俺はミネコさんの身体をそっと床に戻し、息を整える。そして、スキルの中から「死体発見通報」を選択した。
次の瞬間、館内に鋭い警告音が響き渡る。
「ショウ、これは?」
「俺が死体発見通報をしたんだ。通報すると、こうやってほかのみんなにも死体の発見が伝わる。このあと、俺達は会議室に転送されるはずだよ」
【会議室に転送します】
俺の言葉を待っていたかのようにシステムメッセージが表示され、視界が暗転する。まるで深い水の底へと沈むような感覚。だが、それは一瞬のことだった。
次に光を取り戻した時、俺達はまったく別の場所にいた。
周囲を見渡すと、そこはドアも窓もない無機質な部屋だった。壁は灰色で、どこにも出口らしきものは見当たらない。
この部屋は、人狼の館の地下に設けられた「会議室」――館の転送装置によってのみたどり着ける隔離空間だ。死体発見通報や緊急会議のスキルが発動されると、生存者全員が強制的に集められる仕組みになっている。
俺は視線を巡らせた。
そこには、俺のほかに、クマサン、ミコトさん、メイ、
俺が死亡を確認したミネコさんは当然ここにはいない。そして、もう一人――アセルスの姿も見えない。彼女は「ヘルアンドヘブン」の魔導士。物理アタッカーの俺との絡みは少なかったが、フェンリル戦、キングダモクレス戦のどちらでも一緒に戦った仲間だ。鮮やかな緑の髪を持つ、凛とした少女だった。シアと親しく、彼女から時折アセルスの話を聞くこともあった。だが、今この場に彼女がいないということは――
「アセルスとミネコがいません……。二人とも人狼にやられたんですね……」
悔しそうな顔でつぶやいたのはシアだった。
彼女の言う通り、ここにいないということは、アセルスもまた人狼の手にかかったということだ。
この中にいる恐るべき人狼は、早くも二人の村人を殺害して回ったことになる。マーダースキルのクールタイムは長いが、初心者の俺達ですらタスクを三つクリアする程度の時間は経過している。クールタイムを考慮しても十分に犯行は可能だった。
ちなみに、この部屋では上階と違い、距離による会話制限はない。室内の全員が自由に話すことができる。なにしろ、これから俺達が行うのは、二人を殺した犯人――人狼探しだ。会話ができなければ話にならない。
「死体通報をしたのは誰?」
ねーさんの問いかけに、俺は手を挙げる。
「俺だ。一階西側の部屋で、ミネコさんの死体を発見した。恐らく人狼の爪で胸を一突きされたんだと思う……」
ここで嘘をつく必要はない。正しい情報を全員で共有することこそが、人狼を突き止めるための鍵となる。
「アセルスの死体を見た人はいますか?」
シアが静かに問いかけた。
死体を発見していれば、普通は通報するはずだ。それがないということは、誰も見つけられなかったと考えるべきだが、通報しようとしている時に、俺がミネコさんの死体発見通報をした可能性もあり得る。慎重に確認するのは大事なことだった。
俺は視線を巡らせたが、シアの言葉に反応する者はいない。
「……誰もいないようですね」
シアが落胆したようにつぶやいた。彼女とアセルスは仲がいいだけに、ゲームの中とはいえ、友達の死を悼んでいるんだろう。シアはそういう優しい人だ。
場の空気が重たく沈む。そんな中、鋭い声が飛んできた。
「わかっているのは、ミネコの死体の場所だけか。第一発見者が一番怪しいって言うし、ショウが自分でミネコを殺して通報したんじゃないのか?」
ねーさんが訝しげな視線を俺に向ける。
確かに、人狼も死体発見通報は可能だ。自分で殺しておいて敢えて通報し、疑いを逸らす――そんな戦術も十分に考えられる。
そのため、俺に疑いを向けるのも決しておかしなことではない。だけど、今の俺には潔白を証明してくれる人がいる。
「ねーさん、それはないよ。俺がミネコさんの死体を発見した時、クマサンも一緒だったんだ。俺達が一階西の部屋に入った時点で、ミネコさんはすでに殺されていた。クマサンもそれを見ている」
「ああ、ショウの言う通りだ。俺達は一緒に行動していた。ショウが人狼じゃないってことは、俺が保証する」
クマサンが力強く断言した。俺をかばってくれているようで、ちょっと嬉しい。
「逆に、俺もクマサンがミネコさんを殺していないことを証明するよ」
俺とクマサンは視線を交わし、頷き合う。
互いにアリバイを証明できる状況は、俺達にとって大きな強みだった。
だが――
「確かに、死体発見時は二人一緒だったかもしれない。でも、最初にミネコを殺しておいて、何食わぬ顔で合流することもできるよな?」
