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第182話 勝者と称号

【イベント「チャリオット」終了】


 目の前に、今回の運営イベント終了を告げるメッセージが浮かぶ。システムメッセージの文字が、いつもよりくっきりと目に映るのは、きっとこの湧き上がる興奮と歓喜のせいだろう。

 気づけば、あれほど吹き荒れていた魔障嵐は消え、半透明だった俺の身体も元に戻っている。そして、乗っていたチャリオットも静かに消失していた。

 イベント用のフィールドに隔離されていた俺達は、どうやら元の世界に返ってきたようだ。気のせいかもしれないが、空気がいつもの匂いに変わったように感じられる。

 そんな中、次のメッセージが続く。


【チャリオット勝利者――】


 それは、このイベントを最後まで生き残ったチーム。俺は思わず息を呑む。


【ミコト、メイ、クマサン、ショウ】


 そこに並んだのは、もちろん、俺達四人の名前だった。

 イベント参加者全員の前に、三つ星食堂四人の名前がこうやって表示されているはずだ。ちょっと照れくさいが……それ以上に誇らしくもある。

 本来、MMORPGではそれぞれのプレイヤーが主役だ。だから、他人の名前が運営からこうして表示されること自体がレアなのだ。それなのに、ハズレ職業とまで言われた料理人の俺の名前が、堂々とその一角に並んでいる。信じられないといった気持ちが湧いてくる。


 ――ただ、器の小さい男だと言われるかもしれないが、このパーティのリーダーである俺の名前が四番目だったことだけがちょっと引っ掛かる。

 女王のミコトさんが一番目なのはまだ納得できるが……早く死んだプレイヤーの名前が後回しにされてるのか?

 ……ダメだ。今はそんなことを気にするのはやめよう。

 俺は再びシステムメッセージを追った。


【勝利者プレイヤーには、勝利者報酬と称号「チャリオットマイスター」が贈られます】


 ――きたっ!

 勝利者報酬は、お金とレア素材と高級消耗品なので、正直そこまでほかのプレイヤーから羨ましがられるものではない。だけど、この「チャリオットマイスター」の称号だけは別だ。

 このイベントが再開催されない限り、俺達四人にしか与えられない、貴重な称号。金には換えられない価値がある。

 「1stドラゴンスレイ―」に続いて、俺達は二つ目の「四人だけの称号」を手にしたことになる。

 俺は手を高く掲げ、クマサン、ミコトさん、メイと順にハイタッチを交わした。全員の顔に浮かぶのは、戦い抜いた者だけが見せる誇らしさと充足感。

 ――この四人で、本当に良かった。


 俺達が喜びに浸る間にも、メッセージは続いていく。


【最多撃墜チャリオット賞――】


 続いて表示されたのは、イベント内で最も多くのプレイヤーを倒したチームに贈られる賞。

 受賞チームの予想はついていた。


【ソルジャー、アシュラ、ザ・ニンジャ、バッファロー】


 やっぱり。

 俺達を散々追い回してくれた連中の名前が並んだ。

 ……にしても、俺の時と違って、王でもないソルジャーの名前が一番目なのが、なんか腑に落ちない。王の名前が最初に来るんじゃなかったのか? それとも、賞が賞だから、倒した数の多い順になっているのだろうか? そのあたりの運営サイドの基準は、残念ながら俺には知りようがない。


【最多撃墜チャリオット賞のプレイヤーには、報酬と称号「チャリオットクラッシャー」が贈られます】


 この称号も、彼ら四人だけのものだ。称号のレア度だけでいえば、俺達とソルジャー達は変わらないことになる。

 ……勝ったのは俺達なのに、ちょっと不満かも。


【個人最多撃墜プレイヤー賞――】


 さらに表示される、最後の称号付き賞。賞そのものはほかにもいろいろ用意されているが、事前告知では、称号を得られるのはここまでだとされていた。

 誰が獲るかは、ほぼ予想できる。ソルジャーの暴れっぷりは、俺の目にも焼きついている。

 でも、チーム賞に加えて個人賞まで獲得されたら……こっちは勝者なのに、向こうの方が称号の数が多いってどうなんだ?

