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第143話 三人目の犠牲者

 再び光が戻った時、俺は見知らぬ部屋の中にいた。

 周囲には誰もいない。

 投票が終わった後は、ゲーム開始時と同じように、全員がランダムで館のどこかに飛ばされる仕様になっている。前回はクマサンとすぐに合流できたが、今回はまた一人で動くところから始めなければならない。


「……ここは、まだ来たことがない部屋だな」


 部屋の壁には本棚が並び、ぎっしり本が詰まっている。重厚な木製の本棚が、部屋全体に落ち着いた雰囲気を醸し出している。どうやら、ここは書庫のようだ。

 俺はマップを開き、現在地を確認する。


「……二階東側の部屋か」


 先ほどまでは、一階を回っていたが、今度のスタートは二階だった。


「誰か来るのを待つのも一つの手かもな……」


 とは言え、ただ待っているだけというのは退屈なものだ。

 この部屋でのタスクを確認すると、この部屋にある数ある本の中から指定された本を探すというものだった。

 ダーツのようなタスクに比べれば、面倒なだけで面白みは少ない。だが、ただ待っているだけよりはマシだろう。


「俺に指定された本は……」


 『友達だと思っていた相手が女の子だった』、そんな馬鹿げたタイトルの本だった。いくらなんでも女の子だって気づかないわけがない。たとえ外見でそう見えなくとも、動きのしなやかさや言葉の端々からわかるというものだ。

 まぁ、所詮、物語は物語だということだろう。

 俺は、何百冊と並んだ本の背表紙に目を走らせていく。


 …………


 意外と早くタスクを完了した。

 しかし、誰かがこの部屋に入ってくる気配はない。


「……俺の方から動くとするか」


 俺は書庫を出て、二階南側の部屋に向かった。

 そこは「物見の水晶の部屋」だ。そこには、どこかの部屋の様子を映し出す水晶がある。

 先ほどメイがフィジェットねーさんの不在証明をしたように、どこかの部屋に誰かがいるのを、水晶を通じて見つけることができるかもしれない。


 扉の前に立ち、軽く深呼吸してから、そっとドアを押し開ける。

 ――中には先客がいた。

 部屋の奥、大きな水晶の前に置かれたソファ。その背もたれ越しに、緑色のおさげ髪が揺れている。

 メイだった。

 俺の気配を察したのか、彼女は首だけを後ろに向ける。


「誰かと思ったら、ショウか。……もしかして、ショウもここで犯人の犯行現場を押さえようって魂胆か?」


 楽しげな声音。

 彼女はねーさんのアリバイを崩したキーパーソンだったが、その彼女が、今もまたここで張り込んでいる。


 ――もしかしてメイは、タスクもせず、ただひたすらここでほかの部屋の様子を窺って、人狼を見つけようとしているのではないだろうか?


 確かに、会議の場で「お前が人狼だ!」と指摘するのは格好がいい。完全にこのクエストの主人公ポジションだ。だが、そのために、勝利条件の一つであるタスクを放棄するのは、村人の行動としてはどうなのだろうか?

 メイは再び水晶へと視線を戻す。水晶に映されているのは遊戯室だった。今のところ、そこには誰の姿もない。

 俺は彼女の真意を確かめるべく、彼女のすぐ後ろまで行って尋ねる。


「メイは、タスクもしないで、ここでほかの部屋の監視をしているのか?」

「ああ。タイミングよく、人狼が誰かを襲う場面でも見られれば、それで私達の勝ちだからな」

「最初に屋敷に入ったときもそうしてたのか?」

「ああ、そうだよ」


 どうやら俺の読み通りだったようだ。

 しかし、いつも献身的なプレイスタイルの彼女らしくないようにも思える。


「タスクを放置したままでいいのか? みんなはタスクをして回っているぞ?」

「タスクを終えて勝っても、いまいち面白くないだろ? やっぱり人狼を見つけて、『犯人はお前だ!』ってやりたいと思わないか? 私は前からああいうのに憧れてたんだ!」


 メイの背後にいる俺からは、メイの顔は見えない。だが、その声音から、きっと目を輝かせているだろうことがわかる。

 憧れは、時に人を狂わせる……。

 とはいえ、その気持ちはわからなくはない。人生で一度は言ってみたいセリフの一つだろう。だが、ほかの村人が一生懸命タスクを進めている中、一人この部屋で座ったまま、覗き見を続けるのはどうなんだろうか? 俺は首を捻った。


「メイ、そういうのはどうかと思うぞ」


 メイは何も答えない。

 俺は肩をすくめて彼女から離れ、「物見の水晶の部屋」をあとにした。

 いつまでもこの部屋に留まっている意味はない。


 廊下を西に向かって歩いていくと、ちょうど階段を上がってきたクマサンと出くわした。


「ショウ!」


 クマサンが嬉しそうな顔で駆け寄ってくる。


「また最初に会えたのがショウで良かった!」


 なかなか嬉しい言葉だ。俺の方は、先にメイと会ってしまっているが、正直に答えるだけが世の中の正解ではない。嘘も方便と言うではないか。


「俺も最初に会えたのがクマサンで嬉しいよ」


 俺の言葉に、クマサンの顔がさらに柔らかくなった。

 ――うん、俺はメイとは会っていない。最初に出会ったのはクマサンだ。今そう決めた!


