「うちは……二階東側の部屋でタスクをしていたよ。とても一階西側の部屋から移動できる距離じゃないし、うちも無実だよね?」
確かに、そこなら一階西側の部屋とは最も離れた場所だ。ねーさんがミネコさんを殺害するのは不可能……かに思えた。
だが、その証言に異を唱える声が上がる。
「待ってください!」
鋭く響いた声の主は、ミコトさんだった。
「二階東側の部屋は、転送前に私がいた場所です。でも、そこにフィジェットさんはいませんでしたよ」
空気が張り詰める。同じ部屋にいたと主張する二人。しかし、二人は顔を合わせていない。それはつまり、どちらかが嘘をついているということになる。
俺はミコトさんとねーさん、二人に疑いの視線を向けた。
その視線に耐えられなくなったのは、ねーさんだった。
「あ、ごめん。勘違いしてた。うちが最後にいたのは、二階北側の部屋だったよ。東側の部屋は、その前にいたところだ。慌てて答えたから、つい間違えちゃったよ」
ねーさんは気まずそうに頭をかきながら言い直す。
しかし、その言葉を冷静に拾ったのはメイだった。
「いや、それはおかしい。私は二階南側の『物見の水晶の部屋』で、ほかの部屋の様子を見ていたんだ。そこで、転送直前に見えていたのは二階北側の部屋だったが、その時、そこには誰もいなかった」
「――――!?」
ねーさんの顔がこわばった。
メイの言った「物見の水晶の部屋」は、タスクこそないものの、部屋に備えられた巨大な水晶に、ランダムでほかの部屋の様子が映し出される仕掛けになっている。映る部屋は一定時間ごとに切り替わるため、狙った部屋を覗くことはできないが、運が良ければ、死体を発見したり、人狼が村人を襲う決定的瞬間を目撃したりすることもある。
今回は犯行現場を直接見たわけではなかったが、結果的にねーさんの不在証明をする形になった。
「あー、そうだ、そうだ。本当は、二階西側の部屋だったよ。ごめん、ごめん。また間違えちゃった」
二度目の訂正をするねーさん。だが、周囲の視線はすでに疑念の色を帯びていた。証言を二転三転させるのは、嘘を隠そうとする者の典型的な行動だ。
俺は静かに息を吐き、ねーさんを見据えた。
「ねーさん、さっきから言ってることが滅茶苦茶だよ。改めて考えれば、俺を犯人にしようとしていたのも、あまりにも強引だったし、自分への疑いの目を逸らすためだったんじゃないのか?」
「――――!? ち、違う! うちじゃないぞ! うちが大切なギルドメンバーを襲うなんてこと、するわけないじゃないか!」
いや、これはそういうゲームなんだから、人狼になったら仲間とか友達は関係ないよ。ただ、仮にねーさんが人狼だとしたら、いきなり自分のギルドメンバーを二人も襲うのは、さすがにギルドマスターとしてどうかとは思うけど……。
「そうだ、シア! シアはどこにいたんだ?」
俺の指摘を受け、ねーさんは慌てた様子でシアへ矛先を逸らそうとする。
「私ですか? 私は一階北の部屋です」
「――――! 近い! 死体発見場所から近いぞ! そこならミネコを殺してすぐに移動できる!」
「……フィジェットさん、ひどいです」
シアは悲しそうに顔を伏せた。
この期に及んで、さらにギルドメンバーに疑いを向けようとするなんて――そこまでいくと、逆に清々しいよ、ねーさん。
「会議の時間はまだ残っているけど、これ以上は無駄だろう。投票を始めるべきだ」
メイの言葉に、ねーさん以外の全員が静かにうなずいた。
「待って! みんな、落ち着いて考えるんだ!」
ねーさんの焦燥が滲んだ声が響いた。
「うちらはすでに二人の村人を殺され、六人しか残っていない。もしここで間違って村人を追放してしまったら、人数は村人三人に人狼二人……あと誰か一人でも殺されたら、うちら村人の負けになってしまうんだよ! だから、ここは白票を入れて、もう少し様子を見ようじゃないか!」
