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第149話 収益どうしよう

 アナザーワールドでの「人狼の館」プレイ以来、クマサンはすっかり人狼ゲームに魅了されたらしい。初めてプレイした際は、俺の裏切りにあれほど憤慨していたというのに、今ではすっかり手慣れた様子で人狼を演じ、躊躇なく俺を葬り去るほどになっている。

 そんなクマサンの熱意を受け、生配信でも人狼ゲームを軸にした企画が増えていった。視聴者を募り、懐かしの『アモングアス』や、絵を描きながら推理を楽しむ『イラスト人狼』など、バリエーション豊かな配信を展開。そのどれもが好評を博していた。


「よーし、今日は予告していた通り、アモングアスをやるよー!」


 クマーヤ役のクマサンの元気な声が響くと、待ち構えていた視聴者達が一斉に反応する。

 コメント欄は、「待ってました!」「クマーヤの人狼ムーブ楽しみ!」と早くも賑わいを見せていた。

 今回の配信も、クマーヤのアモングアス実況プレイだ。アモングアスは、宇宙船を舞台にした人狼系オンラインゲーム。プレイヤーは「クルー(船員)」と「インポスター(裏切り者。いわゆる人狼役)」に分かれ、クルーはタスクをこなしながらインポスターを見つけ出し、インポスターは正体を隠しつつクルーを排除する。会議で話し合い、誰がインポスターかを推理するのが醍醐味。裏切りや心理戦が鍵となる、白熱の駆け引きが楽しめるゲームだ。「人狼の館」もこのアモングアスをオマージュしている。


「今日は募集に応えてくれた視聴者さんと一緒にプレイするからね~。でも、参加者の人はクマーヤの配信、絶対に見ちゃダメだよ! 見ちゃったらね、クマーヤがクルーかインポスターかバレバレになっちゃうから!」


 注意事項の説明すら、クマーヤの声には楽しげな響きがあった。演技力もさることながら、何よりクマサン自身が心からゲームを楽しんでいることが、その声音から伝わってくる。


 ゲームが始まると、クマーヤは軽快にタスクをこなすフリをしつつ、周囲のプレイヤーの動きを細かく観察していた。クルーとして振る舞っているが、今回の彼女の正体はインポスター――いわゆる人狼の役割だ。


「そんなところに一人でいるなんて……。ふっふっふ、どうやら死にたいようだね~」


 クマーヤの甘い声が響いた瞬間、画面の向こうの視聴者達が色めき立つ。


『クマーヤが狙ってる!』

『カガミンさん、逃げてー!』


 だが、警告は届かない。クマーヤのキャラクターが素早く背後に忍び寄り、一撃。次の瞬間、無残な死体が床に転がった。


 しばし後、死体発見のアラートが響き、緊迫の会議フェーズへと移行する。


「あれ? そういえばヒカリさん、エンジンルームにいたよね?」


 何食わぬ顔で投げかけられたクマーヤの言葉が、一瞬にして場の空気を支配する。


『出たっ! クマーヤの策士ムーブ!』

『みんな、騙されるなよ!』


 コメント欄が沸騰する。疑惑の目を向けられ、ヒカリさんが無実の罪で追放されると、視聴者の興奮は最高潮に達した。


「ふふふ、これだから人狼ゲームはやめられないよね!」


 クマサンがカメラに向かって得意げ微笑む。その瞬間、画面上のクマーヤも同じように不敵な笑みを浮かべる。ミコトさんが描いたその表情がまた絶妙に可愛く、視聴者達の興奮をますます煽る。


『クマーヤ怖すぎるwww』

『演技力がプロ』


 コメント欄が賑わうのを眺めながら、俺は満足げにうなずいた。

 今日も順調、順調。

 おかげさまで、クマーヤの生配信の同時接続者数は安定して1,000人を超え、日によっては2,000人に迫ることもある。

 大手事務所に所属していない個人Vチューバーとしては、中堅どころといっても差し支えないだろう。

 配信や動画再生による広告収入も順調に入り、貯金を切り崩しながら生活していた俺にとってはありがたい話だ。しかし、こうして収益が増えてくると、それに伴う問題も出てくる。税金のこともあるが、それ以上に重要なのは、この収益が俺の力によるものではないということだった。

