうかした?――と声をかける前に、ミコトさんが目を吊り上げ、勢いよく口を開いた。


「ずるいです!」

「えっ!?」


 ミコトさんの突然の抗議に、俺は思わず背筋を伸ばした。さっきまで椅子にゆったり腰掛けていたのに、いつの間にかきちんとした姿勢になっている。

 ずるいとは「ヘルメスの靴」のことだろうか? だが、この靴の恩恵を受けられるのは、非戦闘職のみ。このゲームの中では、巫女は戦闘職に分類されている。そのため、ミコトさんには無用の長物のはずだが……。

 それを説明しようとした矢先――


「どうして私も誘ってくれなかったんですか!?」


 ミコトさんの追撃が飛んできた。

 ……ああ、そっちね。

 「ヘルメスの靴」を入手したことではなく、俺が一人だけフェンリル討伐を経験したことについて、ミコトさんはお怒りのようだ。


「そうだ。抜け駆けはよくない」


 ミコトさんほど感情を露にしていないものの、クマサンも同じ意見のようだ。その鋭い視線が静かな圧力となって俺にのしかかる。

 せめてもの救いは、メイだけはそこに乗っかっていないことだ。彼女はやれやれといった表情で二人を眺めている。その様子は、どこか俺に同情しているようにも見えるが、それ以上の援護は望めないらしい。ちらりと視線を合わせると、二人の矛先が万が一にも自分の方に向くことを警戒してか、「助け舟は出せないぞ」とでも言いたげに目を伏せた。

 どうやら、この場を収めるのは俺一人の役目らしい。


「いや、でも、二人ともあの時間はとっくに寝ていたよね?」


 下手に刺激しないよう、俺はできるだけ柔らかい口調で問いかける。


「それはそうだが……」


クマサンは冷静に、俺の言い分を一部認めかけてくれた。だが、ミコトさんはまだ納得していないようで、鋭い視線のまま身を乗り出した。


「それでも連絡は欲しかったです! 話を聞けば、15人で戦ったんですよね? あと3人、まだ枠があったわけじゃないですか!」


 痛いところを突かれてしまう。

 ねーさんに誘われた時点では、何人揃っているのかはわからなかった。おそらく、ねーさん自身も正確には把握していなかったのだろう。でも、結果的に15人だったというのは事実。そして、それがちょうど三人分の空き枠になるというのは――俺にとってあまりにも都合が悪すぎた。


「でもね、ミコトさん。あそこで連絡しても、街から移動してたのでは、時間的にフェンリルのポップに間に合わなかったと思うよ。たまたま雪山にいた俺でも、ギリギリのタイミングだったわけだし……」


 苦しい言い訳にしかならないのは承知の上だったが、それでも一応の説明を試みた。しかし――


「ショウさんが連絡してくれていたら、その影響で条件が変わってポップがズレたかもしれないじゃないですか!」


 ミコトさんの反論は予想の斜め上を行く。

 なんというバタフライエフェクト。俺の行動がそんなにも世界に影響を与えていたのか……って、いやいや、ミコトさん、それはさすがに理不尽すぎない?

 どうやらこれ以上何を言っても火に油を注ぐだけの状況になりつつある――そう思い始めた時だった。


「ミコト、そのくらいにしてやりなよ」


 柔らかいながらも真の通った声が響いた。メイだ。


「逆の立場だったら、ミコトは寝ているみんなに連絡した? 湧くかどうかもわからない、ライバル相手に取れるかも不明――そんな状況なのに、起こしてまで連絡しようと思った?」


 キャラの見た目だけなら一番童顔なメイが諭すようにミコトさんに問いかけた。外見はそうでも、中身ではメイが一番のお姉さんだけあって、その言葉にはどこか説得力がある。


「そう言われると……」

「そうだよね。ミコトなら、気を遣って連絡なんてしないんじゃないかな? ショウもそういう奴だって、ミコトも本当はわかっているんだろ?」

「…………」


 メイの言葉に、ミコトさんは口を開きかけて閉じ、そして――急にうつむいた。

 二人だけの言い争いならヒートアップする一方だったかもしれないが、第三者から冷静な意見を聞くと意外と冷静になれるものだ。メイは「助け舟を出せない」といった態度だったが、結局はこうして手を差し伸べてくれるのだ。


「……ショウさん、八つ当たりみたいなこと言ってすみませんでした」


 ミコトさんは顔を伏せたまま小さく頭を下げ、次の瞬間、控えめに上目遣いでこちらを見つめてきた。


 ――なにこれ!? 反省しているミコトさんもメチャクチャ可愛いんだけど!


 最初の感想がそれなのは、我ながらどうかとは思いもしたが、事実なんだからしょうがない。

 それに、ミコトさんの本当にすごいところはそこじゃないとも思う。感情的になっても、こうしてすぐに自分の非を認めて謝ることができる――その素直さこそ、彼女の一番の魅力だと俺は思う。そして、それは俺も見習わなければならないところだろう。


「いや、俺も気をつけるよ。次に同じような機会があったら、その時は念のために声を掛けるようにする」


 俺も全員に対して頭を下げた。

 正直、今回声を掛けなかったことに関しては、そこまで詫びる必要があったのかは微妙だ。だが、その後の行動――フェンリル討伐の成果を無駄に自慢しようとしたり、ヘルメスの靴をアピールしようと落ち着きなく動き回ったり――そういう部分は反省すべきだった。だから、この謝罪は、その分を含んでのものだ。


 それにしても、意外だったのは、ミコトさんの食いつきかただった。彼女は、マテンローのギルドとの同盟にも反対だったので、HNMにはあまり関心がないのかと思っていたが、どうやらそういうわけではなかったらしい。前の時は単にギルド同盟が嫌だったのか、それともキング・ダモクレス戦で考えが変わったのか――そのあたりの事情はわからない。

 だが、一つだけはっきりしたのは、次にHNMと戦う機会があれば、遠慮せず彼女を誘えるということだ。それは、俺にとって素直にありがたいことだった。……まあ、そもそもそんな機会がまた訪れるかどうか別としてだが。


 とにもかくにも、これで「一人だけ抜け駆けした」というレッテルを貼られることはなくなった。そう思ってホッとしていたのだが――どうやら俺だけフェンリル討伐したという火種は完全には消え去ってはいなかったようで……



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