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第147話 人狼の正体

 呆然とする俺の前に無情なメッセージが浮かび上がる。


【ショウは館から追放されました】


 同時に、俺の身体が霧のように薄れ、意識だけを残して消えていく。

 追放とはいえ、館の外へと転送されるわけではない。あくまでこれは「人狼の館」の中でのクエストだ。館の外に出ては、クエスト中断になってしまう。

 そのため、このクエストでの追放は死亡と同じ扱いで、俺はその場で幽霊となるだけだ。

 俺は追放という事実を受け入れ、次に出てくる、追放者の正体を表示するメッセージを静かに待った。


【ショウは人狼だった】

【村人の勝利です】


 俺の正体と、俺達人狼の敗北が告げられた。

 俺は、やれやれと肩をすくめる


 ――ちっ。もう少しだったのに。


 俺は無意識にシアへと目を向けた。彼女はホッとしたように小さく息を吐き、ほのかに笑みさえ浮かべている。


 まさかシアが最後に俺に投票するとは思わなかった。

 完全な計算違いだ。

 あそこまでは完璧に立ち回れていたと思っていたのに、最後の最後で崩れ去るとは。

 いまだにこの結果が信じられない。

 途中何度か想定外のことはあったが、俺のプランは順調だったはずなのに――


 このクエストが開始された時、俺に与えられた役割は「人狼」だった。

 その役割を見た時、俺は序盤から積極的に仕掛けていくつもりだった。気持ちとしては、出会った村人から順番に襲っていくくらいのつもりでいたほどだ。


 だが、最初に出会った相手がクマサンだった時点で、俺は予定を変更することにした。

 クマサンは初めての人狼ゲームであり、俺はクエストが始まる前に「俺がフォローする」とまで言ってしまっていた。そんなクマサンを、出会って即座に襲うのは、あまりに無慈悲すぎる。初参加のゲームで最序盤に殺され、あとは見ているだけ――そんな展開では、この「人狼の館」を嫌いになってしまいかねない。


 だから、俺は予定を変更した。序盤はもう一人の人狼に村人殺害を任せ、俺はクマサンのタスクに付き合うことにした。どこかで会議が開かれれば、その後に強制転送され、自然とクマサンと別行動になる。それまでなら、頼れる仲間として一緒に行動しても問題はなかった。むしろ、俺は村人だとクマサンに印象づけることにもなる。


 そして、俺達はミネコさんの死体を発見した。死体発見通報をし、会議が開かれると、ミネコさんのほかにアセルスも殺されていることがわかった。それを知り、人狼の俺は、密かにほくそ笑んだ。残り人数は六人で、そのうち二人は人狼。圧倒的に有利な状況だったからだ。

 だが、ここで予想外の事態が起こる。居場所の嘘を見破られたねーさんが、圧倒的多数の票で追放されてしまったのだ。

 俺はねーさんが人狼だとは知らなかったため、かばうこともできず、結果として見捨てる形になった。しかし、もしあそこで庇っていたら、俺まで怪しまれていただろう。そう考えれば、ねーさんを切り捨てたのは正解だったと言える。

 しかし、その結果、残りは村人四人と人狼一人となり、俺は三人もの村人を始末しなければならなくなった。厳しい戦いだが、まだ勝機は十分にある。ただ、一つだけ懸念があった。


 ――それがメイの存在だ。


 最初の会議で、彼女が物見の水晶の部屋でほかの部屋を覗いていたことが判明した。一度だけなら問題ない。だが、もし彼女がタスクそっちのけで覗き続けるのなら、俺にとっては危険だった。どれほど慎重に立ち回っても、運悪く殺害現場を目撃されれば、それで終わりだ。

 だから、ねーさんが追放された後、俺は二階南側の物見の水晶の部屋へと向かった。もしメイがここに来るなら、彼女は確実に監視を続けるつもりなのだろう。結果、俺の予感は的中した。部屋の扉を開けた瞬間、彼女はすでに水晶を覗き込んでいた。


 ――やるしかない。


 俺は彼女の背後に立つと、マーダースキルを発動し、彼女の“首を捻った”。頚椎を折られ動かなくなった彼女の亡骸に、虚しい言葉をかけ、俺はすぐに部屋を出た。

 そして、廊下でクマサンと遭遇する。


 ――まずい。クマサンが物見の水晶の部屋に入れば、メイの死体が発見されてしまう。


 その想像が頭をよぎった俺は、クマサンを別の部屋に誘導し、タスクをこなしながら、マーダースキル再使用までの時間を稼ぐことにした。

 先ほどはほかにも人狼が生きていたためクマサンを見逃したが、この時の俺にはそんな余裕はない。クールタイムが終わり次第、クマサンを始末する――そのつもりだった。しかし、運悪く、その前にシアと鉢合わせしてしまう。

 そのままシアと別れられればよかったのだが、彼女は俺達と一緒に行動したいと言い出した。俺としては断りたかったが、俺からそれを言い出すと、怪しまれる恐れがある。そこで、クマサンに判断を任せることにしたのだが……それが失敗だった。クマサンはシアの同行を認めてしまったのだ。


 これにより、三人行動を取ることになり、俺は動けなくなってしまった。

 こうなった以上、どこかで緊急通報をするか、メイの死体を発見するかして、会議を開催し、その後の転送でまた全員バラバラにするしかなかった。

 だが、俺が動く前に、ミコトさんがメイの死体を発見してくれたのは幸運だった。俺の存在を目立たせることなく、逆にミコトさんへ疑いを向けられる。


 だが、思わぬ誤算があった。二度目の会議で、クマサンが四人行動を提案したのだ。

 最悪だった。

 四人で固まってしまえば、俺の動く隙がなくなる。

 ならば、手を打つしかない。


 俺は、再転送後、全員が揃う前に、すぐに誰かを襲うことに決めた。集合場所に着く前に誰かと遭遇すれば、その場で即座に仕留める。もし誰にも出会わなかったとしても、集合場所に一番目か二番目に着けば、二人だけの時間が生まれる。そこで殺し、すぐに隠れるか、暗闇を作ってまぎれるつもりだった。


