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第181話 生き残ったのは――

 残った二チームによる激しい戦いが繰り広げられた。

 互いのスキルが乱れ飛ぶ。

 こちらの薬はすでに尽き、回復に使えるのはミコトさんの残りのSPだけ。

 だけど、それはフィジェットねーさん達も同じようだ。ねーさんの体力こそ維持されているものの、シアとアセルスの体力までは十分に回復しきれていない。

 魔障嵐による継続ダメージは、着実にヒーラーのSPを削っていたということだ。


 ――つまり、お互いに極限状態ってわけだ!


「みじん切り!」


 幸い、SP消費の軽い料理スキルのおかげで、俺のSPはまだ残っている。俺は渾身の一撃を、目の前のシアにお見舞いした。


【ショウの攻撃 シアにダメージ485】

【シアを倒した】


 ――よしッ!

 シアには悪いが、これでアタッカーの一角を崩した。

 ダモクレスの剣を所持する彼女は、こちらにとって最大の脅威。それをここで落とせたのはデカい!

 だが、喜んだのも束の間――


「紅蓮黒龍波!」


【アセルスの攻撃 ショウに381】


 アセルスの魔法スキルが、俺の残っていた体力を一気に消し去った。

 瀕死――それでも、ギリギリ生きている。

 ミコトさんに俺を回復するだけのSPはもう残っていない。


 わずかに残った体力も、すぐに魔障嵐に削られるだろう。

 けど――その前に!


「乱切り!」


 俺の包丁がアセルスを切り裂いた。


【ショウの攻撃 アセルスにダメージ392】

【アセルスを倒した】


 ――よっしゃぁ!

 左手で小さくガッツポーズを作る――が、その直後、魔障嵐が残りわずかな俺の体力を容赦なく奪い去っていく。


【ショウは死亡した】


 ……ここまでか。

 俺の身体は半透明になり、もう戦いに介入することはできない。

 俺にできるのは、もう仲間を信じることだけだった。


 二台の台座に残ったのは、これでミコトさんとクマサン、そしてねーさんの三人だけ。

 残り体力は、わずかにミコトさんが多い。

 防衛者であるクマサンは攻撃行動を取れない。二人の女王による殴り合いが始まった。

 どちらの女王ともすでにSPは尽きている。

 攻撃力では、巫女のミコトさんよりも、聖騎士のねーさんの方が上。このままなら、体力はねーさんが逆転してしまう。


 ――だけど、クマサンの存在を忘れてもらっちゃ困る!


【クマサンはミコトをかばった】


 クールタイムを終えたクマサンが「かばう」を発動させた。

 これにより、ミコトさんが受けるダメージは魔障嵐による継続ダメージのみとなった。ねーさんの攻撃は、すべてクマサンが引き受けてくれる。

 現時点で、体力はミコトさんがまだ上――

 つまり、この勝負は俺達の勝ちだ!


 見守ることしかできない俺は、ねーさんに視線を向ける。

 すると彼女は、こちらを見返しながら、ニヤリと口元を歪めた――気がした。


 ――なんだ!? まだ何か隠し持っているものでもあるのか!?


「それで勝ったつもりかい? ――残念だったね!」


 ねーさんが、まるで勝利宣言のように高らかに言い放つ。


「うちには『ナイトオブナイツ』があるのを忘れてたようだね!」


 それは、常時SPを自動回復する超レア装備。

 とはいえ、回復量は数秒に1程度で、SPを潤沢に保てるほどのぶっ壊れ装備ではない。だがそれでも、時間があれば、尽きていたSPをヒール一発使える程度にまで回復させるには十分だった。


「ヒール・大!」


 ねーさんの体力が大きく回復し、ミコトさんの体力を一気に逆転する。

 そして、すぐに防御姿勢に入った。

 クマサンがいる以上、ミコトさんに攻撃は通らない。ならば、防御に徹して少しでも体力の維持を図る――この局面での最善手だった。

 さすがねーさん。土壇場でも一切の迷いなく、最適解を選び取ってくる。

 一方、ミコトさんには、ねーさんと違いSP回復手段がない。――そう、ミコトさん自身にはな!


