俺達はユニオンを組み、この街の外れにある「人狼の館」へと向かっていた。
「人狼の館」はクエスト扱いされているので、一緒にプレイするには、パーティを編成するか、ユニオンを組んでおく必要があるのだ。
「今日は絶対うちが勝つぞー!」
「ねーさん、気合い入ってるにゃん」
先頭を歩くのは、ユニオンリーダーとなったねーさんだ。彼女は腕をぶんぶんと振りながら、ミネコさんと共に軽快に進んでいく。その姿からは、これから始まるゲームに対する期待と闘志が滲み出ていた。ミネコさんも楽しげに相槌を打ちながら、歩調を合わせている。
俺は最後方から彼女達を眺めながら、足元の石畳を踏みしめる。久々に味わう、この高揚感。ずっと気になっていた「人狼の館」を、ようやくプレイできるのだ。胸が熱くなるのを感じる。
そんな俺の隣に、クマサンが静かに並んだ。巨体を持つ獣人キャラであるクマサンは、普段ならその存在感だけで周囲を圧倒する。だが、今はどこか遠慮がちだった。肩を少しすくめ、何か考え込むような表情をしている。
「……ショウ、『人狼の館』については、話には聞いていたけど、自分でやるつもりはなかったからあまり知らないんだ。どういうクエストなのか教えてくれないか?」
みんなが知っているのに自分だけ知らないゲームをするのは、多少なりとも不安があるものだ。クエストが始まれば最初に説明が入るが、俺がフォローすると言った以上、少しでもクマサンの不安を拭ってあげたい。俺自身も人狼の館は未経験だが、情報としての知識は持っている。
「いいかい、クマサン。『人狼の館』は、クエストということになっているけど、要は館の中に紛れ込んだ人狼を見つけ出すゲームなんだ。プレイヤーには開始時に村人か人狼、どちらかの役割が与えられる。ほかのプレイヤーの正体は、誰にもわからない。村人同士はもちろん、人狼同士であってもね。村人側の勝利条件は、人狼すべてを見つけ出し、館から追放すること。逆に、人狼側の勝利条件は、村人を殺害し、村人の数を人狼の数以下にすること」
「ちょっと待って。人狼になったら、プレイヤーを殺害するのか?」
クマサンが眉をひそめる。なにしろVRゲームは現実と遜色のないリアルさを誇っている。相手がモンスターならともかく、同じ人間を殺すことに抵抗を感じるのは当然のことだ。このゲームにはPvP要素がないため、俺だってプレイヤーを直接手にかける経験はない。
「大丈夫、殺害するといっても直接攻撃するわけじゃないよ。人狼の館の中では、通常のスキルは使えなくなる代わりに、村人用スキルと人狼用スキルが使えるようになる。人狼は村人に近づき、メニューからマーダースキルを選択するだけで、村人は死んだことになり、その場に死体が残されるんだ。マーダースキルには、狼の爪で心臓を貫くものや、怪力で首をへし折るもの、魔法で窒息させるものなど、さまざまな手段があるらしいけど、スキルを選ぶだけで自動的に実行されるから、心理的負担はないはずだよ。殺された方も別にデスペナルティを受けるわけじゃなく、人狼の館の中で死んだことになるだけだから、お芝居みたいなものだと思えばいいよ」
「そうなのか。……でも、ショウやみんなを殺すのは、そういうクエストの中だとしても、ちょっとイヤかもな」
クマサンは申し訳なさそうに目を伏せた。
……クマサンは優しいなぁ。リアルのクマサンは当然として、今の獣人のアバター姿でも、荒々しさや攻撃的な雰囲気を感じたことはない。どんな姿をしていても、クマサンの本質は変わらないということなんだろう。
そんなクマサンを微笑ましく思いながら、俺は説明を続ける。
「今回のプレイヤーは八人だから、おそらく人狼は二人になると思うよ。確率的には村人になる可能性が高いから、殺すことよりも、殺される心配をしたほうがいいかもしれないな」
「……そうか」
クマサンはどこかホッとした表情を浮かべた。殺す側より、殺される側の方が安堵するなんて、クマサンの人柄がよく表れている。
「だけど、ショウ。村人は人狼に殺されるだけで、反撃はできないのか?」
「人狼は村人より遥かに強い怪物だからね、反撃は無理なんだよ。狙われたら終わりだと思ったほうがいい」
俺の答えに、クマサンの耳がぴくりと動く。
「だったら、どうやって村人は人狼を追放するんだ?」
「人狼が暴力でくるのに対して、村人は民主的な方法で対抗するんだ。誰が人狼かを全員で議論して、誰を追放するか投票をする。それで最多票を集めたプレイヤーは、館から強制的に追放されるってわけだ」
「なるほど。でも、どうやって人狼か村人かを見分ければいいんだ?」
クマサンはまだ納得できないのか、眉間に皺を寄せている。俺は少し笑ってから言葉を続けた。