「ショウ、また一緒に回らないか?」

「ああ、そうしよう。クマサンは一階から来たみたいだけど、一階のどこかでタスクをクリアした?」

「いや、ショウを探していたから、会議室から戻ってきてからはまだ何もやっていない」


 そうか、俺を探していてくれたのか……。いろいろと感じるものがあるなぁ。


「それじゃあ、今度は二階のタスクを順番にこなしていこうか。二階南側の部屋は、ほかの部屋が覗ける水晶があるだけでタスクはないし、西側の部屋に行こう」

「ああ、わかった!」


 南側の「物見の水晶の部屋」にタスクがないのは事実だが、そこでメイと会わせるわけにはいかない。そんなことをすれば、俺の罪が白日の下に晒されかねない。

 だから俺は、クマサンと共に二階西側の「クリスタルの部屋」へと向かった。

 この部屋の中心には、館の魔力を支える巨大なクリスタルが鎮座している。それは様々な色の輝きを放ち、脈動しながら周囲に魔力を散らしていた。

 ここはある意味この館の心臓部。もし人狼が「クリスタル暴走」の妨害行動を仕掛けた場合、村人は制限時間内にこの部屋へ駆けつけ、暴走の解除をしなければならない。間に合わなかった場合、クリスタルの魔力が制御を失い、館は崩壊――人狼の勝利となってしまう。

 とはいえ、今は何も起こっていない。ただ輝くクリスタルが、変わらずそこにあるだけだ。

 俺たちが今この部屋でやるべきことは、タスクをこなすこと。それだけだった。


「クマサン、ここでのタスクはクリスタルの制御補助のようだ」


 俺はクリスタルの前に設置された魔法結晶が並ぶ台座へと歩み寄った。

 赤、青、黄、緑、白――五色の魔法結晶が並び、それぞれがクリスタルの魔力と共鳴して微かな音を奏でている。その音色は、まるで規則的なメロディのように響き渡り、部屋全体を神秘的な雰囲気で満たしていた。

 さらに、クリスタルから溢れた魔力が光の欠片となって舞い降り、床へと落ちていく。

 この部屋でのタスクは、共鳴が生み出すメロディに合わせ、降り注ぐ光の欠片が床に落ちるタイミングで、対応する色の魔法結晶にタッチするというものだった。


「なんだか、音ゲーみたいだな」


 クマサンが苦笑混じりに言う。


「……確かに」


 俺は小さくうなずき、台座の前に立った。

 すると、クリスタルの共鳴音が次第に明確な旋律を形作り始める。それは、このゲームでタイトル画面で流れるテーマソングと同じメロディだった。それに合わせるように、五色の光が次々と降り注ぎ、床へと落ちていく。

 俺は息を整え、瞬時に判断しながら、対応する色の魔法結晶に指を伸ばす。


 ――赤、青、黄、緑……次は白……!


 テンポが上がるにつれ、落ちる光の間隔が短くなっていく。指先に意識を集中し、できる限り正確にタッチしていった。


 …………。


「……ショウ、失敗みたいだな。どうやら、決められた時間内に一定数以上タイミングよく魔法結晶に触れないと失敗になるようだ」


 クマサンに言われるまでもなかった。

 俺の前には【タスク失敗】のシステムメッセージがはっきりと表示されている。このメッセージは俺にしか見えていないが、俺のプレイぶりと、輝きを失っている魔法結晶を見れば、クマサンにも結果は一目瞭然だった。


「……クマサン、交替しよう」


 タスクは失敗しても、何度も挑戦できる。だけど、続けて再挑戦する気には、今はなれなかった。


「わかった」


 クマサンは軽く肩を回しながら、魔法結晶の前に立つ。

 やってみてわかったが、これは意外と難しい。魔法結晶に触れるタイミングの判定が思った以上にシビアだ。

 クマサンだって、さすがに初挑戦では、俺と同じようにタスクを失敗することだろう


 だが――


「よし、タスク完了」


 クマサンは、驚くほどあっさりクリアしてみせた。


「ショウ、メロディに合わせて魔法結晶にタッチすると簡単だぞ」


 いや、やってるつもりなんだけど……。

 くそっ! これがセンスありなしの違いか!

 そういえば、俺、音ゲーは昔から苦手だったんだよな……。


 心の中でぼやきつつ、自信のないままタスクに再挑戦しようとしたその時だった。

 部屋の扉が開き、軽やかな声が響く。


「あっ、ショウさん! ……と、クマサン! こんなところで会えるなんてラッキーです!」


 扉の方に視線を向けると、そこには嬉しそうな顔をしたシアが立っていた。


「二人は一緒に行動しているんですか? 良かったら、私も一緒に混ぜてもらえませんか? 人狼は残り一人です。三人で行動していれば手を出してこれないし、安全ですよね!」


 唐突だが、理にかなった提案だった。

 だが、それはまずい……。

 俺はクマサンの方へ視線を向けた。


「……クマサン、どうする?」

「こういうのは、みんなで動いたほうが楽しいし、いいんじゃないか」


 クマサンや、言葉は前向きなのに、苦渋に満ちた決断を下したような顔をしているのはどうしてなんだ?


