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第142話 追放投票

「うちは……二階東側の部屋でタスクをしていたよ。とても一階西側の部屋から移動できる距離じゃないし、うちも無実だよね?」


 ねーさんフィジェットはどこか不安げな表情を浮かべながら言った。

 確かに、そこなら一階西側の部屋とは最も離れた場所だ。ねーさんがミネコさんを殺害するのは不可能……かに思えた。

 だが、その証言に異を唱える声が上がる。


「待ってください!」


 鋭く響いた声の主は、ミコトさんだった。


「二階東側の部屋は、転送前に私がいた場所です。でも、そこにフィジェットさんはいませんでしたよ」


 空気が張り詰める。同じ部屋にいたと主張する二人。しかし、二人は顔を合わせていない。それはつまり、どちらかが嘘をついているということになる。

 俺はミコトさんとねーさん、二人に疑いの視線を向けた。

 その視線に耐えられなくなったのは、ねーさんだった。


「あ、ごめん。勘違いしてた。うちが最後にいたのは、二階北側の部屋だったよ。東側の部屋は、その前にいたところだ。慌てて答えたから、つい間違えちゃったよ」


 ねーさんは気まずそうに頭をかきながら言い直す。

 しかし、その言葉を冷静に拾ったのはメイだった。


「いや、それはおかしい。私は二階南側の『物見の水晶の部屋』で、ほかの部屋の様子を見ていたんだ。そこで、転送直前に見えていたのは二階北側の部屋だったが、その時、そこには誰もいなかった」

「――――!?」


 ねーさんの顔がこわばった。

 メイの言った「物見の水晶の部屋」は、タスクこそないものの、部屋に備えられた巨大な水晶に、ランダムでほかの部屋の様子が映し出される仕掛けになっている。映る部屋は一定時間ごとに切り替わるため、狙った部屋を覗くことはできないが、運が良ければ、死体を発見したり、人狼が村人を襲う決定的瞬間を目撃したりすることもある。

 今回は犯行現場を直接見たわけではなかったが、結果的にねーさんの不在証明をする形になった。


「あー、そうだ、そうだ。本当は、二階西側の部屋だったよ。ごめん、ごめん。また間違えちゃった」


 二度目の訂正をするねーさん。だが、周囲の視線はすでに疑念の色を帯びていた。証言を二転三転させるのは、嘘を隠そうとする者の典型的な行動だ。

 俺は静かに息を吐き、ねーさんを見据えた。


「ねーさん、さっきから言ってることが滅茶苦茶だよ。改めて考えれば、俺を犯人にしようとしていたのも、あまりにも強引だったし、自分への疑いの目を逸らすためだったんじゃないのか?」

「――――!? ち、違う! うちじゃないぞ! うちが大切なギルドメンバーを襲うなんてこと、するわけないじゃないか!」


 いや、これはそういうゲームなんだから、人狼になったら仲間とか友達は関係ないよ。ただ、仮にねーさんが人狼だとしたら、いきなり自分のギルドメンバーを二人も襲うのは、さすがにギルドマスターとしてどうかとは思うけど……。


「そうだ、シア! シアはどこにいたんだ?」


 俺の指摘を受け、ねーさんは慌てた様子でシアへ矛先を逸らそうとする。


「私ですか? 私は一階北の部屋です」

「――――! 近い! 死体発見場所から近いぞ! そこならミネコを殺してすぐに移動できる!」

「……フィジェットさん、ひどいです」


 シアは悲しそうに顔を伏せた。

 この期に及んで、さらにギルドメンバーに疑いを向けようとするなんて――そこまでいくと、逆に清々しいよ、ねーさん。


「会議の時間はまだ残っているけど、これ以上は無駄だろう。投票を始めるべきだ」


 メイの言葉に、ねーさん以外の全員が静かにうなずいた。


「待って! みんな、落ち着いて考えるんだ!」


 ねーさんの焦燥が滲んだ声が響いた。


「うちらはすでに二人の村人を殺され、六人しか残っていない。もしここで間違って村人を追放してしまったら、人数は村人三人に人狼二人……あと誰か一人でも殺されたら、うちら村人の負けになってしまうんだよ! だから、ここは白票を入れて、もう少し様子を見ようじゃないか!」