 もはやクマーヤそのものとも言えるクマサン、クマーヤの絵を描いてくれたミコトさん、配信を盛り上げてくれる音楽を作ってくれているメイ、彼女達の力があってこそ、Vチューバークマーヤは成り立っている。収入をそのまま俺のものにするわけにはいかない。このあたりを有耶無耶にしておけば、いずれ彼女達との関係自体が崩壊しかねない。


 そこで、俺は日を改め、ギルドメンバーのみんなを、三つ星食堂(店の方)の個室に呼び集めた。


「――というわけで、今回みんなに集まってもらったのは、クマーヤの配信及び動画再生に伴う収入の分配について話し合いたかったからだ」


 俺の右隣にはクマサン、正面にメイ、左側にミコトさんが座っている。

 俺の説明を聞き終え、向かいの席のメイが意外そうな顔をして口を開いた。


「あれってそんなに儲かっていたのか。正直びっくりだよ」


 みんなには、配信や動画再生による収入額と、配信にかかった必要経費、そして差し引いた収益を示した。当たり前だが、彼女達に嘘をつくつもりは微塵もない。

 ただ、クマサンにはそういう話をしていたが、メイとミコトさんに具体的な金額まで話すのはこれが初めてだった。正直、俺自身も安定した収入を得られるようになるとは思っていなかった。今や、働いていた時にもらっていた給料とそれほど変わらない額が入ってきている。四人で分けても、家賃くらいなら賄えそうだ。


「俺もびっくりだよ。やっぱりクマサンの声が視聴者を惹きつけて離さないんだと思う。スパチャもコンスタントに貰えてるし。それに、ミコトさんが生み出してくれたクマーヤのビジュアル的魅力も大きい。グッズが欲しいってコメントも毎回のように寄せられてるし。もちろん、メイの音楽もだ。あの音楽が聞きたいから、作業用BGMとして動画を再生してるって人もいるくらいだし」


 俺の言葉に、三人は照れたような表情を浮かべた。自分の一番大切にしているものを、他人から褒められるのは、何とも言えないこそばゆさがあるものだ。その気持ちは俺にだってわかる。


「そういうわけで、クマサンとも相談した結果、収益に関しては四人で均等に分けようと思う。ただし、収入額をそのまま四等分にするわけじゃなくて、配信に関する必要経費を引いてから残った収益を四等分だから、そこは了承してくれ。とはいえ、パソコンはもともと俺が持っていたものだから、それは含めないよ。でも、カメラとかマイクとか、あとは料理動画の材料とか、そういうのは必要経費にさせてもらうつもりだ。あ、もちろん、必要経費の明細に関しては、ちゃんとわかる形でみんなにも示すから」


 正直、彼女達と金の問題で揉めるなんてことだけは絶対に避けたかった。経費をごまかす気なんて毛頭ない。今のうちに問題となりそうなところはクリアにしておきたかった。だから、俺はなおも説明を続ける。


「それと、みんなには業務委託という形で報酬としてそれぞれの取り分を支払うつもりだ。一応、契約書も用意するし、請求書や領収書もちゃんと準備するよ。個人事業主になっちゃうから、そこら辺はしっかりしておかないと、後々問題になるからね。収入が全額俺のものとして扱われた場合、確定申告の際に税金が大変なことになるし、健康保険料だって爆上がりするからね。まあ、会社員の時と違って国民年金は収入に関係なく一律だからいいけど。それから、みんなにお金を渡すときは、源泉徴収してから渡すことになるからね。でも、源泉徴収するとはいえ、それぞれ確定申告は必要になると思うから、それは注意して――えっと、ミコトさん、どうかした?」


 見れば、ミコトさんが眉をしかめて手を挙げていた。


「……すみません。途中から話がわからなくて……。源泉徴収ってなんですか? 私、学生だから確定申告とか関係ないですよね?」


 彼女の声からは不安と混乱とが伝わってきた。



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