「やったぁ! 二人ともよろしくお願いしますね!」


 声を上げるシアの方に視線を戻すと、彼女は金色の髪を揺らして微笑んでいた。

 ……やっぱり可愛いな、この人。容姿もだけど、反応がいつも素直なんだよね。


「…………」


 隣から妙な圧を感じ、チラリとクマサンの顔を見ると、なぜか睨まれていた。

 ……いや、シアの同行を許可したのはクマサンだよね?


「お二人は、ここのタスクはもう終わりましたか?」

「クマサンは完了済だよ。俺の方はさっきやって失敗したところ。もう一回挑戦しようとしてたんだけど、シアさん、先にやるといいよ」

「ありがとうございます!」


 シアはペコリとお辞儀をし、跳ねるような足取りで魔法結晶の前に向かった。

 彼女とは毎日のようにボイスチャットをしているが、その際、音ゲーはゲームセンターでもスマホでもほとんどやったことないと聞いている。

 このタスクは音ゲー未経験者が初挑戦でクリアできるようなものではない。きっと彼女は失敗するだろう。

 ふふふ、これで俺に仲間ができるというわけだ。

 彼女が失敗した後に再挑戦の俺がクリアすれば、今度は俺がアドバイスする側に回れる。

 ふふふ、楽しみだ。


 ――などと考えていたのだが、シアさんは見事一発でタスクをクリアしてしまった。


「意外と簡単なタスクで良かったです!」

「なかなかセンスがいいな」

「そんなことないですよ~」


 シアとクマサンが、いつの間に親交を深めたのか、和やかに言葉を交わしている。

 ……おかしい。

 もしかして、さっきは単に俺の調子が悪かっただけだろうか?

 そうだ、そうに違いない。

 この館のタスクは、基本的に単純なものばかり。多少やっかいでも、時間をかければなんとかなるようなものが大半だ。こんなところで、俺がてこずるはずがない。

 そう自分を勇気づけ、俺は再び魔法結晶の前に立った。

 ――今度こそクリアしてやる!


 …………。


「……おかしい」


 俺は【タスク失敗】のメッセージを見つめながら、呻くように言葉をこぼした。


「ドンマイだ、ショウ」

「次は大丈夫ですよ!」


 二人の優しい声が、余計に胸に突き刺さる……。

 ほかのタスクと違って、時間をかけてもどうにもならないところがまたきつい。


「……すぐにクリアするから、ちょっと待ってて」


 そうして俺がタスクを完了したのは実に五度目の挑戦でだった。


「……良かった。なんとかクリアできた」


 長い戦いを終えた後のように、全身に疲労を感じながら、俺は息を整える。


「お疲れ様です、ショウさん」


 シアが柔らかく微笑みながら声をかけてくれる。二人とも、俺が何度失敗しても、面倒くさそうな顔一つしなかった。

 今度逆の立場になったら、俺も同じようにしようと心に固く誓う。


「ショウ、次はどの部屋へ行く?」


 クマサンに尋ねられ、即答しようとしたが、その前に一つ確認しておくべきことを思い出した。


「そういえば、シアさんはどこまでタスクを終えてるの? 二階はどの部屋のタスクをクリアした?」


 俺とクマサンはほとんど一緒に行動しているから、タスクの進み具合を把握している。だけど、出会ったばかりのシアさんはそうではない。


「私は一階を回っていたから、二階はまだ全然なんですよ。二階でタスクが終わっているのはこの部屋だけです」

「そうなんだ。だったら、次は中央の部屋に行こうか」

「了解だ」

「はい」


 素直にうなずいてくれる二人を従えて、俺は中央の食堂へ移動すると、多少時間はかかったが、三人揃ってそこのタスクをクリアした。

 ちなみに、ここで一番最初にタスクを終えたのは、俺だった。これだけは、俺の名誉のために、強く言っておかねばならない。


「ショウ、次はどうする?」

「そうだな――」


 次の目的地を言いかけた瞬間、館内に警告音が響き渡った。


「この音は――」

「死体発見通報の音だ。また誰かの死体が発見されたんだ」


 さっきまで楽しげだったクマサンとシアの顔が、一気に緊張へと変わる。

 今、ここにいないのは、ミコトさんとメイの二人。つまり、どちらかが殺されたということだ。


「くそっ! 人狼の奴め!」


 俺が吐き捨てると同時に、視界が暗転する。

 ゆっくりと沈みこむような感覚が全身を包み込み、そして――再び光が戻った。


 前回と同じ、地下の会議室。

 そこにいるのは、俺、クマサン、シア――そして、ミコトさん。

 つまり、今回はメイの死体が発見されたということだ。



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