翌日のアナザーワールド――
ログアウトした場所であるアモアスの街の食堂に、三つ星食堂のギルドメンバーは再び集結していた。昨夜のライブの興奮冷めやらぬまま、話題は尽きることがない。そして、一人静かに聞いていたミコトさんが、不意に口を開いた。
「やっぱり私もメイさんのライブに行きたかったです!」
その言葉に、俺達は一瞬驚き、次に微笑んだ。悔しそうに唇を尖らせているミコトさんは、拗ねていてもなお愛らしく、俺達三人にその可憐な視線を向けている。
「昼間にライブがあるならミコトだって行けるさ。それまで待とうな」
クマサンが優しい笑みを浮かべ、ミコトさんを宥めるように声をかける。昨日は不安そうな表情を見せることがあったクマサンだが、昨日最後に見た時と同様、今は晴れやかな表情だ。クマサンの心をかき乱していたものは吹っ切れたようで、安堵する。
「メイさん、昼間にもライブってやるんですか!?」
「そうだな、そういう時もあるな」
ミコトさんの勢いに少したじろぎつつ、メイは笑顔で答えた。
「じゃあ、その時は教えてくださいね! 今度こそ、私も行きますから!」
ミコトさんは握りしめた手を上下にぶんぶんと振り、決意を示す。その姿を見ていると、次こそは三人でメイのライブに行きたい――そんな思いが強く胸にこみ上げてきた。ゲームの中では見ることのない、ベースを掻き鳴らすメイの姿を、ミコトさんにもぜひ見てほしいと思う。
「……なんだよ、ショウ。変な目でこっちを見て……」
気づけばメイを見つめていたらしい。昨日のライブで見せた彼女の姿は、今もなお俺の中で輝いている。
「いや、メイって格好いいなと思って」
「――――!? ばかっ! な、何を言ってるんだよ……。それより、狩りに行こう。今日はレベル上げか? それとも、素材集めか?」
なぜか慌てた様子を見せるメイ。それが少し気になるが、彼女の言うことももっともだ。せっかく四人揃っているんだから、一人ではできないことがしたい。とはいえ、キング・ダモクレス戦以降、レベル上げや素材集めが続いており、少々マンネリ感を覚えていた。仲間と過ごす時間自体が楽しいのは確かだが、たまには新たな刺激が欲しくなる。
そんなことを考えていると、不意に聞き覚えのある声が響いた。
「おっ、ショウ達じゃないか!」
振り返ると、食堂の入り口には
ねーさんやミネコさん、アセルスと会うのは、あのキング・ダモクレス戦以来だった。激闘の記憶が脳裏に蘇る。シアも最後に顔を合わせたのはその時だが、彼女とはほぼ毎日のようにチャットでやり取りしているせいか、久しぶりという感じはしない。
「この前はありがとうございました」
俺はすっと立ち上がり、彼女達に頭を下げた。うちのギルドメンバーも、彼女達と会うのはあれ以来なのだろう。それぞれが挨拶をしたり礼を述べたりすると、ねーさん達もそれに応じ、あの戦いの労をねぎらい合う。短いやり取りの中にも、芽生え始めた絆のようなものが感じられた。
そんな中、ふと視線を感じて顔を上げると、シアと目が合った。彼女は柔らかく微笑み、金色の髪をふわりと揺らしながら、小さく頭を下げる。俺は軽く片手を挙げ、それに応えると、再び視線をねーさんに戻した。
「ねーさん達は、またHNMを狙いに行くの?」
「いや、さっきまでギルドメンバー六人でレベル上げしてたんだけど、二人が抜けたから一度、街まで戻ってきたところだ」
「そうなんだ」
頷きつつ、少しだけ残念に思う。パーティの最大人数は六人。今の俺達とねーさん達は四人ずつの編制だ。もし三対三、あるいは四対二なら、「一緒にパーティを組まないか?」という流れにもなるのだろうが、八人ではそういうわけにもいかない。
