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第150話 自分の価値

 しっかり者だからつい忘れがちになるが、そういえばミコトさんはまだ高校生だった。彼女の疑問は、ある意味当然かもしれない。俺自身、学生の頃は税金のことなんてまるで意識していなかったし、社会人になってからも、会社が給与計算をして税金も保険料も天引きしてくれていたから、自分で税金を計算する機会なんてなかった。

 仕事で給与計算ソフトのプログラムを触る必要が出て、ようやく勉強したものの、あれがなければ、俺だってミコトさんときっと変わらないレベルだったと思う。

 だいたい、納税する側で税額を自分で計算して申告するって、どうなの? 普通、金銭を受け取る側が「あなたの納税額はこの金額になりますよ」って言ってくるべきでは?

 なにより問題なのが、何年も学校に通っていたのに、確定申告の方法を一度も教えてもらってないことだ。国民の三大義務の一つである納税に関することだよ? 義務教育で教えるべきじゃないだろうか?

 ――などと、思うところはいろいろあるが、今はミコトさんの疑問を解決するのが先決だ。


「源泉徴収っていうのは、納税漏れを防ぐための仕組みでね。事業者――この場合なら俺が、報酬を払う際に最初から税額分を差し引いて渡し、ミコトさんに代わって俺が税務署に税を納める仕組みのことだよ」

「はあ……」

「それと、確定申告は学生かどうかは関係なく、収入があればしないといけないね。ただ、基礎控除が48万円あるから、収入額がそれ以下ならしなくてもいいかな? でも、その場合でも確定申告すれば源泉徴収分が返ってくるから、やっぱりしておいた方が――」


 気づけばミコトさんの視線があちこち泳いでいた。


「ショウさん、私、ギブアップです~」


 困り果てたように両手を上げる彼女の様子に、俺は思わず苦笑いした。


「そもそも、私、そんなふうにお金をもらうために、クマーヤを描いたわけじゃないんです。クマーヤがクマサンの声で命を吹き込まれて、画面の向こうで生き生きと動いて、いろんな表情を見せてくれてる――それだけで、私は嬉しいんです。だから、お金なんて私はいいですよ。もしいただけるとしても、イラスト作成代として、最初に、税金のかからない範囲でいくらかもらえれば、それで十分ですから」


 彼女の純粋な想いがストレートに伝わってくる。その心はとても崇高で、尊敬すべき部分だと思う。


「ショウ、私もミコトと同じ意見だよ」


 静かに口を開いたのはメイだった。彼女は腕を組み、少し難しい顔をしている。


「私は、自分の音楽を誰かが聴いてくれるだけでもう報酬を得ている。そもそも、実際に配信をしているのは、ショウとクマサンなんだから、収益は二人で分ければいいと思うよ」


 メイもまた、お金のためではなく、自らの表現として音楽を作るクリエイターだった。

 彼女達の意見は尊重すべきだろう。下手をすれば、彼女達の純粋なクリエイター魂を汚すことにもなりかねない。

 ――でも、だからこそ、俺はクリエイターとしての彼女達を守りたいと思う。こういうクリエイターが食いつぶされるような結末には絶対にさせない。

 だから、俺は信念を持って言葉を紡いだ。


「いや、それはダメだ」


 二人の視線が俺に向く。


「俺は、ミコトさんのイラストにも、メイの音楽にも、報酬を得るだけの価値があると思っている。現に今のクマーヤは、二人の絵と音楽がなかったら成立していない。これからも四人でVチューバークマーヤを続けていくためにも、みんなには生み出したものの価値に応じた報酬を受け取ってもらいたい――いや、受け取るべきだ」


 俺は強く言い切った。

 顔をみれば、メイにもミコトさんにも、俺の気持ちが通じたことはわかる。けれど、それでもミコトさんの表情はどこか不安げで、落ち着かない様子で手をぎゅっと握りしめていた。


「……ショウさん。私達のことを考えてくれているのは、よくわかりました。……でも、確定申告とか、私、やり方もわからなくて、ちゃんとできる時間がなくて……」


 なるほど、そこが引っ掛かっていたのか。

 確かに、税務署なんて普段から行くような場所じゃないし、高校生なら名前を聞いただけで緊張するのも無理はないかもしれない。申告の書類の束を見せられたら、それだけで逃げ出したくもなるだろう。

 でも、今はマイナンバーカードがあれば、わざわざ税務署に行く必要もなく、スマホで簡単に済ませられる。必要な項目を入力すれば、自動で税額を計算してくれるし、税務署に行く必要もない。一度やってみれば、「なんだこんな簡単なことだったのか」と拍子抜けするくらいのものだ。


「大丈夫だよ、ミコトさん。そんなに不安なら、俺が一緒にやってあげるから。俺は税理士でも会計士でもないから、お金をもらって代行することはできないけど、ただで教えるのなら問題ないからね」

「ホントですか!」


 ミコトさんの顔が一気に明るくなった。よほど、確定申告が不安だったんだろう。

 と、その時――


「なぁ、ショウ……」


 囁くような声が聞こえて、視線を前に向けると、メイが少し気まずそうに手を挙げていた。


「……私にも教えてくれないか?」


 おいおい、今までの申告は大丈夫だったのか?

