翌日、俺はギルドの仲間達を大陸の東方に位置するグルジア鉱山へと招集した。
「こんなところに集合をかけて、どうしたんだ? まさか鉱山で素材狩りでもしようってんじゃないだろうな」
鉱山の入り口に全員が揃ったのを見計らい、メイが眉をひそめながら言った。彼女の言葉は、ほかの仲間達の疑問を代弁しているようだった。
この鉱山に出現するモンスターは主にゴーレムだ。入口付近ではウッドゴーレムといった雑魚しか出現しないが、奥に進めばカッパーゴーレム、アイアンゴーレムと次第に強力になり、さらに深部ではシルバーゴーレム、ゴールドゴーレム、果てはミスリルゴーレムまで現れる。
これらのゴーレムを倒せば、それぞれの素材となるアイテムをドロップする。鍛冶師であるメイにとっては理想的な狩場とも言えた。しかし、ゴーレムは特殊な攻撃こそ仕掛けてこないものの、とにかく頑丈だ。特に金属製のゴーレムには斬撃耐性があり、剣や斧では与えるダメージが減少してしまう。ハンマーのような打撃系の武器を用意しなければ、効率は悪化するばかりだ。さらに、精神系や状態異常系のスキルが一切効かず、攻撃魔法にすら高い耐性を持っている。
そのため、ドロップアイテムは魅力的だが、経験値効率を考慮すると決して美味しいとは言えない。ましてや、攻撃手段の主力が料理スキルの俺達のパーティにとっては、到底狩場として成立しない場所だった――そう、これまでは。
「そのまさかだよ。今日はここで素材狩りをしよう。前にメイも、グルジア鉱山で狩りをしてみたいって言ってたしな」
「いや、確かにそんなことを言った気はするけど……私達じゃ無理だろ? それはショウが一番わかってるんじゃないのか?」
メイが疑わしげな目で俺を見つめる。確かに、普通に考えれば無謀な挑戦だ。ここで「狂気の仮面」の存在を説明してもいいが、三人とも料理スキルの制約を嫌というほど知っているだけに、にわかには信じられないだろう。ならば論より証拠、言葉を尽くすより、実際に見せた方が手っ取り早い。――それに、その方が格好いいに違いない。
「まぁまぁ、とにかく、今日はみんなで金属素材集めしようぜ」
俺は軽く三人の背中を押し、鉱山の中へと進み始める。
「もしかして、ゴーレム特攻のハンマーでも手に入れたんですか?」
俺に背中を押されたまま、ミコトさんが首だけこちらに向けて問いかけてくる。
確かに、そんな武器があれば戦闘が楽になるだろう。だけど、俺が得たのはそんな特攻武器ではない。それよりも、遥かに面白いアイテムを手に入れたのだ。
だが、ここで種明かしをするのはつまらない。驚きは後に取っておくべきだろう。
「いいから、いいから」
俺は意味ありげに笑いながら三人を促し、鉱山の中へと進んだ。
坑道の中には、ウッドゴーレムがのっそり歩いている。こいつらは反撃の命令こそ刻まれているが、侵入者を排除する命令は与えられていない。そのため、こちらが手を出さない限り、襲ってくることはない。
もっとも、こいつらを倒したところで手に入るのは価値の低い木材ばかり。戦う意味はほとんどない。俺の狂気の仮面を披露する対戦相手としては役者不足だ。
俺はウッドゴーレムを無視し、坑道の奥へと足を進める。
やがて、広がる空間の中央に、どっしりと鎮座する影が見えた。
アイアンゴーレムだ。
危険な坑道の奥へと進もうとする低レベルプレイヤーの侵入を防ぐために、門番のように立ちはだかる存在。圧倒的な重量感と無機質な威圧感を持ち、無言のまま道を塞いでいる。
今の俺達のレベルなら脅威にはなり得ないが、料理スキルで戦おうとすれば面倒な敵であることは確かだ。
「ショウ、アイアンゴーレムがいるが、どうするんだ? 俺は店売りのハンマーしか持っていないぞ?」
クマサンが眉をひそめながら俺に問いかける。
以前の料理スキルの検証の際、ゴーレムとも戦っている。あの時は、料理スキル使用不可を確認した後、クマサンと普通の武器に持ち替えた俺とでどうにか倒した。クマサンは今回も、タンクでありながら、自分がダメージソースにならないといけないと感じているのだろう。
――だけど、クマサン。もう心配はいらないよ。
俺は無言でアイテムウィンドウを開き、「狂気の仮面」を実体化させた。
三人の視線が、俺の手にした白い仮面へと注がれる。
――見てる、見てる。
心の内でほくそ笑みながら、俺は仮面をゆっくりと顔に装着した。
そして、自分のスタイリッシュな仮面姿を見せつけるように、三人の方へ顔を向ける。
――ふふふ。どうだ、今の俺の姿は?
