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第151話 生配信中の異変

 クマーヤの活動に伴う収益の分配も決まり、俺とクマサンは変わらず精力的に生配信を続けていた。最初は週に一度だった配信も、今では週に二、三回と増え、俺達の生活の一部となりつつある。


「なんだか、身体がうずうずしてきたよ。早くひと狩り行きたい~」


 モニターの前で、クマサンがコントローラーを握りながら落ち着きなく身を揺らしている。今夜の配信は「モンスターハンター」シリーズの最新作。ハンターとなり、巨大なモンスターを狩るこのゲームは長年の人気を誇るタイトルだ。VR版も出ているが、従来のシリーズと操作感が大きく異なるため、通常版の需要も根強い。

 そして、つい先日、その通常版の最新作が発売された。クマサンはこれまで一度もモンハンをプレイしたことがなく、それならばと、初プレイを生配信に披露することになった。

 配信で盛り上がるのは、やはりモンスターとの戦闘シーンだ。視聴者を余計な部分で待たせないよう、キャラクターメイクはすでに済ませてある。最初はクマサンに作らせていたのだが、なぜか屈強なオッサンキャラを作ろうとしたので、慌ててコントローラーを取り上げた。


「クマーヤが使うキャラなんだから、可愛い女の子がベストだろ?」


 そう言って、俺の方でキャラメイクを進めた。視聴者だって、武骨なオッサンよりも美少女ハンターが躍動する姿を見たいに違いない。クマサンはぶつぶつ文句を言っていたが、俺は徹底的にこだわり抜いてキャラを作った。

 完成したハンター「クマーヤ」は、黒髪のショートボブに大きな黒い瞳、長いまつ毛が印象的な美少女だった。小さな顔に鼻筋の通った小ぶりの鼻、桜色に染まった薄い唇――誰が見ても、完璧な美少女キャラだ。

 今もクマサンの前にあるゲーム用モニターに映るハンター「クマーヤ」を見ているが、惚れ惚れするような可愛らしさだ。

 だが、そうやってモニターを見つめているうちに、妙な違和感が胸をよぎった。

 ――なんだろう、この既視感?

 どこかで見たことがあるような……いや、どこかじゃない。

 俺は無意識のうちに、視線を横へと向けた。そこにあるのは、クマサンの横顔。


 ――あっ。


 その瞬間、気づいてしまった。俺が「可愛い」と称したハンターの容姿が、誰に似ているのかに。


「……クマサン、キャラメイク、もう一回やり直してもいいかな?」

「え、どうして? さっきすごく嬉しそうにしてたじゃない」


 クマサンが不思議そうに首をかしげた。その仕草すら、俺の動揺を加速させる。

 ……そうだ。俺は確かに喜んでいた。渾身のキャラメイクに自信満々だった。完璧な美少女キャラを生み出せたと、胸を張っていた。


 でも――


 それがクマサンに似ていると気づいた今、この美少女キャラを「可愛い」と何度も口にしていた自分が信じられないほど恥ずかしい。

 こんなの、クマサンだって気づいてるよな、きっと。俺が無意識のうちに誰をイメージしてキャラメイクしたかなんて……。

 ううっ、穴があったら入りたい。いや、今すぐ消え去りたい。


「それに、もう配信時間だよ。今から作り直してたら間に合わなくなっちゃうよ」


 た、確かに……。

 配信時間はすでに告知済み。機械トラブルやクマサンの体調不良みたいなやむを得ない事情ならともかく、キャラメイクのやり直しなんかで遅れるわけにはいかない。

 だけど……。

 俺はモニターの中のハンター・クマーヤと、隣でコントローラーを握るクマサンを交互に見つめる。

 ……ああ、なんだこのむずがゆい感覚は!


「ほら、ショウ。もう配信時間だよ! 離れて、離れて」

「ああ……」


 抵抗したところでどうにもならない。仕方なく俺は引き下がり、クマサンが、彼女似のハンター・クマーヤを操作するのを見守ることになってしまった。


「こんばんは~。今夜もクマーヤの配信を見に来てくれてありがと~」


 明るい声とともに、クマーヤの配信が始まる。もうクマサンもすっかり慣れたもので、俺の手を借りずともスムーズに配信の操作をこなしていく。


「今回は告知通り、モンハンのゲーム配信をやるよ~。クマーヤはこれがモンハン初プレイだから、変なことやっちゃっても優しくアドバイスしてね~」


 画面にモンハンのゲーム画面が映し出されると、コメント欄の流れが一気に加速する。


『モンハン楽しみ~』

『プロハンターの俺がアドバイスするから任せろ~』

『キャラ可愛い~』

『キャラはクマーヤのイメージなんですね』


 ん? クマーヤに似てる?

 視聴者からのコメントを眺めながら、俺はいまさらながらに気づいた。

 確かに、俺の作ったハンターはクマ耳こそないものの、クマーヤに似ている。もともと、クマーヤ自体がリアルのクマサンと似ているのだから、似ているのは当然といえば当然だ。

 でも、だとすると、クマサンだって、俺がクマーヤに似せてキャラを作ったと思っているのではないだろうか? むしろ、クマーヤの配信なんだから、当然そう考えるのが自然だろう。いくらなんでも、俺が可愛いと思うキャラを全力で作ったら、クマサンに似たキャラになってしまっていたなんて考えるはずがない。


 ――なんだか、安心した。


 ついさっきまであんなに気恥ずかしくて仕方なかったのに、今はようやく冷静になれた気がする。

 俺はようやく落ち着いて、クマサンへと視線を向けることができた。


「え、クマーヤ? ……あ、そう、そうなんだよ! ハンターさんは、クマーヤの分身みたいなものだからね! クマーヤに似せて作ったんだ」


 クマサンは、まるで今初めて気づいたかのように目を丸くして頷いた。

 ……そういう演技なのかな?

