「メイがいない……」
四人だけになってしまった会議室で、クマサンが寂しげにつぶやいた。
「ああ、今回殺されたのはメイってことだ。……昨日あんなに輝いていたメイを殺すなんて、許せない」
俺はクマサンに聞こえるように、苦々しげに言った。
「……ショウ、このゲームでは殺されたプレイヤーはどうなるんだ? 何もできずに終わるのを待つしかないのか?」
「いや、それでは退屈なだけだから、そんなことはないよ。死んだプレイヤーは、生きている俺達からは見えない幽霊となって、プレイを続けるんだ。だから、メイだけじゃなく、ミネコさん達も見えないだけで、今もここにいるはずだ」
「え、なんだそれ……ちょっと怖いんだが……」
「ただ、見えない姿でゲームの進行を見守っているだけだから、気にしなくていいよ。それに、死んだ村人もタスクをすべて完了しないと村人の勝ちにならないから、普通は幽霊になってもタスクを続けているだろうし」
メイはタスクを全然やっていないようだったから、きっと殺された後は慌ててタスクをこなしているに違いない。
「なるほど……でも、タスクが終わった後は何をしているんだろうか?」
「ん~、そりゃ自分を殺した人狼について回ってるんじゃないかな? 特に、もうタスクでの勝利ではなく、追放するか殺されるかという最終盤で死んだ時なんかは、タスクなんて放っておいて、きっと恨みがましい目で自分を殺した人狼を見つめ続けているかもしれないな」
「怖すぎなんだが……。俺、人狼側はやりたくないかも」
大きなはずのクマサンが、なんだか小さく見える。もしかしてホラー系は苦手だったりするのだろうか?
でも、実際、幽霊になったメイは、この中にいる人狼をきっと睨んでいることだろう。
まぁ、それはともかく――
「ミコトさんがメイの死体を発見したんだね?」
俺はクマサンとの雑談を終了し、人狼探しの会議を始めるべく、ミコトさんに顔を向け、言い放った。
ミコトさんは弱々しげにうなずく。
「はい、そうです。私がメイさんの死体を発見しました。……でも、どうしてわかったんですか?」
「俺とクマサンとシアさんの三人は、一緒に行動していたからね」
「……ああ、そういうことですか」
俺達が死体を発見していない以上、消去法で死体発見者はミコトさんになる。簡単な理屈だった。
「悪いけど、現状では唯一単独行動をしていて、しかもメイの死体を発見したミコトさんをまず疑わざるを得ない。自分で殺して通報したんじゃないかってね」
「……そんな」
ミコトさんの瞳が揺れる。驚きと戸惑いが入り混じった表情で、俺を見つめている。
「俺だってミコトさんが人狼だなんて思いたくない。……疑いを晴らすためにも、メイの死体を発見するまでの行動を教えてくれないか?」
「はい! もちろんです!」
ミコトさんは自らの潔白を訴えるかのように、真摯な瞳を俺に向け、息を整えてから話し始めた。
「……私が転送されたのは二階西側のクリスタルの部屋でした。そこでタスクを終えた後、先ほどタスク途中で強制転送された二階北の客室でタスクをクリア。その後、二階中央の食堂、二階東の書庫と順番にタスクをこなしましたが、その間、誰とも会いませんでした。もしかして、ほかの人はすでに人狼にやられてしまったのではないかと、不安になって……。それで、南側の物見の水晶の部屋に向かいました。そこならほかの部屋の様子が見られるので、生きてる人か、最悪、死体でも見つかるかもしれないと思って……。でも、そこで目にしたのは……メイさんの変わり果てた姿でした。ソファに座ったまま、力づくで首をねじられたような、無残な姿で……。あのメイさんが、まさかあんな殺され方をされるなんて……」
ミコトさんの視線が床に落ちる。心なしか、声も少し震えているような気もした。
村人は人狼に殺される際に、痛みや苦しみを感じることはない。これはゲームの中のゲームだから、当然だ。人狼だって実際に手を下すわけじゃない。相手に触れてマーダースキルを使えば、それで終わりだ。ただ、演出上、死体は殺され方に応じた姿になってしまう。クオリティの高いVRだけに、ゲームの中とはいえ、親しい仲間の死体姿を見るのは、決して気持ちのいいものではないだろう。
「ミコトがそう言うのなら、ミコトは人狼じゃないってことか……」
クマサンが俺の近くで小さくつぶやく。
……なんというか、素直すぎるぞ、クマサン。そういうところはとても素敵だと思うけど――
「クマサン、そうとは限らないよ。ミコトさんが人狼なら、全部嘘を言っているかもしれない。ここでの会議は、本当のことしか言ってはいけないというルールはないんだから」
「あっ、そうか……」
クマサンは少し戸惑ったように眉をひそめる。