もちろん、ユニオンを組めば八人で狩りに行くこともできるが、ユニオンは通常のパーティに比べて得られる経験値が大幅に減るというデメリットがある。HNM相手ならともかく、通常の狩りでユニオンを組むのは効率が悪すぎて、誰もやらない。素材集めにしても、頭数が多い分、一人あたりの取り分が減ってしまい、ほとんど意味がない。
「ショウ達の方こそ、こんなところでどうしたんだ?」
「俺達は今からレベル上げか、素材集めの狩りに行くところだったんだよ。人数がうまく合えば、ねーさん達とパーティが組めたかもしれないけど、ちょっとこの人数同士だとね」
「そうだな……いや、待てよ」
俺の言葉に同意しかけたねーさんの表情が、ふと楽しげに変わる。
「ショウ達も特に目的がないのなら、アレをやってみないか?」
「アレ?」
突然の提案に首を傾げる。アレと言われても、何のことかさっぱりわからない。
「ここはアモアスの街だぞ。アモアスでアレといえば――」
「……人狼の館か!」
「そう!」
ねーさんが嬉しそうにパンと手を打つ。
人狼ゲームと呼ばれる遊びがある。
元々は、村人の中に紛れ込んだ人狼を会話や推理で見つけ出すパーティゲームだが、そのコンセプトをもとにしたコンピューターゲームも数多く存在している。一時期はゲーム配信者の間で「アモングアス」をはじめとした人狼ゲームの配信が流行り、現在でも根強い人気を保っている。
そして、このVRゲーム『アナザーワールド・オンライン』の世界でも、人狼ゲームを楽しめる施設が存在している。それが、ここアモアスの街にある「人狼の館」だった。
実はこの人狼の館がゲーム内に設置されたのは結構前なのだが、俺はまだ一度もプレイしたことがない。なにしろ、プレイ可能人数が6~18人と多いため、ぼっちが基本だった俺には、一緒に遊ぶ仲間を集めることができなかったのだ。それでも、誰かにもし誘われた時にすぐに対応できるようにと、ルールだけはしっかり読み込んでいた。
「みんな! せっかくの機会だから、『人狼の館』をやってみようよ!」
俺はギルドのみんなに呼びかけた。胸が高鳴る。ずっとやりたかったのだ。しかし、さすがに仲間の意思を無視してまで強行するわけにはいかない。
「みんながやるって言うなら、私は構いませんよ」
最初に応じたのはミコトさんだった。落ち着いた声と余裕のある態度。彼女がすでに人狼の館を経験していることは、その雰囲気から容易に察せられた。
くっ……ミコトさんの人脈の広さが羨ましい。でも、今はそれより賛同してくれたことに感謝しよう。
「私も構わないぞ」
メイが短く答えた。
彼女が経験者なのかは読めない。俺のようにどうしてもやりたいという強い想いは見えないが、メイは本音を隠すのが上手いタイプだ。もしかすると、彼女も興味を持っているのかもしれない。少なくとも、賛成してくれるのなら、今はそれでいい。
俺は残るクマサンへと視線を向けた。
「……俺はやったことがないんだが」
クマサンは少々不安げな声でつぶやいた。
俺と同じぼっち仲間を見つけられ、つい嬉しく思ってしまう。だが、ここで「やったことがないからやりたくない」と言われてしまえば、俺の初人狼の機会が潰えてしまう。それは避けねばならない。
「大丈夫だよ、クマサン! 俺もやったことないけど、ルールとかはちゃんと把握している。俺がフォローするから、一緒にやってみようよ!」
俺の熱意が伝わったのか、クマサンの顔がなんだか嬉しそうなものに変わった。
「ショウがそう言うなら……」
よっしゃぁぁ!
俺はほかの人に見られないように、小さくガッツポーズする。
これでこちらのパーティメンバーは全員賛成だ。
俺はねーさんの方へ目を向けた。
「ねーさん、俺達の方は全員オーケーだ」
ねーさんは満足げに頷く。
「こっちもだ」
こうして、俺、クマサン、ミコトさん、メイ、ねーさん、ミネコさん、シア、アセルスの八人による人狼ゲームが幕を開けることとなった。