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第157話 ゴーレム狩り

「狂気の仮面の力……?」


 クマサンは小首をかしげながら、俺の言葉をオウム返しにする。その反応に、俺は力強く頷いた。


「ああ! 実は――」


 俺は三人に向かって、狂気の仮面の性能と、その入手経緯を説明した。

 なお、説明の中で、シアの正体に関しては伏せている。たまたま街で会い、ダモクレスの剣のお礼として受け取ったとだけ伝えるに留めた。理由としては妥当なため、怪しまれることもなく俺は胸を撫で下ろす。

 むしろ、三人の興味は狂気の仮面の力の方へと注がれていた。料理スキルにとってあまりにも都合のいい性能だったが、実際にアイアンゴーレムを一撃で屠ったことで、誰もその特性を疑うことはなかった。


「どうだい、この仮面は? すごいだろ?」


 俺は顔の仮面に指を当て、軽くトントンと叩く。

 先ほどの戦闘を見れば、きっと三人ともこの仮面に対する評価を変えるに違いない。たとえば、キャラデザが微妙なアニメでも、シナリオがよければそのキャラが魅力的に見えてくる。それと同じで、今の彼女達には、この仮面は先ほどとは違って映っているに違いない。


「確かに、すごいな……」

「はい、びっくりしました!」

「ショウのためにあるような仮面だな」


 感嘆の声を漏らす三人の目は、俺が最初に仮面をつけた時とは明らかに違っていた。

 うんうん、やっとわかってくれたか。

 俺は三人の視線を浴びながら、満足げにうなずく――が……。


『見た目はともかく』


 三人の声が、息を合わせたように重なった。


 ……あれ?


 俺は仮面に指を当てたまま固まり、仮面の奥で苦笑いする。

 ……残念ながら、この仮面のビジュアル的良さは、彼女達に伝わらなかったようだ。

 だけど、俺はめげない。少なくともこの仮面の性能を理解してもらえたのは確かだ。

 俺は気を取り直し、三人に向かって提案する。


「この仮面さえあれば、ゴーレムだって獲物の一つだ。むしろ、相手の防御力を無視してダメージを与えられる料理スキルは、防御力の高いゴーレム相手に最適とも言える。今日はここで素材稼ぎをしようぜ」


 ゴーレムがドロップする素材は貴重だが、頑丈すぎて討伐に時間がかかるため、一般的に狩りの効率は決して良いとは言えない。だが、俺の料理スキルにとって防御力など無意味なもの。普通のパーティなら討伐に手間のかかるこの敵も、狂気の仮面の力があれば、倒しやすい敵へと一変する。


「た、確かに!」

「これはかなり効率のいい素材集めになりそうですね」

「まさか念願のゴーレム狩りができるとは……!」


 三人とも、一瞬で目を輝かせた。この鉱山が、俺達にとってまさに宝の山であることを理解したのだ。

 これまでの俺達は、俺の料理スキルの特性上、戦える敵が限られており、金策には苦労してきた(鍛冶で金を稼げるメイは除く)。肉類の素材は大量に入手できるものの、もともとドロップしやすいアイテムであるため、市場には溢れ返っており、どれほど集めてもたいした利益にはならない。

 だが、ゴーレムが落とす銀や金、そしてミスリルといった鉱物系素材は話が違う。武器防具の材料としての需要はもちろん、魔法のスクロールのような消耗品にも使われるため、市場価値は常に高い。さらに、NPCショップで売っても相応の価格がつくため、プレイヤー間取引でも値崩れすることがない。

 つまり今、俺達はギルド結成以来初めて、効率的な資金稼ぎの狩りができる状況を手に入れたのだ。


「それじゃあ、みんな、行くぞ!」

「おう!」

「はい!」

「了解だ」


 俺を先頭に、俺達は鉱山の奥深くへと足を進めた。




「スキル、半月切り!」


 俺の包丁が閃き、ゴールドゴーレムの巨体が鈍い音を立てて崩れ落ちた。砕けた黄金の破片とともに、もはや金の塊と化したゴーレムが床に転がる。

 鉱山のかなり奥まで来たおかげで、このあたりにはシルバーゴーレムに混じって、ゴールドゴーレムも徘徊している。ゴールドゴーレムは、シルバーゴーレムよりも素材の特性上柔らかく、防御力こそ低いが、その代わりに攻撃力が格段に高い。そのため、多くの冒険者にとっては、魅力的な素材を落とすものの、リスクの大きい危険な敵だと認識されている。しかし、俺達のパーティには、どんな攻撃にも耐える堅牢な盾――クマサンと、最強の矛――俺がいる。俺達にとっては、ゴールドゴーレムなど、歩く金塊だと言っても過言ではない。


「今回はなかなかの数の金素材がドロップしましたよ!」


 ドロップアイテムのリストを見て、ミコトさんがはしゃいでいる。

 鉱物系の素材は、鍛冶師であるメイにとって極めて有用なアイテムだ。しかし、俺達のギルドでは、素材系のドロップアイテムはあくまでロット勝負で分配するのが決まりになっている。ロットの数値が今回の稼ぎに直結するため、全員の気合が入る。


「今度も俺がいただくぜ!」


 今回のドロップは金素材が五つ。五回のロット結果は、どれもがなかなかの数値だった。

 普段はロット運の悪さに定評のある俺だが、今日はどういうわけか調子がいい。今回も、五つのドロップアイテムのうち、二つを俺が獲得した。


 ――もしかして、この狂気の仮面を手に入れてから、俺の運が上向いてきたのか?