普段のミコトさんの言葉なら、俺だって素直に信じる。でも、ここは「普通」ではない空間だ。人狼は生き残るために嘘をつく。人狼にとってはそれが正義だ。
「ショウさん……酷いです」
ミコトさんが責めるような視線を俺に向けてきた。
でも、そういうのはずるいよ、ミコトさん……。これはそういうゲームなんだから。
「ショウさん達だって、ずっと三人で行動していたわけじゃないですよね? 一緒になる前なら、犯行は十分可能なんじゃないですか?」
疑いを向けられたミコトさんが反撃に出てきた。だが、確かに彼女の言うことはもっともだ。
「私のことを疑うのなら、みなさんの行動も詳しく教えてもらえませんか?」
今度はミコトさんが、俺達に疑いの目を向ける。
その視線を受け、最初にクマサンが口を開いた。
「俺が転送されたのは、一階の西の調光室だった。そこは、前の時に最後にいた場所で、ミネコの死体を発見した場所でもある。ただ、もう死体は消えていて、部屋は元通りになっていた。そこのタスクはまだやっていなかったから、まずはそれを片付けた。その後、ショウを探して――いや、誰かと合流できないかと思って廊下に出た。それで時計回りに廊下を進んでみたんだ。でも、人狼が待ち構えているかもしれないと思って、部屋の中は覗いていない。結局、廊下を一回りしても誰とも出会えなくて……。だから、二階も見てみようと、南西の階段から上の階に上がったんだ」
それは俺が知らない部分のクマサンの行動だった。
俺を探してくれていたことを嬉しく思いながら、黙ってクマサンの言葉に引き続き耳を傾ける。
「二階に上がったら、ちょうど東側から歩いてきたショウと出会って、それで一緒に行動することになったんだ。まずは二階西側のクリスタルの部屋に行き、二人でタスクをやっていた。ショウがタスクを失敗して、次に俺がタスクを成功させた後、シアが部屋に入ってきたんだ。そこからは三人で行動することになり、時間はかかったけど、三人ともタスクを終え、次に二階中央の食堂に移動。そこでも三人揃ってタスクをこなしたところで、ミコトの死体発見通報の警告音を聞いた」
「合流してからのクマサンの行動は、俺が事実だと証明できる。一階から階段で上がってくるクマサンの姿も確認しているし、クマサンが一階にいたというのも本当のことだ。だから、クマサンにメイを殺すことはできないと思う」
俺はクマサンの証言を援護するように言った。
「待ってください。一階から上がってくるところを見ただけでは、無実の証明にはなりませんよね? たとえば、実際には転送されたのは二階で、すぐに二階南側の物見の水晶の部屋でメイさんを殺害。その後一旦一階に逃げ、まるで最初から一階にいたように振る舞い、再び二階に戻ってくる――そんな行動も可能ですよね?」
ミコトさんは厳しく指摘した。俺が最初にミコトさんを疑ったせいで、もしかしたら彼女は少々お怒り気味なのかもしれない。
だが、クマサンがメイを殺すことができないことを、俺だけは知っている。
なぜなら――俺はメイがまだ生きている状態で、二階の物見の水晶の部屋で彼女に会っている。そしてその直後、廊下でクマサンと遭遇した。そこからはずっと一緒だったのだから、クマサンに犯行の機会はない。
しかし――
それをここで言えば、「クマサンと最初に会った」というクマサンに向けた調子の良い発言が、嘘だとバレてしまう。それに、死体発見現場である物見の水晶の部屋でメイと会っていた事実を明かせば、自ら疑いを招くことにもなる。
クマサンには申し訳ないが、ここは黙っているしかない。
「そこまで言われると……証明しようがない」
クマサンは低くつぶやき、押し黙った。
――ああ、クマサン、本当にごめんね。
「次はショウさんの行動を教えてください」
ミコトさんの視線が、射抜くように俺へと向けられた。
俺はクマサンに「最初に会った」と嘘をついてしまっている。だから、その嘘と矛盾しないように、事実を歪めて証言しなければならない。
俺は慎重に言葉を選びながら、口を開く。
「……俺が転送されたのは二階東側の書庫だった。そこでタスクを終えた後、まだ一階のタスクが途中だったから、一階に向かおうと南西の階段に向かったんだ。そこでクマサンと出会い――あとはクマサンの言った通りだ」
「それなら、クマサンと出会う前に、二階南側の物見の水晶の部屋に入って、メイさんを襲うことができますよね? その部屋には入らなかったんですか?」
さすがミコトさん、鋭い指摘だ。事実、俺はそこでメイと会っている。
しかし、「クマサンと最初に会った」としている以上、ここで本当のことを言うわけにはいかない。
「ああ、入っていない。その部屋にはタスクがないからな」
できるだけ平静を装いながら、淡々と答える。