きっと驚きと称賛が飛んでくるに違いない――そう期待していた。
だが――
「なんだ、その趣味の悪い仮面は?」
「ショウさん……そんな気味の悪い仮面姿を見せるために、私達をこんなところまで連れてきたわけじゃないですよね?」
メイとミコトさんの反応は、俺の予想とは正反対だった。ミコトさんに至っては、露骨に顔をしかめている。
――思ってたのと違う……。
女の子には、この仮面のクールさが伝わらないのかもしれない。
でも、クマサンならわかってくれるはずだ。
俺は最後の希望を託し、クマサンへ視線を向ける。
「……人の趣味はいろいろだ。俺はそれについてどうこう言わないから安心しろ」
……いや、それ、フォローになってないから。
三人の冷めた視線にさらされ、俺の胸に「俺のセンスの方がおかしいのか?」という疑念が湧いてくる。
しかし、すぐに頭を振って打ち消した。
――違う! この仮面の真価は見た目じゃない。その特性だ!
「俺が見せたいものは、これからだよ!」
宣言するように言い放ち、俺は包丁を抜く。そして、視線を鋼鉄の巨体へと向けた。
アイアンゴーレムは、ウッドゴーレムと違い、侵入者排除の命令を刻まれた存在。近づけば、迷いなく襲いかかってくる。俺一人ならその背後を取ることはできない。でも、今の俺には心強い仲間がいる。
「クマサン、アイアンゴーレムのターゲットを取ってくれ!」
俺の言葉に、ミコトさんが息を呑む。
「ショウさん、包丁じゃアイアンゴーレムには通用しませんよ!」
当然の反応だ。狂気の仮面の力を知らなければ、俺の行動は無謀そのものに見えるだろう。
ちらりとクマサンの方を見る。クマサンもまた疑念を抱くだろうか、と一瞬考えたが――
「……何か考えがあるんだな。わかった、任せろ」
そう言い残し、クマサンは何の躊躇もなく前へと駆け出した。
――ああ、やっぱりクマサンは俺の相棒だよ!
その背中を追い、俺も走り出す。後ろでは、まだ釈然としない様子のミコトさんとメイも、俺に続いてきてくれた。
「スキル、挑発!」
クマサンの声が響く。
瞬間、アイアンゴーレムの顔がクマサンに向いた。巨体を揺らしながら、重々しい足音を立てて迫る。
――今だ!
俺はすかさず、アイアンゴーレムの横をすり抜けるように疾走し、一気にその背後へと回り込む。
「スキル、みじん切り!」
【ショウの攻撃 アイアンゴーレムにダメージ715】
【アイアンゴーレムを倒した】
アイアンゴーレムの固い巨躯が、金属が擦れる音を響かせて崩れ落ちる。こうなればもはや鉄塊と変わらない。
一人で魔猪やホブゴブリンと戦っていた時と違い、クマサンがいてくれれば、こうやって背後攻撃ができるため、一気にダメージが伸びる。なんとありがたいことか。
「ナイス、クマサン。助かったよ」
包丁を握った手を軽く上げ、感謝の意を示す。だが、クマサンは珍しく呆けたような顔をしていた。
それだけではない。
気づけば、ミコトさんとメイも、足を止めたまま、ぽかんとした表情を浮かべている。二人とも、こういう顔も可愛いな――などと軟派なことをふと思ってしまうが、その驚きも当然だろう。
ゴーレム特攻のハンマーならともかく、刃物武器でゴーレム相手にこのダメージ。しかも、使えないはずの料理スキルで。
俺の料理スキルのことを知っているだけに、理解が追いつかないのかもしれない。
「――これが俺の新たな力。狂気の仮面の力だよ」
坑道に設置された魔光石の光を反射し、白く輝く狂気の仮面。それを身につけた俺の姿に、三人はうっとりとした視線を向け――てくれたら、いいなぁ。