ねーさんは腕を組みながらじっと俺を見つめる。その表情に、疑念が消える気配はなかった。
全員を疑わなければならないのが人狼ゲームとはいえ、そこまで俺を疑うものだろうか? 俺がしたことと言えば、ただ死体を発見して通報しただけなのに……。
けれど、焦る必要はない。俺達には、この疑念を払拭するだけの十分な根拠がある。
「ねーさん、残念だけどそれはありえないよ」
俺は一拍置いてから、冷静な口調で続けた。
「俺達はミネコさんの死体を発見する少し前に、一階中央の部屋で彼女と会っている。その時、ミネコさんはまだ無事だった。ミネコさんとはそこで別れたけど、俺とクマサンはそこから一度も離れていない。つまり、俺とクマサンが合流する前に、ミネコさんを殺すことは、俺達には不可能なんだよ」
論理に破綻はない。完璧なアリバイのはずだ。
これでねーさんも納得するはず――そう思いながら彼女の表情を窺った。
しかし――
「いや、二人が人狼同士で組んでいる可能性だってある! 二人で嘘をついて、うちらを騙そうとしているかもしれないよ!」
ねーさんは俺達への疑いを捨てようとはしなかった。俺達が互いにアリバイを証明できることが、逆に言えば共犯の可能性を示唆しているという理屈だ。
だが、ここまで疑われるとは正直予想外だった。
クマサンと顔を見合わせる。クマサンの表情も困惑に満ちていた。
――どうすればいい?
クマサンの瞳がそう訴えかけていた。
だけど、二人揃って無実の証明は、さすがに用意できない。俺は黙って立ち尽くすしかなかった。
そんな時、それまで静かに見守っていたメイが、不意に口を開いた。
「さすがにそこまでショウ達を疑っては、話が進まない。まずはショウ達の話を信じて、情報を整理したほうがいい」
一方的に俺達が疑われるだけだった場の空気が、メイの言葉をきっかけに少し変わる。
「そうですね。ショウさんとクマサンが人狼同士なら、わざわざ通報せずに、そのままひっそりと村人を襲い続けたほうが勝率は高いはずです。私はショウさん達を信じていいと思います」
メイに続いて、ミコトさんも俺達の援護をしてくれた。同じギルドメンバーだからということもあるかもしれないが、ねーさんの疑い方が強引すぎると感じたのだろう。
「ほかのみんながそう言うのなら……」
ねーさんは渋々ながらも納得した様子を見せた。しかし、完全に疑いを拭い去ったわけではないようで、腕を組んだまま、まだ何か考えているような表情を浮かべている。
その様子を見届けると、メイが話を進めた。
「ショウ、ミネコと会ってから死体発見までの経緯を、詳しく教えてくれないか?」
「わかった」
俺はうなずき、記憶を整理しながら慎重に言葉を選んだ。
「一階中央の部屋で、俺とクマサンはタスクをしていた。そこへあとからミネコさんがやってきたんだ。彼女は俺達より先にタスクを終えて、西側の扉から部屋を出ていった。その後、俺達もタスクを完了し、同じく西の扉から出て、次に西の部屋へ向かった。そこで、すぐにミネコさんの死体を発見したんだ」
俺の説明を聞きながら、メイは静かに思案している。
「ミネコが中央の部屋を出てから、ショウ達が西の部屋に入るまで、どのくらいの時間があった?」
メイの問いかけに、俺とクマサンは顔を見合わせた。正直、こんな事態は想定していなかった。正確な時間を数えていたはずもない。
それでも俺は、必死に思い返す。
あの時のクマサンは妙に動揺していた。そこから落ち着きを取り戻すまで、時間はどれくらいかかっただろうか。体感的には長く感じたが、実際にはそれほど長くなかったはずだ。そのあと、クマサンはすぐにダーツをブルに当てたし……。
「……一、二分だろうか? 長くても三分はかかっていないと思う」
「……そうだな。そのくらいだったと思う」
俺の言葉に、クマサンも同意してくれた。二人ともがそう感じたのなら、それほど大きな誤差はないだろう。
メイに視線を向けると、彼女はニヤリと笑った。
「つまり、人狼はその短い時間で、ミネコと会い、彼女を殺して逃げたことになる。だとすると、そう遠くには行けないはずだ。……つまり、転送時に一階にいた奴が怪しいということになる」
メイは周囲を見渡しながら続ける。
「私はずっと二階にいたから容疑者から外れると思うが、ほかの人も転送時にどこにいたのか教えてほしい。ショウとクマサンは二人とも一階西側の部屋にいたとして……二人を怪しんでいたフィジェット、あんたは転送時、どこにいた?」
「う、うちか?」
ねーさんは、突然振られた矛先に、慌てたように目を泳がせた。