二台のチャリオットからなんとか離れられ、ようやく一息つける――が、安心している余裕はない。
この状況で、ほかの二台が取るべき最善手は、安全地帯で何もせずに待つことだ。そうしていれば、俺達は魔障嵐の中でじわじわと体力を削られ、やがて死ぬか、焦れて飛び出した先で二匹の猛獣に喰われるしかない。
もし、嵐の向こうにいるリーダー達が、二人とも俺だったら、間違いなくそうする。
だけど――あんた達なら違うだろ。ねーさん、そして、ソルジャー!
ねーさんはともかく、ソルジャーがどういうやつなのか、俺はよく知らない。けれども、このイベントを通してわかったことがある。あいつは祭りを傍観するなんてできない奴だ。自分自身が飛び込まなきゃ気が済まない。黙ってみているだけなんて、絶対にできない奴だ。
そして、そういう気質は、ねーさんも同じはず。
だったら――
「やっぱり来たな!」
俺は思わず声を上げた。
魔障嵐の手前で一旦は立ち止まっていた二台のチャリオットが、瘴気によるダメージなど意に介さず、この危険地帯へと飛び込んできたのだ。
――そうだろう。あの二人が、大人しくしているわけがない!
一番理想的な展開は、安全地帯に残った二人が潰し合いをしてくれることだったが、さすがにそこまでうまくはいかなかった。
それでも、残った三チームがすべて魔障嵐に突入したこの状況は悪くない。
「メイ! ここは逃げの一手だ!」
「了解!」
俺達は安全地帯からさらに離れ、魔障嵐の奥へと突き進んでいく。
だが、悲しいかな、今の俺達はねーさん達とソルジャー達の、二チームからターゲットにされている。そのため、補正による速度低下効果は二倍。後ろの二台との距離は確実に詰まってくる。
しかも、その間にも俺達の体力ゲージはどんどん削られ続けている。
「範囲ヒールをかけます!」
ミコトさんが叫び、回復スキルを発動する。全快とまではいかないが、魔障嵐で命を落とすような心配はひとまずない。
「メイ! もっと時間を稼いでくれ!」
「無茶を言う!」
ダブルの速度補正のせいで、速度差は大きい。無茶な頼みだとはわかっている。
それでも、メイが俺の期待に応えようと必死なのが伝わってくる。
彼女は、チャリオットを障害物だらけの岩石地帯へと向かわせた。
ここは、その名の通り、大きな岩が無数に転がり、左右に大きく避けながら進まないといけない面倒なフィールドだ。そこをチャリオットで進むには、高い操縦テクニックが要求される。ひとたびコース取りのために減速すれば、後続に一気に追いつかれる。だけど、逆に言えば、それは御者の腕次第で、チャリオットの速度差をカバーできるということでもあった。
「しっかり掴まってろよ!」
メイが手綱を鋭く引いた。二頭の馬が応え、急角度で巨岩をかすめるようにかわしながらも、速度を落とさず突き進む。俺達の台座の車輪が悲鳴を上げ、大きくアウト側へと振られた。仕様上台車から投げ出されることはないが、俺達は強烈な横Gに晒され、態勢を保つため柵にしがみつく。
――メイ、すげぇ……!
正直、ここまでのテクニックを持っているとは思わなかった。
「誰一人、私に追いつかせはしないよ!」
メイが叫ぶと同時に、車輪が岩をかすめ、台座が軋む音を上げた。二重の速度補正を受けているはずなのに、後続の二台との距離はほとんど縮まっていない。
たいした女だ、本当に。
……でも、プライベートでメイの運転する車にだけは絶対に乗らないと、心に誓った。
俺達は、メイの必死のドライビングテクニック(?)により、岩石地帯で大きく時間を稼ぐことができた。だけど、それとていつまでも続けられるものではない。
岩石地帯を抜け、いよいよ二台のチャリオットが、すぐ背後に迫ってきた。
逃げ続けている間にも、俺達の体力は魔障嵐に削られ続け、回復を担うミコトさんのSPも限界に近づいていた。
けれど、それは後ろの二チームだって同じだ。
体力ゲージを見れば、彼らも回復が限界に近いことがわかる。
――そろそろ頃合いか。
「――みんな! ここで勝負をつけるぞ!」
俺は仲間達に呼びかけた。クマサンもミコトさんも、真剣な表情をうなずく。戦う覚悟はできているようだ。
俺達は迫り来る二チームを迎え撃つため、態勢を整える。
「ショウ! ようやく追いついたぞ!」
「観念するがいい!」
ここまでの追いかけっこに辟易していたのだろう。ねーさんとソルジャーが吼えるように叫んできた。
その声に、俺は静かに目を細める。
――ねーさん、わかってるよな?
今この瞬間、俺達よりも、倒すべき厄介な敵がいる。
冷静に戦局を見ているなら、その判断は明白なはずだ。
――ねーさん、伊達にHMMギルドのギルマスをやってるわけじゃないだろ? 信じてるからな!
そして――三台のチャリオットが、ついに戦闘可能範囲へと突入した。
「みじん切り!」
「雷撃斬!」
「メガサンダー!」
「
「阿修羅斬!」
怒涛のスキルが一斉に放たれる。
ミコトさんはクマサンにかばわれ、俺も辛くも踏みとどまった。
だが、俺の放った一撃はザ・ニンジャの分身を切り裂いただけ――本体には届かなかった。
それでも、俺の目は、流れた戦闘ログの中の一文を捉えた。
【シアがザ・ニンジャを倒した】
王を失ったソルジャーチームは、敗退の証である半透明と化す。
――やってくれた!
俺は心の中でガッツポーズを決める。
魔障嵐に入ってからは、瘴気のダメージに耐える消耗戦と化していた。
ヒーラーも、回復能力持ちのタンクもいないソルジャーチームにとって、それは最悪の環境だったはずだ。
実際、薬も尽きていたのだろう。接敵したときには、ザ・ニンジャの体力はすでに半減していた。あと一撃、強烈なダメージを叩き込めば倒せる状態だった。
三チームの中でも最大火力を誇り、さらに面倒な回避スキルを有する厄介な相手。そのチームの王を討ち取る最大のチャンス――それは、俺達が必死に逃げ回り、時間を稼ぐことによって作り出したものだ。
だが、俺一人の攻撃だけでは、また分身に阻まれる可能性があった。
――それを、ねーさんも理解していた。
俺達にとっても、ねーさん達にとっても、優勝を狙うならここでソルジャーチームを潰すのが最善の一手。だからこそ、彼女はシアとアセルスに、ザ・ニンジャへの攻撃を指示していたのだ。
俺の攻撃は分身を消しただけだが、シアの一撃――いや、ダモクレスの剣の効果による二撃が、ザ・ニンジャの本体を確実に捉えていた。
俺はシアと視線を交わす。
――シア、ナイス!
――次はショウさんを倒しますよ!
言葉を発せずとも、彼女の瞳がそう語りかけてきた気がした。
「ショウ! 最後の勝負だ!」
ねーさんが吼える。
「望むところだ!」
俺も叫び返す。
残るチャリオットは二台だけ。
最後まで立っていた者が――このイベントの勝者だ!