 そんな気がしてならない。

 まるで、この仮面とともに女神が微笑んでいるような――いや、もしかすると、本当に何かの加護を受けているのかもしれない。正直、こうやって運を授けてくれるのなら、たとえそれが狂気の女神であっても構わないと思えてくる。


「このあたりで一旦休憩しようか」


 そう提案したのはクマサンだった。ゴーレムのターゲットを取り続けてくれているクマサンのSPは、それなりに減っている。そして、そのクマサンの体力を回復し続けているミコトさんやメイも同様だ。


「そうですね。SPには余裕を持たせておいたほうがいいですし」


 ミコトさんはそう言いながら、俺に視線を向けてきた。

 確かに三人とも消耗しているが、一番SPを消費しているのは、ほかの誰でもなく俺だった。まだ半分近くは残っているが、逆に言えばすでに半分を切っているとも言える。

 これだけあれば多少の連戦は可能だが、今はほかのパーティと取り合いをしているわけでもなく、焦る必要はない。むしろ、十分な安全マージンを取るべきだ。それは俺自身よくわかっている。だからこそ、いつもなら適当なところで休憩を提案するのは俺の役目だった。なのに、今回休憩を言い出したのは、俺ではなくクマサンだった。

 ……狂気の仮面を手に入れて、俺の気持ちがだいぶイケイケになっているのかもしれない。


「……そうだな。ここらで一度SPを全快させておこう」


 強い力を手に入れて好戦的になっているのなら危険な兆候だ。俺は一度深呼吸して心を落ち着かせると、しゃがみ込んで休息状態に入った。

 ほかの三人も同じように腰を下ろし、休息を取る。


 …………。


 やがて、先にSPを回復させたクマサン、ミコトさん、メイが休息を終え、立ち上がった。


「敵が近づいてきてないか、警戒してくる」

「わかった、よろしく頼む」


 もし周囲に敵の気配があるなら、適当なところで休息を切り上げて戦闘態勢を取る必要がある。クマサンはそういった事態に備え、周囲の様子を見に行ってくれた。


「じゃあ、私はゴールドゴーレムがいないか、ちょっと探してくるよ」

「見つけても一人で無茶はするなよ」


 メイもまた別の方向へと歩き出す。その背中はどこか軽やかで、彼女がこの探索を楽しんでいることが伺えた。


「それじゃあ、私はあっちを見てきますね」

「ミコトさんも気をつけて」


 ミコトさんが軽く手を振りながら坑道の別方向へと消えていく。

 残されたのは俺一人。静寂が広がり、三人のわずかな足音すら聞こえなくなった。

 みんな、仕事熱心なのはいいが……。

 一人取り残されると、ちょっと寂しい。

 せめて誰か一人くらい、話し相手に残ってくれてもよかったのにな。


 ため息をつきつつ、俺は何気なく坑道の壁に目をやる。

 この鉱山は、長年の採掘によって掘り進められたもので、壁の表面はごつごつとした石や土で覆われている。所々に取り付けられた魔光石がぼんやりと淡い光を放ち、壁の凹凸を柔らかく照らし出していた。


「……ん?」


 違和感に気づいたのは、まったくの偶然だった。

 視線の先、坑道のごつごつとした岩壁に、不自然な二つのくぼみがある。まるで何か意図を持って作られたような、整った形状。その位置や形からすると、手を差し入れるためのものに見える。まるで「ここに手を入れろ」と誘うかのように。


「……まさかな」


 一瞬、あり得ないと頭を振る。だが、好奇心のほうが勝った。

 ちょうどSPが全快したので、休息を終えて立ち上がり、そのくぼみへと歩み寄った。

 改めて見ると、二つの穴は軽く両手を広げたくらいの間隔で、ちょうど手のひらがぴったり収まるサイズだ。試しに指を差し込んでみると、内部は驚くほど滑らかに加工されており、穴の内部は上向きに広がっている。しっかり指をかけられる形状――つまり、これは押すでも引くでもなく、持ち上げるための仕掛けだ。

 俺は差し込んだ指に慎重に力を込め、ゆっくりと持ち上げてみた。


 ゴゴゴゴゴ……


 鈍い音が坑道に響き渡る。

 それほど力を入れたわけでもないのに、岩壁の一部がまるで巨大なシャッターのように動き出した。滑らかに、ゆっくりと上へとせり上がっていく。


「……マジかよ」


 その先に現れたのは、明らかに人工的な空間だった。

 坑道の荒い岩肌とは違う、灰色の壁。まるでコンクリートのような質感を持ち、長年の風化すら感じさせない整った造り。そして、部屋の奥には、一つの宝箱が鎮座している。

 こんな仕掛け、普通に探索しているだけでは絶対に気づかない。もしかすると、俺はこの場所を最初に発見したプレイヤーかもしれない。


「……だとしたら、とんでもないお宝が眠っているかも」


 胸の奥で期待が膨らむ。

 やはり、今の俺はとても運がいい。本当に女神の加護を受けているのかもしれない。


 ――これはもう、開けるしかない!


 高鳴る鼓動を押さえながら、俺は静かに隠し部屋へと足を踏み入れた。



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