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第126話 再戦開始

 ねーさんの挑発に続き、魔導士達からすぐに攻撃デバフと防御デバフのスキルがキング・ダモクレスに飛んだ。


「さすがだな」


 走りながら自然と口をつく感嘆。戦闘開始時に、挑発系スキルに次いで優先すべきなのは、敵へのデバフだ。これが遅れれば、タンクは無駄にダメージを重ね、アタッカーは本来与えるべきダメージを逃してしまう。だが、事前の打ち合わせもなしに、これだけ役割分担が徹底されているのは見事というほかない。魔導士同士でデバフが重複することもなく、きっちり分業している。

 先頭を走るねーさんが、キング・ダモクレスの裏に回り込む。それに反応して巨体が反転した瞬間、俺達アタッカーは一斉に正面にある後ろ脚へと殺到する。

 俺も後ろ脚に取りついたが、まだ全力で攻撃を仕掛けるわけにはいかない。タンクへのターゲットが固まる前に大きなダメージを与えれば、ヘイトを引き寄せて自滅するだけだ。


【キング・ダモクレスの攻撃 フィジェットにダメージ139】


 相変わらずキング・ダモクレスの攻撃は強烈だ。タンクが相手でも、通常攻撃で三桁のダメージを普通に叩き出してくる。


「最初は自己回復でタゲを固める。回復は不要だよ!」


 ねーさんの澄んだ声が戦場に響いた。フェンリル戦でも見せた、聖騎士であるねーさんだからこそできるヘイトの稼ぎ方だ。


 ……でも、あの時は特に声を上げることなんてなかったよな。


 一瞬の疑問に思考が巡る。そして、すぐにその理由に気づいた。今回のユニオンには、ミコトさんとメイという初参加のヒーラーがいる。ヘルアンドヘブンの熟練ヒーラー達は、言わずとも回復を控えてくれるだろうが、ミコトさん達は違う。タンクがダメージを受ければ、即座に回復を試みてしまうだろう。それを防ぐために、ねーさんは自ら声を上げたのだ。

 だが、ここで思い至るのは自分の落ち度だ。移動中に、ねーさん達の戦い方の説明をミコトさん達にできたはずだ。しかし、キング・ダモクレスへ急ぐあまり、そこまで気が回らなかった。ミスとまでは言えないことかもしれないが、ねーさんが気を回してくれていなかったら、ミコトさん達に失態を演じさせていたかもしれない。……気をつけねば。


【キング・ダモクレスの攻撃 フィジェットにダメージ137】

【フィジェットはヒール・大を使った フィジェットの体力が240回復】


 ねーさんの的確な指示のおかげで、戦闘開始直後にもかかわらずキング・ダモクレスのターゲットはしっかり固定されつつあった。周りのアタッカー達も徐々にギアを上げ、通常攻撃に加えてスキルを繰り出し始める。


「スキル、黒影血舞シャドウブラッド!」

【ボウイの攻撃 キング・ダモクレスにダメージ258】


「スキル、雷撃斬!」

【シアの攻撃 キング・ダモクレスにダメージ189】


「スキル、円月殺法!」

【ブシの攻撃 キング・ダモクレスにダメージ205】


「スキル、竜牙突ドラゴンファング!」

【ジークの攻撃 キング・ダモクレスにダメージ230】


 剣戟と共に華やかなエフェクトが宙を舞い、近接アタッカー達が次々と高いダメージを刻んでいく。そろそろ俺も本気を出していい頃合いだ。


「食らえ! スキル、みじん切り!」

【ショウの攻撃 キング・ダモクレスにダメージ402】


 前回のキング・ダモクレス戦ではとても届かなかった400台のダメージ。それがいきなり出た。俺自身も驚きを隠せないが、それは周囲も同じだったようだ。同じアタッカーなら、このダメージ値の価値がいやでもわかるだろう。


「えぐっ……」

「相変わらずやってくれるな」

「味方にいてくれて心強いです」

「キング・ダモクレス相手にそんなダメージ、初めて見たぜ」


 HNMギルドのアタッカーからの賞賛の声は、少し気恥ずかしいが、やはり嬉しいものだ。かつて一人黙々と料理をしていたぼっちの俺からは、想像もつかない光景だった。

 けれど、この結果は俺の力だけで得られたものではない。確かに、前回の戦いからレベルを上げ、ステータスも強化したが、それだけでは決して届かなかっただろう。ミネコさんの強化スキルによる恩恵、魔導士達によるデバフの効果、それらの支援があってこその数字だ。