 しかし、俺の思惑はまたも外れる。

 途中、誰にも出会うことなく、集合場所に着いたのも三番目だった。

 仕方なく、すぐに作戦を変更する。

 暗闇を作り出し、その混乱の中で一人を仕留めることにした。

 暗闇になれば、全員が調光室に向かうはず。つまり、移動方向を一方向に限定できる。調光室から遠い位置に立っている者を殺せば、死体が発見される可能性を最小限に抑えられる。理論上は完璧な作戦だった。


 ――ただ、位置的に殺さなければならない相手がクマサンだったのは、俺にとっても心苦しかった。


 だが、俺は人狼だ。勝つためには、情を捨てるしかない。

 暗闇の中、戸惑うクマサンの手を、俺はそっと握った。その感触は、思いのほか柔らかだった。


 ――マーダースキル「窒息」


 その瞬間、クマサンの身体が硬直する。呼吸能力が失われ、クマサンが“息を止めた”のが俺にも伝わってきた。わずかに指が震え、それから……完全に動かなくなった。


 正直、クマサンと初めて手を繋ぐのが、殺すためになるとは思っていなかった。さすがに気まずくなり、すぐに手を離すと、クマサンの身体は静かに床に崩れて落ちた。

 とはいえ、死んだクマサンは、肉体から離れ、その場で幽霊になっただけだ。この大詰めの最終盤で、今さらタスクをしても意味はないので、きっと俺を睨みながらついてくることが容易に想像できる。だから、俺は幽霊となった“クマサンの存在を感じながら”、調光室へ向かった。


 調光室に着くと、すぐにシアと合流した。おそらくミコトさんも向かっているはず。ここからは、クマサンを探すという名目で時間を稼ぐつもりだった。そして、マーダースキルが回復次第、どちらかを仕留める――それで俺の勝利というシナリオだった。

 最後の会議で、俺がミコトさんの犯行計画として推理したものは、実は俺自身の計画だったのだ。


 しかし、ここで想定外のことが起こった。

 シアが緊急会議を開いてしまったのだ。

 それをされると、俺の最後の殺人ができず、投票勝負になってしまう。なんとか彼女を思いとどまらせたかったが、理知的な彼女の理論には付け入る隙がなく、彼女が緊急会議のスキルを使うのを、俺はただ黙って見ていることしかできなかった。


 とはいえ、投票になっても俺には勝算があった。

 転送後、一度も顔を合わせなかったミコトさんは、偽の人狼としてうってつけの存在だ。それに、シアとは一緒に行動していたし、連日のボイスチャットでの会話を通じて、ある程度の信頼を築けていたはずだ。彼女なら、俺の味方をしてくれる。そう信じていた。


 だが――


 シアの投票が、俺に入った。

 その瞬間、完璧だったはずの計画が音を立てて崩れ去った。

 なぜ、あそこでミコトさんではなく、俺に入れたのか。いまだに理解できない。

 俺が勝手に、仲良くなったと思っていただけで、シアにとってはそうではなかったのだろうか? もしそうだとしたら……ちょっと寂しい。


 うつむいていた顔を上げると、目の前には、今回のクエストで得られた経験値とその詳細が表示されていた。

 この「人狼の館」では、勝敗や個人の活躍によって、得られる経験値が変わる。

 まず、クエスト参加による経験値。これは全員一律で、量としてはわずかなものだ。

 次に、勝利経験値。今回は、勝った村人側に与えられる。途中で殺された者も含めて村人全員が均等に経験値を得るが、人狼である俺とねーさんはゼロだ。

 次に生存ボーナス。最後まで残ったプレイヤー、今回ならミコトさんとシアに与えられる。この経験値が大きいため、村人になった場合は、自分を犠牲にして犯人を探るより、生き残ることを優先する方が経験値的にはおいしい。

 そして、人狼のみに与えられるキル経験値。これは、村人を殺した数に応じて得られる。俺もねーさんも二人ずつ倒しているので、同じ経験値が入っているはずだ。

 最後に、MVPボーナス。クエスト中の行動や投票先などをシステムが総合的に判断し、最も活躍したプレイヤーに、経験値とアイテムが与えられる。もっとも、アイテムとはいってもレア武器やレア装備がもらえることはなく、ちょっと高価な消耗品や素材が手に入る程度だ。

 正直、MVPを取ったとしても、経験値やアイテムの面だけで考えれば、「人狼の館」をするよりも、普通に狩りに行ったほうが、よほど効率がいい。だけど、こうして仲間と推理を巡らせ、駆け引きを楽しみながら経験値を稼げるのなら、これはこれで悪くない。

 そして、今回MVPに選ばれたのは――シアだった。


 まあ、納得だ。

 今回の俺は、彼女に負けたようなものだからな。


 経験値の確認を終えると、俺達は館の外へと転送された。もちろん、殺されたり追放されたりして幽霊になっていた者も含めて全員無事な姿で、だ。

 みんな、それぞれ違う表情を浮かべている。満足げな顔、悔しさを滲ませた顔、どこかほっとした顔。

 そして、ひそやかに達成感を得た顔をしているシア。

 そんな彼女に、俺はそっと近づいた。

 彼女には、どうしても確認しておきたいことがあった。



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