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第146話 最後の投票

 俺の声でクマサンの姿がないことに気づいたのか、ミコトさんは周囲を見回しながら表情を強張らせた。


「本当です……クマサンがいません……。それに、緊急追放って、どういうことですか? 誰かがクマサンの死体を発見したんじゃないんですか?」

「緊急通報は私がやりました」


 静かに名乗り出たのはシアだった。この状況を想定していたのか、彼女は落ち着いている。


「私の行動も含めて、緊急通報に至った経緯を説明しますね」


 シアはゆっくりと言葉を選びながら語り始めた。


「運良く二階南側の物見の水晶の部屋に転送された私は、その部屋の外の廊下が集合場所だったので、すぐに外に出て、ほかの皆さんが集まってくるのを待っていました」


 俺とミコトさんは黙ってシアの話に耳を傾けた。このあたりは俺が合流する前の出来事で、俺も知らない部分の話だ。


「しばらくして、クマサンが廊下の東側からやってきて、その後、ショウさんが西側から現れました。三人が揃ったところで、ミコトさんを待っていたんですが……その時です。館が突如、暗闇に包まれました。私達三人は灯りを取り戻すため、一階西側の調光室に向かいました。周りは真っ暗で、ほかの二人の姿は見えませんでしたが、それでも一緒に向かっていると信じて。そして、最初に調光室にたどり着いたのは私でした」


 俺は頷く。このあたりのことは俺も一緒だったので、シアの証言が正しいことはわかる。


「私が制御装置を操作して魔光石を再起動させると、館内に光が戻りました。ですが、部屋の中には私とショウさんだけで……一緒に向かっていたはずのクマサンの姿はありませんでした」


 その時のことを思い出したのか、シアは言葉を溜めた。


「ショウさんは、すぐにクマサンを探しに行くことを提案しました。でも、もしクマサンかミコトさんが殺されていた場合、不用意に歩いて残った人狼と遭遇し、マーダースキルのクールタイムが終了次第襲われる危険がありました。だからこそ、私は緊急通報を行い、全員の安否を確認すべきだと判断したのです。そして、その結果が……今の状況、というわけです」

「……なるほど、わかりました。いい判断だったと思います」


 しばしの沈黙の後、ミコトさんが自分の行動を説明し始めた。


「私は転送されたのが一階北側の寝室でした。そこから集合場所までは距離があり、北東の階段を使って二階へ向かいました。そして、階段を上がったところで館内が暗闇に包まれて……正直、どう動くべきか迷いました。暗闇の中、集合場所に向かうべきなのか、それとも調光室に向かうべきなのか……。でも、ほかの人もきっと灯りを取り戻すことを優先するはずだと考え、再び一階に戻り、西側の調光室を目指しました。その途中で、館内の明るさが戻り、ほっとしたのですが……直後に警告音が鳴って、ここへと転送されてきた、というわけです」


 シアに続いて、ミコトさんも自身の行動を語った。

 しかし、俺の腹は決まっている。


「……ミコトさん、クマサンを殺したのは君だよね?」


 俺はミコトさんへ疑いの視線を向けた。


「え? どういうことですか?」


 俺の言葉に、ミコトさんは目を白黒させている。


「あくまでとぼけるつもりなんだね。俺とシアさんは一緒にいたから犯行は不可能。消去法的に考えても、クマサンを殺したのはミコトさんしか考えられないよ」

「ちょっと待ってください! シアさんの話だと、クマサンが殺されたのは、暗闇になっている時だと考えられますよね。周りも見えない暗闇状態なら、三人の中に人狼がいて、クマサンを襲っていても気づかないんじゃないですか?」


 どうやらミコトさんは自分が人狼だと認める気はないようだった。


「……わかった、じゃあ、俺の推理をここで披露するよ」


 俺は息を整えて、鋭く言葉を紡ぎ出す。


「前回の会議で、四人で一緒に行動することを提案され、ミコトさんは焦ったと思う。そうなっては、誰か一人を殺した瞬間に通報されてしまうからね。だから、ミコトさんは、投票の後の転送後、合流前に誰かを殺すことを考えていたんだと思う。集合場所にミコトさんだけ現れなかったのも、合流前に誰かと遭遇することを期待して探し回っていたんじゃないかな」

「そんな……私はただ転送場所から遠かっただけなのに……」


 ミコトさんはいかにも心外だという表情で俺を見つめた。

 だが、俺はここで情けをかけるつもりはない。


「でも、ミコトさんは誰とも出会えず、俺達三人は無事集合場所で合流を果たした。その様子を見たミコトさんは、次の策を講じることにした。それが暗闇の妨害行動だ。暗闇の中、暗視の能力で一人だけ自由に動けるミコトさんは、クマサンを殺害。俺とシアさんはそれに気づかないまま調光室に向かうことになってしまった」

「私はクマサンを殺してなんていません!」


 ミコトさんの声が強張る。まるで焦りが混じっているかのように。


「犯人はみんなそう言うんだよ。……ミコトさんの計画では、その後、しれっと俺達と合流し、クマサンを探しにいこうとかなんとか言って、死体のない場所を回らせる。そうやって時間を稼ぎ、マーダースキルが再使用可能になった段階で、俺かシアさんを仕留める――そういう筋書きだったんだよね?」

「ち、違いますよ!」


 ミコトさんは必死に首を振って否定の姿勢を崩さなかった。


「ミコトさん、もう観念したほうがいいと思うよ」

「私は本当に人狼じゃありません! それに、ショウさんの今の推理は、私が人狼だった場合の行動を説明しただけですよね? 肝心の暗闇の中でお二人がクマサンを襲っていないことの証明にはなっていませんよね?」