 ねーさんのチームには防衛者はいなかった。だから、知らないのだろう。

 防衛者は、攻撃に加われない代わりに、王を守るための特殊行動が可能だ。それは、「かばう」という守りの行動だけではない。


「トランスファーライフ」


 クマサンが防衛者専用スキルを発動した。

 それは、防衛者の残り体力をすべて消費することで、王の体力をその二倍分回復する命懸けのスキルだ。


【クマサンは死亡した】


 クマサンの脱落を示すシステムメッセージが流れた。

 しかし、その犠牲によって、ミコトさんの体力は一気に八割近くまで回復し、ねーさんの体力を大きく上回った。


「くっ……! マジか!?」


 ねーさんの顔に、明らかな焦りが走る。

 ねーさんとミコトさんの攻撃力の差を考慮しても、この体力差は覆せない。


「ミネコ! 安全地帯まで移動して! 魔障嵐のないところで時間を稼げば、まだ逆転は可能だよ!」


 ねーさんは即座に御者のミネコさんに指示を飛ばした。

 咄嗟の判断力と冷静な戦術眼――さすがHNMギルドのギルマスだ。

 だけど、ねーさんがそう考えるのは、想定内だよ!


「無理にゃん! もうマップのどこに安全地帯は残ってないにゃん!」

「なっ……何だって!?」


 ミネコさんの返答に、ねーさんが愕然とする。

 そう、ミネコさんの言う通り、すでにマップは魔障嵐に覆い尽くされていた。

 俺の狙いは、可能な限り安全地帯から離れた場所で戦うこと。帰還に時間がかかれば、それだけ相手に魔障嵐のダメージを与えられると考えてのことだ。

 けれど、実際には、メイがその想定を遥かに超えてくれた。彼女が全力で逃げ続け、ギリギリまで時間を稼いでくれたおかげで、この世界は魔障嵐に完全に飲み込まれ、安全地帯は完全に消滅した。


 ミコトさんとねーさん、二人の防御力は、攻撃力以上に差がある。純粋な殴り合いになれば、ねーさんに逆転の芽もあったかもしれない。

 だが、魔障嵐は防御力など関係なしに等しくダメージを与える。この状況では、ただ一点――残り体力が多い方が勝つ。


「――くっ! こうなったら戦うしかない!」


 逃げの選択を切り捨て、ねーさんが剣を大きく振りかぶった。

 魔障嵐で均等にダメージを受ける以上、時間稼ぎはねーさんにとって、緩慢な死を待つに等しい。

 もしほんのわずかにでも彼女に逆転の可能性があるとすれば、連続でクリティカルヒットを与え続けて体力値を逆転させた場合だけだ。


「フィジェットさん、負けません!」


 最後まで勝利への執念を捨てないねーさんに負けじと、ミコトさんも短剣を大きく振りかぶった。

 最初にミコトさんと出会った頃、彼女はリアルすぎるVRのモンスター相手に、攻撃するのすら躊躇していた。なのに、今の彼女は相手が同じプレイヤーであっても、迷いなく武器を振るっている。

 戦う彼女はとても勇ましく、そして美しかった。

 きっと今の彼女は、俺とクマサンの想いを背負って戦ってくれている。

 そして、ミコトさんとねーさん、女王と女王、女と女の激しい斬り合いが始まった。


 ねーさんの激しさは、いつも通り。

 だが、ミコトさんの剣裁きには、いつにも増して力強さが宿っていた。

 彼女の武器がこんなに真っすぐ、鋭く、そして美しく振るわれるのを、俺は初めて見た。


 そしてついに――二人の女王の戦いに、終止符が打たれる。


【ミコトの攻撃 フィジェットにダメージ15】

【ミコトがフィジェットを倒した】


 魔障嵐で減らされ続けたねーさんの最後の体力を、ミコトさんが削り切った。


 ――俺達の勝ちだ!


 既に死亡している俺だが、その腕を高く突き上げた。



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