 必死の訴えだった。

 追放するプレイヤーを決める投票では、人狼だと思うプレイヤー名を選択することになるが、人狼を特定できないときは白票を選ぶこともできる。もし白票が最多票になれば、誰も追放されずにゲームは続行される仕組みだ。

 しかし、この場面で白票を入れて誰も追放しないのは、決して利口な手ではない。

 ミコトさんもそれがわかっているのだろう。俺が何か言う前に、彼女が口を開いた。


「フィジェットさん、ここで白票を入れるのは、村人にとって自殺行為です。このまま人狼を二人残したまま再開した場合、その二人が一人ずつ村人を殺した時点で、残り人数は二対二となり、村人の負けが確定します。それがわかっているから、人狼は再開次第すぐに襲ってくるはずです。つまり、私達は今、ここで絶対に人狼を一人追放しないといけないんです」


 さすがミコトさんだ、状況をよく理解している。すでに二人殺されている今、村人は追い詰められているのだ。ここで「様子見」などという選択肢はあり得ない。村人が生き残るためには、確実に人狼を仕留めなければならない。


「さあ、みんな。会議を終了して、投票に移ろうじゃないか」


 メイが周囲を見渡しながら促した。

 会議時間はまだ残っていたが、途中で終了することも可能だ。全員が会議終了を選べば、その時点で会議は終わり、投票へ移る。


「みんな! 私は村人だ! 信じてくれ!」


 ねーさんはまだ無実を叫んでいた。しかし、その言葉に応える者はいない。

 俺はメイの言葉に従い、会議終了を選ぶ。

 しばらくして、システムメッセージが表示された。


【会議が終了しました】


 どうやら、抵抗していたねーさんも含めて、全員が会議終了を選んだようだ。

 会議が終われば、もうこの部屋での会話はできない。静寂が室内を覆う。


【人狼だと思う人を選んで投票してください】


 沈黙の中、投票を求めるメッセージが表示された。残った全員の名前が選択肢として表示されている。

 この状況で選ぶ名前は一つしかない。

 フィジェット――迷わず、その名を選んだ。

 全員の投票が完了すると、即座に結果が表示される。


【投票結果】

【フィジェット 5票】

【白票 1票】


 誰が誰に投票したかも確認できるが、見るまでもない。ねーさん以外の全員が、彼女に投票していた。


【フィジェットは館から追放されました】


 無情なメッセージとともに、ねーさんの姿が霧のように消えていく。

 消滅の瞬間、彼女は何か叫んでいるようだったが、会議が終了しているため、その声が俺達に届くことはなかった。


 果たして、本当にねーさんが人狼だったのか――その答えはすぐにわかる。追放後、追放者の正体が、システムメッセージで表示されるのだ。

 俺は固唾を飲んで、答え合わせの瞬間を待った。


【フィジェットは人狼だった】


 …………。

 わかってはいた。予想通りだ。

 ……でも、あまりにも間抜けすぎるぞ、ねーさん!

 おそらく、ねーさんはミネコさんを殺した後、一階のどこかに潜んでいたんだろう。しかし、それをごまかそうと適当に嘘をつき、二階の部屋にいたと証言したのが運の尽きだった。せめて「二階の廊下を移動中で、具体的にどのあたりかはわからない」とでも言っておけば、ここまで一方的に追い詰められることはなかっただろうに……。


【館にはまだ人狼が一匹残っています。皆さんを再転送します】


 ミネコさん、アセルス……仇は取ったよ。

 でも、勝負はまだ終わっていない。

 残ったのは俺以外に、クマサン、ミコトさん、メイ、シアの五人。この中に、もう一匹の人狼が潜んでいる。

 投票前までは、圧倒的に人狼が有利な状況だったが、これでむしろ人狼が不利な状況へと一変した。


 転送のために視界が暗転する中、俺は気を引き締める。


 ――本当の戦いはこれからだ。



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