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第158話 トラップ

 たいして広くない縦長の隠し部屋を進む足音が、静寂に吸い込まれるように響く。

 俺は奥へと歩を進め、ぽつんと佇む宝箱の前で立ち止まった。

 この手の宝箱には罠が仕掛けられていることが多い。もし俺がサブ職業にシーフや探検家あたりを選んでいれば、罠の有無を事前に調べることもできたはずだ。しかし、今日はゴーレム狩りが目的。そんな便利スキルを持ち合わせているはずもない。

 とはいえ、この部屋自体が隠し部屋であることを考えれば、さらに宝箱に罠を仕掛ける可能性は低い。普通、罠を設置するなら、もっと目立つ場所に置かれた宝箱のほうが効果的だからだ。

 俺は膝を折り、宝箱に手をかけた。


「トラップが怖くて冒険者なんてやってられるかってなもんだよな」


 独りごちて気合を入れ、一気に蓋を開ける。


「さあ、どんなお宝が入っているのかな――あれ?」


 期待に胸を膨らませながら中を覗き込んだが、残念ながら中は空っぽだった。

 そして、拍子抜けする俺の前に、無情なメッセージが現れる。


【宝箱にはトラップが仕掛けられていた】

【スキル封印状態になった】


 ……やられた。

 手の込んだ隠し部屋を作った上で、わざわざダミーの宝箱にトラップを仕掛けるなんて、運営の性格の悪さが滲み出ている。

 だが、ここに俺しかいないのは幸運だった。この手のトラップは、近くにいるパーティメンバーも一緒に食らうことが多い。スキル封印は時間が経てば自然に回復するし、ミコトさんなら状態異常の解除もできる。彼女が巻き込まれていないのなら、たいした問題にはならない。


「……ミコトさんのところへ行くか」


 ため息をついて立ち上がり、踵を返した。


「……あれ?」


 俺が上に引き上げたはずの壁が、いつの間にか静かに閉じていた。重厚な灰色の壁が、まるで最初からあったかのように無機質な圧迫感を放ち、出口を完全に塞いでいる。


「いつの間に……」


 一見したところ、こちら側の壁には、手を差し込む穴がない。中に入ったら、こちら側からは開けられない仕組みか?

 閉じ込められたかもしれないが、俺に焦りはない。パーティメンバーは外にいる。パーティチャットで連絡を取れば、向こう側から開けてもらえばいいだけの話だ。


「……くだらない仕掛けだな」


 そうつぶやいて肩をすくめた。その時――


 ゴゴゴコゴ……


 鈍い振動音が空間を震わせる。聞き覚えのある、壁のせり上がる音だ。

 だが、俺が入ってきた入り口の壁は、変わらず静止したまま。そもそも、音は、入り口方向ではなく、奥側から聞こえる。

 何が起こっているのか確認するため再び前を向くと――宝箱の向こうの壁がゆっくりとせり上がっていた。


 ――もしかしてこの奥に更なる隠し部屋か?


 しぼんでいた期待が、また膨らみ始める。

 身を屈めて、上がった壁の下から向こう側を覗き込むと、暗闇の中で鈍く光る金属の輝きが目に飛び込んできた。


 これは……銀や金ではない。この輝きは――ミスリル!



 ミスリルは、銀よりも軽くて固く、金よりも美しい、至高の金属だ。それが大量に手に入るとなれば、一攫千金のチャンスだ。


「ダミー宝箱と見せかけて、実はこんな財宝を用意しているなんて、運営も憎い演出をしてくれるじゃないか!」


 先ほどまで浮かんでいた運営への恨みはどこへやら、興奮と期待が胸を高鳴らせる。

 俺は壁が上がり切るのを今か今かと待ちわびた。

 しかし――


「あれ……?」


 徐々に壁が上がり、姿を現していくそれが、俺の期待したものではないことに気づく。

 最初は二本のミスリルの柱が立っているのだと思った。

 だが、それは柱ではなく、明らかに二本の足だった。当然、足の先には胴があり――


「ミスリルゴーレム!?」


 壁の向こうは狭い部屋。そこに鎮座する、一体の巨大なミスリルゴーレム。

 ミスリルゴーレムを倒せば、ミスリル素材が手に入る。しかし、ミスリルゴーレムはレアポップなので、鉱山に入ってから一度も出会えていなかった。出てきてくれとは願っていたが、こんな状態で対峙することになるなんて、間違っても望んじゃいなかった。

 そして、こんな形で姿を見せたということは、このままじっとしていてくれるはずもなく――


「やっぱりそうなるよな!」


 壁が完全に上がり切った瞬間、それまで時間が止まったかのように微動だにしなかったミスリルゴーレムが動き出した。その動きは、完全に俺を排除すべき標的と定めたものだ。


「スキル封印状態で閉じ込めたうえに、ミスリルゴーレムをけしかけるとか……どんな嫌がらせだよ!」


 戦うなんて論外だ。料理スキルが使えるのならまだしも、スキル封印状態でこいつとタイマン勝負をするなんて自殺行為に等しい。

 俺は即座に踵を返し、入ってきた壁の方へと駆け出した。

 だが――


「くそっ! 開かない!」


 壁を押し、引き、手を滑らせながら持ち上げようとするが、まるでびくともしない。穴や突起、隠しスイッチのようなものも見当たらない。

 その間にも、背後からは重厚な足音が着実に迫ってくる。振り返らずともわかる。あの巨体が、確実にこちらに向かっているのだ。

 まずい! 死ぬって、こんなの!