「ヘルアンドヘブンのみんなが支えてくれているからだよ」


 自然と口をついた言葉は、本心そのものだった。


「もうちょっと自慢してもバチは当たらないと思いますよ」


 隣に立つ女騎士のシアさんは、軽く笑いながら言ってくれる。だが、全部自分の手柄かのように、ダメージ値を誇示するような奴にはさすがになりたくはない。

 それに、そもそもターゲットを完全に引きつけ、俺達に安定した攻撃の機会を作ってくれているタンクのねーさんがいなければ、こうも簡単にはいかなかっただろう。タンクという存在がいかに大きいかを改めて思い知らされる。

 俺はキング・ダモクレスの巨体越しに、ねーさんの姿を探そうとしたが、敵の巨大な体躯に遮られ、その姿は見えなかった。


 ――ねーさん、ターゲットを集めてくれて助かる。……だけど、ヘイトを稼ぎすると危ないぞ。


 ねーさんのターゲット固定化の力は、フェンリル戦で俺もわかっている。ダメージを取りすぎてこっちに敵視が向きやしないかと心配する必要がほとんどないのは、とても心強い。だけど、キング・ダモクレス相手にそれでいいのかという不安が胸をよぎる。

 ねーさんの鎧「ナイトオブナイツ」は常時SP回復の恩恵のあるレア装備だ。そのおかげで、ねーさんは強固なターゲット維持力と、スキルの継続力を有しているが、スキルによるSP消費量は当然ながら回復量を上回る。彼女のSPとて限界はあり、休息を取るためのタンクスイッチはいずれ必要になる。それになにより、キング・ダモクレスには「睨みつけ」という特殊技がある。あれを食らえば、防御力が大幅に低下し、きっとねーさんでも持ちこたえられない。休息を取るための単なるタンクスイッチならば、時間をかけてヘイト調整もまだ可能だろうが、「睨みつけ」を食らってすぐにタンクスイッチはさすがに不可能だ。


 ――ねーさん、何か考えはあるんだよな?


 クマサンは、タンクスイッチに備えて、SPを維持しつつ、適度に挑発系スキルを使いヘイトを稼いではくれている。そのあたりはさすがだと思うが、自己回復ができるねーさんとはヘイト量に雲泥の差があるはずだ。いくらクマサンでも、いざというときに簡単にターゲットを奪えるとは思えない。


 そもそも、今回の戦いは16人しか揃わないまま、先を越されないために無理を承知で挑んだものだ。「睨みつけ」が来ないことに賭けている可能性を否定しきれない。その場合、もし「睨みつけ」を食らえば――ターゲットが剥がれないままねーさんはやられ、一人だけのタンクになったクマサンはいずれスキルが尽き、ユニオンは崩壊……。

 いやな想像が非常にリアルに頭の中で再現されてしまった。


 しかし、俺の心配をよそに、「睨みつけ」が来ないまま、俺達は順調にキング・ダモクレスの体力を削っていった。

 そろそろねーさんのSPが厳しくなってきて、休息が必要なラインに近づいてきているが、敵体力はすでに半分を切っている。マテンロー達とのユニオンの時よりも、格段にペースがいい。

 あの時は、俺とメイが主なダメージソースだったが、今は違う。HNMギルドのアタッカー達の攻撃力はやはり高い。ボウイ、シア、ブシ、ジーク――どのメンバーも、マテンローのギルドなら圧倒的エースを張れる実力を持っている。

 後ろの魔導士達も優秀だ。敵へのデバフを途切れさせることなく維持し、攻撃系スキルでダメージを取り、さらに俺達近接アタッカーが範囲ダメージを受けたときには、ミネコさんだけではまかないきれない分の回復フォローまでしてくれている。

 マテンローユニオンでは、二番手のダメージソースになっていたメイが、今回はほとんど攻撃に参加していないのに、ここまで押せているのは、さすがHNMギルドといったところだ。


 ――まぁ、その優秀なアタッカー陣を抑えて、いまだ一番ダメージを稼いでいるのは俺なんだけどね。


 心の中で密かに自慢してみる。口に出さなければ、こういうときに少しくらい誇っても許してもらえるだろう。

 残る体力は半分未満。このまま「睨みつけ」が来なければ――



 今まで大丈夫だったのだ。それがこのまま続けばいいだけ。そんなふうに思うのは、人として当然のことだろう。だが、脅威とは、まさにそうして油断した瞬間に牙を剥くものだ。


【キング・ダモクレスはフィジェットを睨みつけた】

【フィジェットは恐怖し防御力が下がった】


 ――来やがった!


 恐れていた技がついに来てしまった。



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