 理由は不明だが、クマサンのことだ、何か俺の考えが及ばない意図があるのだろう。

 考えすぎても仕方がない。俺はひとまず余計な詮索をやめ、クマサンのプレイを見守ることにした。


 モンハンでは、数多くの武器の中から好きなものを選んで戦うことができる。大剣、太刀、ランス、双剣、スラッシュアックス……どれも格好良く、どの武器を極めるかでプレイスタイルは大きく変わる。とはいえ、武器の強化にはモンスターの素材が必要で、素材は防具の作成にも使うため、あれこれ試す余裕はあまりない。大抵は一つの武器に絞って極めていくのがセオリーだ。


 そんな中、クマサンが選んだのは――ハンマーだった。


 ハンマーは、モンハンの初期から存在する武器の一つだ。しかし、そのビジュアルは決して「格好いい」とは言い難い。太刀や双剣のような華麗さもなければ、弓のようなスマートさもない。ただの鉄塊を振り回しているような見た目で、どの種類のハンマーを選んでも、所詮はハンマーに過ぎない。

 それなのに、クマサンは迷いなくハンマーを選んだ。


『ハンマーwww』

『クマーヤって見かけによらず男らしいところあるよな』

『そのギャップがいい!』


 コメント欄には、意外にも好意的な反応が溢れている。それを見て、俺はほっと胸を撫で下ろした。

 かつて有名なハンマー使いといえば、雷神トールくらいのものだった。しかし、アニメ化もされた『ギルドの受付嬢ですが、残業は嫌なのでボスをソロ討伐しようと思います』の主人公のアリアもハンマー使いだったことから、今ではこの二人が「代表的なハンマー使い」として語られることが多い。

 もしもクマーヤがこのまま活躍を続け、いずれ「三人目のハンマー使い」として名を連ねる日がくれば――などとついつい夢想してしまう。


「それでは、ひと狩り行ってきます!」


 クマーヤの元気のよい宣言とともに、ハンター・クマーヤが狩りに出発する。

 最初のターゲットは、モンスター・チャタカブラ。今のハンター・クマーヤは武器も防具も貧弱だが、最初に戦う敵ということもあり、攻略難易度は高くない。

 とはいえ、モンハンはただのアクションゲームのように、闇雲に攻撃していればいいというタイプのゲームではない。アクションゲームでありながら、その戦闘はRPGのターン制バトルに近いものがある。何も考えずただ攻撃してしまうと、モンスターの攻撃に巻き込まれてダメージを食らうだけだ。敵の動作をよく観察し、敵の攻撃→回避→攻撃後の隙を突いたこちらの攻撃→敵の攻撃→回避……この繰り返しが基本だ。

 それを理解し、敵の動きを見て覚えることを意識しないと、苦戦は免れない。


「ああ、もう! 今攻撃決めようとしてたのに!」


 案の定、ハンター・クマーヤは、焦って攻撃を仕掛け、逆に返り討ちに遭っていた。

 アドバイスをしてあげたいが、俺の音声が配信に入るとまずいため、何も言うことはできない。視聴者からのコメントにも、大量のアドバイスが流れているが――戦闘中に見てる余裕なんてないよね……。

 こればかりは、クマサンが自分で学ぶしかあるまい。


 ……だが、それにしても――


 確かに、クマーヤの回避は拙い。動きもぎこちない。だが、驚くべきことに、彼女の攻撃はほぼすべて的確にモンスターの頭部へと叩き込まれていた。

 ハンマーの要は、その強烈な一撃だ。しかし、その威力ゆえに攻撃の出が遅く、動くモンスター相手に狙った部位へ命中させるのは容易ではない。特に、気絶を狙える溜め攻撃は、モンスターの動きを先読みしないと、頭部に当てるのは難しい。

 にもかかわらず、クマサンは、攻撃途中に吹っ飛ばされた場面を除けば、ほぼすべての溜め攻撃を正確に頭部にヒットさせていた。


『クマーヤの攻撃センスえぐい』

『モンスターがクマーヤのハンマーに吸い寄せられているようだ』

『これが初プレイとか嘘だろ?』


 視聴者達の驚きのコメントを眺めながら、俺もまた唸った。

 まさかこんな才能まで持っていたとは……。

 クマサンと一緒にいると、彼女の知らない一面がいくつも見えてくる。今まで知らなかった彼女を知るたびに、俺の心は妙に高鳴る。

 一緒にいて、こんなにワクワク、そしてドキドキする人を、俺はほかに知らない。

 彼女は俺にとって、本当に眩しい存在だ。


 俺はいち視聴者として、クマーヤの初狩猟を楽しく見守った。


 そして、ハンター・クマーヤは無事にチャタカブラを討伐完了し、村へと戻ってきた。

 クマサンは視聴者からのコメントを見ながら、手に入れた素材で新しい武器か防具を作れないか、楽しげに確認している。


 モンハン生配信は好調。そう思いながらふと同時接続者数に目をやり、俺は息を呑む。

 これまで安定して1000人以上をキープし、時には2000人に届きそうになることもあったが、超えたことは一度もなかった。そのため同接2000人は一つの壁だと思っていたのだが、俺の目に映る数字は――2014人。あっさりその壁を突破していた。

 やっているのはモンハン最新作とはいえ、モンハン好きな連中は、配信を見るよりゲームをプレイしているだろう。また、同じようにモンハンを実況している配信者も多く、決してクマーヤの配信が特別目を引くわけではない。

 それなのに、今も視聴者数は増え続けている。

 ……一体、何が起こっているんだ?



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