「おーい! 誰かそっちにいないのか!」


 壁に向かって大声で呼びかける。

 二度の壁が開く音は、きっとみんなのところまで届いているはずだ。ならば、異変を察知して戻ってきている可能性は十分にある。


 …………。


 残念ながら返事はない。


「おーい! クマサン! ミコトさん! メイ!」


 もう一度声を上げるが、壁の向こうからは何の反応もなかった。

 そんな俺に影が差す。

 おそるおそる振り向けば――ミスリルゴーレムが、銀よりも艶やかに輝くその太い腕を高く振り上げていた。


 ――ヤバイ!


 俺は反射的に防御態勢を取る。


【ミスリルゴーレムの攻撃 ショウにダメージ65】


 防御はした。だが、それでも骨まで響くような衝撃が身体を揺らし、容赦ないダメージが襲いかかってきた。

 相手がアイアンゴーレム程度なら、レベル差でどうにかなったかもしれない。だが、目の前にいるのはゴーレムの中でも最上級クラスのミスリルゴーレム。今の俺のレベルでも、一人でやり合える相手じゃない。防御で大幅にダメージを軽減させたはずなのに、体力ゲージを大きく削られた。

 そもそも、タイマンでの防御は単なる延命措置でしかない。このままでは俺の先にあるのは確実な死だけだった。

 一人では勝てない――ならば、俺にできることは一つだ。


「みんな、ミスリルゴーレムに襲われている! 助けてくれ!」


 慌ててパーティチャットで仲間達に救援を求めた。


『ショウ、姿が見えないぞ! どこにいるんだ!?』

『ダメージを受けるじゃないですか! まずは逃げてください!』

『もう、何をやってるんだか……』


 心配するような、呆れたような、それぞれの仲間の声が返ってくる。

 どうやらクマサン達も戻ってきて、俺を探してくれているようだった。


「さっきゴールドゴーレムを倒したところの近くだ! 隠し部屋でミスリルゴーレムに襲われている! 逃げ場がないんだ!」

『隠し部屋!? そんなの見当たらないぞ!?』

「トラップが発動して、壁が勝手に下りて閉じ込められた! 近くの壁に手を差し込める穴がある! そこに手を入れて持ち上げれば、隠し部屋が出てくるはずだ!」

『どこも似たような壁ばかりだぞ! そう言われても簡単に見つからない!』


 仲間達は確かに近くまで来ている。だが、俺が見つけた穴を発見できずにいるようだった。

 無理もない。俺だって偶然見つけたものだ。意識して探そうとしても、あれを簡単に見つけるのは容易じゃないかもしれない。


 ――ガシッ


【ミスリルゴーレムの攻撃 ショウにダメージ68】


 亀のように身をすくめて防御する俺に、ミスリルゴーレムの容赦ない拳が振り下ろされる。

 くそっ! このままじゃ本当にやばい……! 一旦回復アイテムで時間を稼いで――


「――あ」


 アイテムを使おうとした瞬間、俺は最悪の事実を思い出した。


「……狂気の仮面を装備したままだった」


 自重気味につぶやく。

 そう、この白い仮面をつけている限り、通常攻撃もアイテムの使用もできない。そういえば、鉱山に入る前に装備してからずっと付けっぱなしだった。

 防御だけはできるのがせめてもの救いだが、スキル封印を食らっている今、俺にできることは本当になにもない。


「ひぃー! 仮面のせいで回復もできない! みんな、助けてくれぇ!」


 声を張り上げる。

 できることがあるとすれば、仲間を信じることだけだった。俺の体力が尽きる前に、みんなが隠し部屋の壁を開けてくれる、と。

 その時だった。


『あったぞ、ショウ!』


 ――――!

 クマサンの声に心が震える。ありがたい!


「ナイス、クマサン! そこに手を入れて、上に持ち上げれば壁がせり上がるんだ!」

『わかった!』


 これでようやく助かる――そう思えば、目の前で拳を振り上げるミスリルゴーレムの存在すら怖くはなくなる。


【ミスリルゴーレムの攻撃 ショウにダメージ66】


 大丈夫。俺の体力はまだある。

 クマサンがすぐにでも壁を開け、ゴーレムのターゲットを取ってくれる。


 …………。


 だが、いくら待っても、背後の壁は微動だにしなかった。


「クマサン、どうしたんだ!?」

『……ショウ、この壁、ピクリとも動かないぞ! 本当にこの壁が開くのか?』


 冗談を言っている声ではなかった。その声には焦りが滲んでいた。

 そんなはずはない。俺の力で簡単に開いたんだ。クマサンの力で開かない理由がない。

 あるとすれば――このミスリルゴーレムを倒さないとここから出られない仕掛け。そんな考えが脳裏をよぎった。


 ……あー、これはマジで死んだかも。



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