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第180話 最初の脱落チーム

 二台のチャリオットからなんとか離れられ、ようやく一息つける――が、安心している余裕はない。

 この状況で、ほかの二台が取るべき最善手は、安全地帯で何もせずに待つことだ。そうしていれば、俺達は魔障嵐の中でじわじわと体力を削られ、やがて死ぬか、焦れて飛び出した先で二匹の猛獣に喰われるしかない。

 もし、嵐の向こうにいるリーダー達が、二人とも俺だったら、間違いなくそうする。


 だけど――あんた達なら違うだろ。ねーさん、そして、ソルジャー!


 ねーさんはともかく、ソルジャーがどういうやつなのか、俺はよく知らない。けれども、このイベントを通してわかったことがある。あいつは祭りを傍観するなんてできない奴だ。自分自身が飛び込まなきゃ気が済まない。黙ってみているだけなんて、絶対にできない奴だ。

 そして、そういう気質は、ねーさんも同じはず。

 だったら――


「やっぱり来たな!」


 俺は思わず声を上げた。

 魔障嵐の手前で一旦は立ち止まっていた二台のチャリオットが、瘴気によるダメージなど意に介さず、この危険地帯へと飛び込んできたのだ。


 ――そうだろう。あの二人が、大人しくしているわけがない!


 一番理想的な展開は、安全地帯に残った二人が潰し合いをしてくれることだったが、さすがにそこまでうまくはいかなかった。

 それでも、残った三チームがすべて魔障嵐に突入したこの状況は悪くない。


「メイ! ここは逃げの一手だ!」

「了解!」


 俺達は安全地帯からさらに離れ、魔障嵐の奥へと突き進んでいく。

 だが、悲しいかな、今の俺達はねーさん達とソルジャー達の、二チームからターゲットにされている。そのため、補正による速度低下効果は二倍。後ろの二台との距離は確実に詰まってくる。

 しかも、その間にも俺達の体力ゲージはどんどん削られ続けている。


「範囲ヒールをかけます!」


 ミコトさんが叫び、回復スキルを発動する。全快とまではいかないが、魔障嵐で命を落とすような心配はひとまずない。


「メイ! もっと時間を稼いでくれ!」

「無茶を言う!」


 ダブルの速度補正のせいで、速度差は大きい。無茶な頼みだとはわかっている。

 それでも、メイが俺の期待に応えようと必死なのが伝わってくる。

 彼女は、チャリオットを障害物だらけの岩石地帯へと向かわせた。

 ここは、その名の通り、大きな岩が無数に転がり、左右に大きく避けながら進まないといけない面倒なフィールドだ。そこをチャリオットで進むには、高い操縦テクニックが要求される。ひとたびコース取りのために減速すれば、後続に一気に追いつかれる。だけど、逆に言えば、それは御者の腕次第で、チャリオットの速度差をカバーできるということでもあった。


「しっかり掴まってろよ!」


 メイが手綱を鋭く引いた。二頭の馬が応え、急角度で巨岩をかすめるようにかわしながらも、速度を落とさず突き進む。俺達の台座の車輪が悲鳴を上げ、大きくアウト側へと振られた。仕様上台車から投げ出されることはないが、俺達は強烈な横Gに晒され、態勢を保つため柵にしがみつく。


 ――メイ、すげぇ……!

 正直、ここまでのテクニックを持っているとは思わなかった。


「誰一人、私に追いつかせはしないよ!」


 メイが叫ぶと同時に、車輪が岩をかすめ、台座が軋む音を上げた。二重の速度補正を受けているはずなのに、後続の二台との距離はほとんど縮まっていない。

 たいした女だ、本当に。

 ……でも、プライベートでメイの運転する車にだけは絶対に乗らないと、心に誓った。


 俺達は、メイの必死のドライビングテクニック(?)により、岩石地帯で大きく時間を稼ぐことができた。だけど、それとていつまでも続けられるものではない。

 岩石地帯を抜け、いよいよ二台のチャリオットが、すぐ背後に迫ってきた。

 逃げ続けている間にも、俺達の体力は魔障嵐に削られ続け、回復を担うミコトさんのSPも限界に近づいていた。

 けれど、それは後ろの二チームだって同じだ。

 体力ゲージを見れば、彼らも回復が限界に近いことがわかる。

 ――そろそろ頃合いか。


「――みんな! ここで勝負をつけるぞ!」


 俺は仲間達に呼びかけた。クマサンもミコトさんも、真剣な表情をうなずく。戦う覚悟はできているようだ。

 俺達は迫り来る二チームを迎え撃つため、態勢を整える。


「ショウ! ようやく追いついたぞ!」

「観念するがいい!」


 ここまでの追いかけっこに辟易していたのだろう。ねーさんとソルジャーが吼えるように叫んできた。

 その声に、俺は静かに目を細める。


 ――ねーさん、わかってるよな?


 今この瞬間、俺達よりも、倒すべき厄介な敵がいる。

 冷静に戦局を見ているなら、その判断は明白なはずだ。


 ――ねーさん、伊達にHMMギルドのギルマスをやってるわけじゃないだろ? 信じてるからな!


 そして――三台のチャリオットが、ついに戦闘可能範囲へと突入した。


「みじん切り!」

「雷撃斬!」

「メガサンダー!」

血刃乱舞ブラッディカーニバル!」

「阿修羅斬!」


 怒涛のスキルが一斉に放たれる。

 ミコトさんはクマサンにかばわれ、俺も辛くも踏みとどまった。

 だが、俺の放った一撃はザ・ニンジャの分身を切り裂いただけ――本体には届かなかった。

 それでも、俺の目は、流れた戦闘ログの中の一文を捉えた。


【シアがザ・ニンジャを倒した】


 王を失ったソルジャーチームは、敗退の証である半透明と化す。


 ――やってくれた!


 俺は心の中でガッツポーズを決める。

 魔障嵐に入ってからは、瘴気のダメージに耐える消耗戦と化していた。

 ヒーラーも、回復能力持ちのタンクもいないソルジャーチームにとって、それは最悪の環境だったはずだ。

 実際、薬も尽きていたのだろう。接敵したときには、ザ・ニンジャの体力はすでに半減していた。あと一撃、強烈なダメージを叩き込めば倒せる状態だった。

 三チームの中でも最大火力を誇り、さらに面倒な回避スキルを有する厄介な相手。そのチームの王を討ち取る最大のチャンス――それは、俺達が必死に逃げ回り、時間を稼ぐことによって作り出したものだ。

 だが、俺一人の攻撃だけでは、また分身に阻まれる可能性があった。

 ――それを、ねーさんも理解していた。

 俺達にとっても、ねーさん達にとっても、優勝を狙うならここでソルジャーチームを潰すのが最善の一手。だからこそ、彼女はシアとアセルスに、ザ・ニンジャへの攻撃を指示していたのだ。

 俺の攻撃は分身を消しただけだが、シアの一撃――いや、ダモクレスの剣の効果による二撃が、ザ・ニンジャの本体を確実に捉えていた。

 俺はシアと視線を交わす。


 ――シア、ナイス!

 ――次はショウさんを倒しますよ!


 言葉を発せずとも、彼女の瞳がそう語りかけてきた気がした。


「ショウ! 最後の勝負だ!」


 ねーさんが吼える。


「望むところだ!」


 俺も叫び返す。

 残るチャリオットは二台だけ。

 最後まで立っていた者が――このイベントの勝者だ!



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