「たとえば、運よく人狼が村人を殺害している現場を目撃できれば、一発で人狼だと確定させられるよね」
「確かに……。でも、それだと目撃者も人狼に殺されないか?」
「いや、一度マーダースキルを使えば、再使用までは時間がかかるんだ。だからその間に、村人が使えるスキル『死体発見通報』を使用すれば、全員を投票用の会議室に一斉転送することができる」
「そういうことか。けど、人狼も注意しているだろうし、そう簡単には殺害現場に出くわすことなんてないんじゃないのか?」
「それはそうだね。でも、直接見なくても、たとえばメイの出てきた部屋の中に入ったらミコトさんの死体があった――なんて状況ならメイが怪しいと判断できるよね?」
クマサンは少し考え込むように視線を落とした。
「それはそうだな。……でも、それだと誰かが犠牲にならないと人狼の手がかりを掴めないってことか。なかなか残酷なゲームだな」
「まぁ、そういう側面はあるかな。無意味に追いかけてくるような怪しい行動を取る奴がいれば、誰も死んでなくても人狼じゃないかと疑うことはできるけど」
「だが、その場合、死体を発見していないから『死体発見通報』ができないのでは?」
「ああ、ごめん。『死体発見通報』以外に、一人一回だけ『緊急通報』というスキルが使えるんだ。これを使えば、死体を見つけていなくても、全員を会議室に転送し、話し合いの後、追放のための投票をすることができるんだ」
「なるほど」
クマサンは納得したように小さく頷く。
「それともう一つ。村人側には別の勝利条件もあるんだ。館の各部屋には、タスクと呼ばれるミニゲームのようなものが用意されている。村人全員がそれぞれすべてのタスクをこなせば、館の防衛魔法が発動して人狼は館から強制的に追放される。それができれば、犠牲者ゼロで村人が勝つことも可能だ。逆に人狼側は、村人がタスクを終了する前に村人の数を減らさないといけないことになる」
「人狼側に課せられた時間制限みたいなものか」
「そういうことだね。でも、タスク中は村人もスキが大きくなるから、人狼側にとっては殺害のチャンスにもなりうる。それに加え、人狼側はスキルを使って、館の中の魔法装置に干渉し、妨害行動を仕掛けることができるんだ。たとえば、館の中の魔光石の力を消失させて暗闇にしたり、館の力の源であるクリスタルを暴走させたりとか」
「なんだそれ、怖いんだが……」
クマサンが肩をすくめる。
「もちろん妨害は解除可能だよ。村人は暗闇になったら調光室に行って魔光石を再起動させればいいし、クリスタルの暴走なら動力室に行って暴走を抑えればいい。でも、人狼はその混乱の隙を狙ってくるだろうから、油断はできない」
「慣れればおもしろそうなんだが、初めてだと何もできないまま殺されたり、ほかの人の足を引っ張ったりしそうなのが不安だな……」
クマサンがぼそりとつぶやく。その表情には戸惑いが見え隠れしていた。
「クマサンが慣れるまでは一緒に行動しようか? クエストが始まったら、みんな館のどこかに転送されるから、まずは合流する必要があるけど……」
俺が提案すると、さっきまで不安げだったクマサンの顔がぱっと明るくなった。
「ショウが一緒にいてくれるなら心強い! ぜひそうしよう!」
「じゃあ、クエストが始まったらまずは合流を目指そうか。もっとも、どっちかが人狼だったら、出会った瞬間に殺されるかもしれないけど」
冗談めかして言ったつもりだったが、クマサンはほんの少し考え込んだ後、真顔で言い放った。
「構わない。どうせ殺されるのならショウに殺されるのがいいから」
なかなか反応に困ることを言われてしまった。クマサンの真剣な眼差しは、冗談なのか本気なのか判断がつかない。
そもそも、俺は人を殺して喜ぶような快楽殺人者じゃない。
「どうせなら、殺すより、クマサンを守れる男になりたいんだけど……」
「――――!?」
クマサンが急に足を止めた。俺もつられて立ち止まり、不思議そうにクマサンの顔を見る。
もふもふの毛に覆われたその顔が、なぜか赤みを帯びているように見えた。
「クマサン?」
「……な、なんでもない!」
クマサンは顔をそむけ、急ぎ足で歩き出す。その背中が妙に落ち着かない様子なのは、気のせいだろうか。
ふと前を見ると、目的地である人狼の館が目の前に迫っていた。
そうか、いよいよクエスト開始が近づいてきて、クマサンも緊張と興奮とを感じたのだろう。
うんうん、その気持ちはわかるよ。
「クマサン、二人で最後まで生き残ろうな」
俺は再びクマサンの横に並んで声をかけた。
「お、おう……」
その声は、どこかぎこちなく、けれどどこか嬉しそうでもあった。