 まぁ、生き残りは、極端な話、逃げ回っているだけのプレイヤーでも獲得できる可能性がある。運営としては、イベントを盛り上げるためにも、積極的に戦ったプレイヤーに報いたいんだろう。それもわかるけどさ……。


 そんなふうに心の中で愚痴をこぼしていると、突然――


「やったな、ショウ!」

「ショウさん、おめでとうございます!」

「やるときはやる男だと思ってたよ!」


 クマサン達三人が、なぜか俺の周りに集まって騒ぎ出した。


 ――なんだ!? 何があった!?


 一瞬混乱したが、その理由はすぐに目に入った。


【個人最多撃墜プレイヤー賞】

【ショウ】


 システムメッセージには、まぎれもなく俺の名前がはっきりと表示されていた。

 何度見直しても変わらない。

 どうやら見間違いじゃないらしい。

 てっきりソルジャーが獲ると思い込んでいただけに、すぐには理解が追いつかない。


「まぁ、あれだけ倒してれば当然だよな」

「来る敵を全部一人で倒してくれてましたもんね」

「私の包丁の貢献があったことを忘れるなよ」


 冗談交じりに笑い合う三人の言葉が、少しずつ実感を伴わせてくれる。

 クマサンは、ぽんぽんと背中を軽く叩いてくれた。


 ――ああ、そうか。


 ソルジャーチームは、ソルジャーとアシュラという二人の攻撃者がいる。さらに、回避型タンクであるザ・ニンジャ自身にもそれなりの火力がある。それだけにチームとしての撃墜数は多くなるものの、個々の撃墜数はどうしても分散してしまうんだ。

 対して、こっちの攻撃担当は俺一人。チームとしての撃墜数では負けていても、個人で見れば勝っていたってわけだ。


【個人最多撃墜プレイヤーには報酬と称号「撃墜王」が贈られます】


 「撃墜王」――それはこのサーバーで俺だけが得る称号。

 一人だけの称号を獲得するのは、もちろんこれが初めてだ。

 「1stドラゴンスレイヤー」も「チャリオットマイスター」も、獲得チャンスは一度だけの特別な称号だが、それらはパーティメンバー全員が得る称号だ。そのため、「唯一」の称号とはなり得ない。

 けど、今回は違う。

 唯一、俺だけが得られる勲章。


 でも――わかってる。

 これは、俺の力だけで得たものじゃない。

 守りをすべて引き受けて、俺が戦うことだけに専念できるようにしてくれていたクマサン。

 ダメージを受け続ける俺を、常に回復し続け、最後の一人になるまで女王として立ち続けてくれたミコトさん。

 常にチャリオットの位置取りを完璧に調整して、俺がただ目の前の敵を倒すだけでいい状況を作り続けてくれたメイ。

 この三人のおかげで、獲得できたものだ。


「――みんな、ありがとう。でも、この称号は俺だけのものじゃない。四人でつかみ取ったものだ。……でも、だからこそ俺は嬉しい。このチームは最高だ!」


 俺は思わず叫び、今度は全員とグータッチを交わした。


 と、そこへ近づいてくる人影。――ねーさん、ミネコさん、シア、アセルスの四人だった。


「やったな、ショウ」


 ねーさん達は二位の報酬こそ手にしているが、称号は何も得ていない。あと一歩のところで勝利を逃した悔しさがあるはずなのに、そんなそぶりは一切見せず、笑顔で俺を祝福してくれた。

 こういうところが、ねーさんの格好いいところだ。

 ――ちなみに、彼女は「最多被攻撃賞」という、最も多くの攻撃を受けたプレイヤーが得る賞に選ばれていた。称号こそ付かないものの、「サーバーナンバー1タンク」と言われるだけのことはある。


「ショウさん、おめでとうございます!」


 シアさんも、まるで自分のことのように嬉しそうな顔で言ってくれる。その笑顔に思わず照れくさくなって、痒くもないのに頬を掻いてしまった。

 そして、ミネコさんも、アセルスさんも、同じギルドでもないのに、俺達を、そして俺達四人を祝福してくれた。


 これまでの運営イベント、俺はずっと一人で参加してきた。

 もちろんイベント中に、たまたまそこにいたプレイヤーと力を合わせるなんてことはあり得たが、それはあくまで一時的なものだ。終わった後にこうやって互いに労ったり、讃え合ったりするような関係ではない。

 ――けれど、今は違う。

 いつの間にか、俺の周りには、こんなにも俺と関わってくれる人ができていたんだな。


 ひとしおの感慨とともに、熱い戦いの夜はこうして終わりを告げた。



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