必死の訴えだった。
追放するプレイヤーを決める投票では、人狼だと思うプレイヤー名を選択することになるが、人狼を特定できないときは白票を選ぶこともできる。もし白票が最多票になれば、誰も追放されずにゲームは続行される仕組みだ。
しかし、この場面で白票を入れて誰も追放しないのは、決して利口な手ではない。
ミコトさんもそれがわかっているのだろう。俺が何か言う前に、彼女が口を開いた。
「フィジェットさん、ここで白票を入れるのは、村人にとって自殺行為です。このまま人狼を二人残したまま再開した場合、その二人が一人ずつ村人を殺した時点で、残り人数は二対二となり、村人の負けが確定します。それがわかっているから、人狼は再開次第すぐに襲ってくるはずです。つまり、私達は今、ここで絶対に人狼を一人追放しないといけないんです」
さすがミコトさんだ、状況をよく理解している。すでに二人殺されている今、村人は追い詰められているのだ。ここで「様子見」などという選択肢はあり得ない。村人が生き残るためには、確実に人狼を仕留めなければならない。
「さあ、みんな。会議を終了して、投票に移ろうじゃないか」
メイが周囲を見渡しながら促した。
会議時間はまだ残っていたが、途中で終了することも可能だ。全員が会議終了を選べば、その時点で会議は終わり、投票へ移る。
「みんな! 私は村人だ! 信じてくれ!」
ねーさんはまだ無実を叫んでいた。しかし、その言葉に応える者はいない。
俺はメイの言葉に従い、会議終了を選ぶ。
しばらくして、システムメッセージが表示された。
【会議が終了しました】
どうやら、抵抗していたねーさんも含めて、全員が会議終了を選んだようだ。
会議が終われば、もうこの部屋での会話はできない。静寂が室内を覆う。
【人狼だと思う人を選んで投票してください】
沈黙の中、投票を求めるメッセージが表示された。残った全員の名前が選択肢として表示されている。
この状況で選ぶ名前は一つしかない。
フィジェット――迷わず、その名を選んだ。
全員の投票が完了すると、即座に結果が表示される。
【投票結果】
【フィジェット 5票】
【白票 1票】
誰が誰に投票したかも確認できるが、見るまでもない。ねーさん以外の全員が、彼女に投票していた。
【フィジェットは館から追放されました】
無情なメッセージとともに、ねーさんの姿が霧のように消えていく。
消滅の瞬間、彼女は何か叫んでいるようだったが、会議が終了しているため、その声が俺達に届くことはなかった。
果たして、本当にねーさんが人狼だったのか――その答えはすぐにわかる。追放後、追放者の正体が、システムメッセージで表示されるのだ。
俺は固唾を飲んで、答え合わせの瞬間を待った。
【フィジェットは人狼だった】
…………。
わかってはいた。予想通りだ。
……でも、あまりにも間抜けすぎるぞ、ねーさん!
おそらく、ねーさんはミネコさんを殺した後、一階のどこかに潜んでいたんだろう。しかし、それをごまかそうと適当に嘘をつき、二階の部屋にいたと証言したのが運の尽きだった。せめて「二階の廊下を移動中で、具体的にどのあたりかはわからない」とでも言っておけば、ここまで一方的に追い詰められることはなかっただろうに……。
【館にはまだ人狼が一匹残っています。皆さんを再転送します】
ミネコさん、アセルス……仇は取ったよ。
でも、勝負はまだ終わっていない。
残ったのは俺以外に、クマサン、ミコトさん、メイ、シアの五人。この中に、もう一匹の人狼が潜んでいる。
投票前までは、圧倒的に人狼が有利な状況だったが、これでむしろ人狼が不利な状況へと一変した。
転送のために視界が暗転する中、俺は気を引き締める。
――本当の戦いはこれからだ。