思い切り嘘をついているが――これは仕方がない。
「そうですか……。それでは、最後にシアさんの行動を教えてもらえますか?」
ミコトさんは、今度はシアへと視線を映した。彼女の表情からは、俺の言葉に納得してくれたのかどうか判別できない。
「はい。投票終了後、私が転送されたのは一階南側の玄関ホールでした。そこのタスクはもうクリアしていたので、まだ終わっていなかった一階中央の遊戯室、そして西側の調光室のタスクをクリアしました。その後は、南西の階段から二階に上がり、二階西側の部屋でショウさんとクマサンと合流しています。その後はお二人の言った通りです」
「シアさんとクマサンはお二人とも一階に転送されて、近いところでタスクをされていたようですが、出会わなかったんですね?」
「はい、クマサンとは出会ってないです」
「ああ、俺も一階でシアを見ていない」
ミコトさんも、シアも、クマサンも、互いに相手の言葉を疑い合っているかのようだった。
こんな状況だ。みんなが疑心暗鬼になるのも仕方がないと思う。
実際、この四人の中の誰かは、嘘をついて村人になりすましている人狼なんだから。
改めて、ミコトさんが俺達の顔を見回した。
「話を聞いた限り、三人は一緒に行動したとおっしゃっていましたが、それぞれ出会う前には、メイさんを殺める機会は作れそうですよね」
「……………」
「……………」
ミコトさんの言葉に、クマサンもシアも反論できないでいる。そして、それは俺も同じだ。
「……ミコトさん、さっきは疑ってごめん。程度の差はあるけど、怪しいのはみんな同じのようだ。俺だって、二階南側の物見の水晶の部屋に入ってないと言ったけど、嘘をついて本当はそこでメイを殺している可能性だってある。一方的に疑いをかけるのはよくなかった」
「……ショウさん。ありがとうございます、わかってくださったんですね」
ミコトさんが少し潤んだような瞳を向けてきた。
だが、問題はここからだ――
「誰かを人狼だと断定する材料はない。でも、だからといって誰も身の潔白を完全に証明できるわけじゃない。……どうする? このまま現時点の情報で投票するか? 人狼を追放できればその時点で村人の勝ち。たとえ間違って村人を追放しても、まだゲームを続けられる」
「待ってください、ショウさん。私達はもうたったの四人です。ここで間違って村人を追放してしまえば、残りは村人二人と人狼一人。再開後、人狼が村人と出会った瞬間に襲えば、それで人狼の勝利になってしまいます。つまり、ここで誤った追放をした時点で、私達村人の負けも同然の状態になってしまいます」
ミコトさんの指摘に、場の空気が一層張り詰める。
確かに彼女の言う通りだった。失敗したときのリスクは計り知れない。
俺達は重大な選択を前に沈黙する。
「……じゃあ、こういうのはどうだろうか?」
静寂を破ったのはクマサンだった。
「ここは全員白票を入れて、今回の追放はなしにする。そして再開後、どこかの部屋に全員集まるんだ。四人が一緒に行動していれば、殺されてもすぐに別の誰かが通報できるから、人狼も手を出せないと思うんだが?」
「……そうですね、それが良さげですね」
「私も賛成です」
クマサンの提案に、ミコトさん、そしてシアも賛同した。
確かに、人狼が残り一人なら、村人側にとってはそれが最善手かもしれない。
とはいえ、妨害行動で邪魔されたり、緊急招集で再度会議室に転送されて再び分断されたりと、人狼にも対抗策はある。それでも、人狼にとって厳しい状況になるのは間違いない。
しかし、まさかクマサンがそれを言い出すとは……。
クマサンがこのゲームを理解してきた成果なのか、それとも幽霊話を聞いて、一人でいるのが怖くなっただけなのか――それはわからないが。
「それじゃあ、投票が終わって転送された後、メイの死体が発見された二階南側の物見の水晶の部屋、その扉の前の廊下に集合しよう」
「わかりました」
俺の提案に全員がうなずいてくれた。
俺達は全員、会議終了を選択する。
【会議が終了しました】
【人狼だと思う人を選んで投票してください】
生き残っている四人の名前と白票の文字が並ぶ。
ここで人狼が裏切って誰かの名前を入れたとしても、ほかの三人が白票を選んでいれば、白票が最多票になり、誰も追放されることはない。
俺は当然白票を選択する。
【投票結果】
【白票 4票】
これで万が一、俺に三票入っていようものなら人間不信に陥るところだったが、事前の取り決め通り、全員が白票を投じていた。
再び視界が暗転する。
もしかしたら、もうこの会議室に戻ってくることはないかもしれない。
だが、もし戻ってくることがあれば、その時は――きっとそれが最後の会議になるだろう。