 ――うっ。痛いところを突いてくるな、ミコトさん。

 確かに、今の推理はミコトさんの犯行を説明しただけで、自分のアリバイを証明したわけじゃない。だが、殺したことの証明ならともかく、殺していないことの証明なんてやりようがないじゃないか。


「……確かに、ミコトさんの言うとおり、誰かが殺したという決定的な証拠も、逆に殺していないという確実な証拠も、現状ではないよ。でも、だからこそ、最も怪しい人物を追放する――それがこのゲームのルールじゃないか」

「それは……そうですが……」


 ミコトさんはわずかにうつむき、考え込むように沈黙した。そして、再び顔を上げると、慎重に言葉を選びながら口を開く。


「……最初に調光室にたどり着いたのは、シアさんですよね?」

「はい、私でした」


 それまで黙って俺とミコトさんのやり取りを聞いていたシアが答えた。それは間違いのない事実なので、俺は黙ってうなずく。


「つまり、暗闇の中を歩いていたのは、シアさんが前、ショウさんが後ろということになりますね?」

「……そうですね。いくらほとんど周りが見えない状況でも、廊下はたいして広くありませんし、追い抜いたり、追い抜かれたりすればさすがに気づきます。ですが、そういったことはありませんでした」


 シアの言う通りだった。確かに俺はシアよりも後ろを歩いていた。それは否定のしようがない。

 俺は黙ったまま次のミコトさんの言葉を待った。


「だったら、シアさんには、クマサンの殺害は不可能ということになりますね。もし前を歩いていたシアさんが途中でクマサンを殺していたとしたら、その後ろを歩いているショウさんが死体を発見することになります。館内は確かに暗かったですけど、足もとくらいは見えていましたよね? もし床に死体が転がっていたら、気づかないはずがありません」


 ミコトさんはそう言うと、シアに向けていた視線を、ゆっくりと俺へと移した。その眼差しには、疑いの色が浮かんでいる。


「一方、後ろを歩いていたショウさんは、クマサンを途中で殺しても、シアさんに死体を発見されることはありません。暗闇の中でも問題なく動ける人狼なら、前を歩いて背を向けているシアさんに気づかれずにクマサンを襲うことなんて簡単なはずです。つまり――人狼はショウさん、あなたです!」


 ミコトさんの指が、鋭く俺を指し示した。

 だが、俺は慌てない。彼女がこう動いてくることは、すでに読めていた。

 残り三人となったこの状況は、誰かに二票入った時点で追放が決まる。俺がミコトさんに疑いの目を向けている以上、彼女は自分が生き残るためにシアを味方につけ、俺を標的にするしかない。だからこそ、彼女はシアの潔白を証明し、その信頼を勝ち取ることで、俺に票を入れさせようとしている。


「残念だけどミコトさん、それは君が人狼でなかった場合の話だ。俺達の前に一度も姿を現さず、現状で一番怪しいのは間違いなくミコトさんだよ。暗闇の中とはいえ、すぐ近くにシアさんがいるのに、俺がクマサンを襲うようなリスクを負う必要がない。シアさんもそう思うだろ?」


 俺はシアに視線を向ける。

 だが、彼女は沈黙したまま、考え込むように目を伏せていた。

 おそらく、俺の推理とミコトさんの推理を天秤にかけているのだろう。どちらの推理がより真実味を帯びているのか、そして、俺とミコトさん、どちらがより信じられるのか――最終的な選択は、彼女に委ねられている。

 だけど、俺は信じている。シアなら俺を選んでくれる、と。

 ミコトさんも以前からヘルアンドヘブンとは多少の付き合いがあるようだが、キング・ダモクレス戦以降、俺とシアは毎日のようにボイスチャットをし、絆を深めてきた。あの日々が、ミコトさんに負けるはずがない!


「……これ以上話し合っても平行線だろうね。そろそろ投票に移ろうか」


 俺の提案に、シアが静かにうなずく。


「……そうですね。そうするしかなさそうですね」


 だが、その横で、ミコトさんはなおも必死に訴えかけていた。


「……シアさん、私は人狼ではありません! 信じてください!」


 彼女の声は切実だった。必死にすがるような響きがある。


「シアさん……俺は信じているよ」


 俺もまた、静かに彼女へと言葉を投げかける。

 最後の投票で鍵を握るのは、間違いなくシアだった。

 俺は彼女の理知的な瞳を見つめながら、会議終了を選択する。

 ほかの二人も同様に終了を選択したのだろう。すぐにシステムメッセージが表示された。


【会議が終了しました】

【人狼だと思う人を選んで投票してください】


 表示されたのは三人の名前と白票の文字。

 これがもう最後の追放投票だ。

 追放するのが人狼なら、村人の勝利。

 追放するのが村人なら、人狼の勝利。

 ここで白票を選ぶ馬鹿はいない。

 俺は迷いなく「ミコト」の名前を選んだ。

 もう会話はできないが、二人の様子を見れば、彼女達も選択を終えたことがなんとなくわかる。

 ――間もなく運命の時だ。


【投票結果】


 心臓が高鳴る。うるさいほどに。

 落ち着け、俺。

 大丈夫、シアならミコトさんに票を入れてくれる――そう自分に言い聞かせ、次のメッセージを待つ。


【ショウ 2票】

【ミコト 1票】


 ――えっ!?

 信じられないものを見た気分だった。

 それはつまり、ミコトさんだけでなく、シアも俺に投票したということだった。



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