 まぁ、そこはとりあえず触れないでおこう。


「俺は税の専門家じゃないんだけど……いいよ。メイの申告も面倒みるから。アルバイトとかしてるのなら、源泉徴収票がもらえるはずだから、ちゃんと残しておいてくれよ」

「ああ! ありがとう、助かるよ!」


 メイは、ようやくほっとしたように微笑んだ。

 アナザーワールドの中では、俺のほうが彼女達に頼ることが多い。それだけに、こうして現実で彼女達の役に立てるのは、少し誇らしくもあった。

 とはいえ、さすがにクマサンは大丈夫だろう。

 確か、声優って事務所とマネジメント契約をしている個人事業主のパターンが多いと聞くし、クマサンは以前から自分で確定申告をしているはずだ。

 そう思ってチラリとクマサンを見れば――なぜかすがるような目を俺に向けていた。


「ショウ、俺も……」


 クマサン、君もか……。


「はいはい。クマサンの面倒もちゃんとみるから安心して」


 俺が肩をすくめると、クマサンは心底安心したように頷いた。

 ……とりあえず、ギルドメンバーが申告漏れでネットニュースになるような事態は回避できそうだ。

 俺が一息ついたところで、ミコトさんが慎重な口調で口を開いた。


「でも、ショウさん。さっきメイさんも言いましたけど、実際に毎回配信をしているクマサンやショウさんと、私が同じ配分というのはおかしいと思います。私の描いたクマーヤに価値を見いだしてくださっているということであれば、報酬はありがたく頂こうと思います。でも、配分に関しては適正に見直すべきじゃないでしょうか?」

「そうだな、ミコトの言うとおりだ。私達の取り分はもっと下げてくれていい」


 ミコトさんの意見に、すぐにメイも賛同を示してきた。

 俺は平等になるように四等分することを考えていたが、それは平等ではあっても公平ではなかったのかもしれない。ミコトさんやメイの方がそう言ってくれるのなら、配分を見直すのはやぶさかではない。


「そうだね。じゃあ、クマサンの配分を増やさせてもらうことにするよ。クマサンを40パーセントにして、残りを俺達三人で分ければ――」


 そう言いかけた瞬間だった。


「ショウ!」


 クマサンの鋭い声が飛んできた。

 俺は思わず言葉を飲み込み、クマサンに視線を向ける。クマサンは真剣な目で俺を見つめ、力強く言った。


「毎回、配信内容を企画して、配信の準備もしてくれているのはショウだ。生配信を編集して、あとで動画サイトにアップしてくれているのもショウだ。さっきの話だってそうだ。収益を分配したり、契約書を作成したり、税金のことまで面倒をみてくれたり……そういうことまで全部やってくれるのは、ショウじゃないか。」


 クマサンの言葉は熱を帯びていた。


「そもそもショウがいなかったら、クマーヤは生まれていないし、この四人が今ここにいることもなかったはずだ。収益を分けるのなら、俺よりもショウが一番もらうべきじゃないのか?」

「クマサン……」


 気づけば、ミコトさんもメイもクマサンと同じ目をして頷いていた。

 俺は、彼女達の才能に追いつくために、自分にできることをしてきたつもりだった。俺には特別なスキルはない。だからせめて、雑務くらいは引き受けようと。それが俺なりの貢献だと、そう思っていた。

 でも――彼女達は、それをちゃんと見て、評価していてくれたんだ……。

 なんでだろ、目頭が熱くなってくる……。


「……ありがとう、みんな。俺は何より、その気持ちが嬉しい……」


 その後、四人でじっくり話し合い、最終的に俺とクマサンが35パーセント、ミコトさんとメイが15パーセントという形で落ち着いた。

 今後、配信頻度が増えたり、収益が大きく変動したりした場合は、また話し合うことにしたが、当面はこれで問題ないだろう。

 俺としては、生活費の足しになる収入が確保できて、とてもありがたい。今後、もっと同接や再生数が伸びれば、生活費もすべてまかなえるかもしれない。

 ……なんか、やる気出てきたぞ!



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