その夜の生配信で、クマーヤの口から、『アナザーワールド・オンライン』において、「三つ星食堂」がクマーヤ公認の冒険者ギルドであることが語られた。
公式の場でクマーヤが俺達「三つ星食堂」との関係を明言したのは、これが初めてであり、視聴者からのコメント欄は、なかなかにざわついた。
もちろん、「クマーヤは三つ星食堂のギルドの誰かなんですか?」というドストレートな質問も大量に投下された。だが、さすがにそこは「彼らは友達だよ」と濁すにとどめた。
生配信中は、当然ながらクマサンはアナザーワールド・オンラインにログインできない。そのため、クマサンだけが生配信のたびにログオフ状態だとすぐに正体がバレてしまうため、配信のサポートをする俺は当然として、ミコトさんとメイも配信中はログインせずに、配信を見てくれている。おかげで誰か一人をクマーヤだと特定されることはないが、逆に言えばこの四人が限りなく黒に近いグレーなのもまた事実。
いくらクマーヤがぼかしたとはいえ、俺達への疑惑が深まることは避けられないだろう。
だけど、配信前にはミコトさんとメイにも、クマーヤが公認ギルドとして三つ星食堂のことを語ることを説明し、承諾を得ている。俺達全員、それは覚悟の上であり、むしろその疑惑をクマーヤの宣伝に利用するくらいのつもりでいた。
――そして、翌日以降、ゲーム内において今回の配信の影響がもろに出てきた。
「『三つ星食堂』のギルマスのショウさんですよね! 私も『三つ星食堂』に入れてもらえませんか!」
俺の目の前には、美少女エルフのプレイヤーが立っていた。
名前に見覚えはない。初対面の冒険者。
困ったことに、こういう今まで何のかかわりもなかったプレイヤーからも、ギルド加入申し込みを受けるようになってしまったのだ。
正直、四人パーティというのは、あまりバランスがよくない。このゲームの一パーティの最大人数は六人。そのため、バランス的にはフルメンバーの六人パーティが理想的と言える。
実際、「あと二人仲間がいれば」と思ったことは、一度や二度じゃない。
だが、それでも今の四人は、理想のチームだ。
誰でもいいから入ってもらおうとまでは思っていない。
「ごめん、俺一人で決められることじゃないし……。えっと、今は用事があるし、また改めてお話させてもらうってことでいいかな?」
やんわりと断ったつもりだった。
だけど、俺の意図は伝わらないのか、伝わったうえで受け入れてもらえないのか――
「わかりました! では、フレンド登録お願いします!」
彼女は簡単に引く様子がなかった。
「……え、フレンド登録?」
「はい! そうでないと、連絡もできないし、次のお話の機会が作れないじゃないですか」
「……うん、そうだね」
どうやら、本当に改めて話す機会を作らねば、放してもらえないようだった。
俺は諦めて彼女とフレンド登録を済ませた。
クマーヤとして疑われることは覚悟していたけど、こういう苦労は想定外だった……。
そして、いつもの食堂の個室。みんなが集まったところで、俺は切り出した。
「――というわけでさ、最近ちょくちょく『ギルドに入りたい』って言われることが増えてて、新メンバーの加入条件とか、一度みんなで話し合っておきたいんだけど……」
ギルドの新規メンバー――それは四人全員に関わる問題だ。
加入基準や最低限のルール、方針、空気感。決めておくべきことは山ほどある――はずだったのに。
「俺はショウが入れたいと思った人なら、それでいい」
「そうですね。ギルドマスターもショウさんですし、ショウさんが認めた人なら私も文句ないです」
「サブマスターの二人がそう言うのなら、私がどうこういう必要もない。私もショウに一任で構わないよ」
三人そろって、全投げしてきたよ!
これって、俺に任せると言いつつ、アレじゃないのか?
「なんでもいい」っていうから、サイゼリアに連れていったら、「え、ここ……?」って微妙な顔をされる、あの「なんでもよくないヤツ」じゃないの?
「……いや、でもさ。俺に人を見る目があると思ってる?」
「私達三人を選んだのはショウさんじゃないですか。その目を信じない理由がありません」
ミコトさんがまっすぐな目で、心に染みそうなセリフをぶっこんでくる。
――でも、俺は騙されないぞ。
そもそも最初に、俺とミコトさんとクマサンの三人でギルドを作ろうと言い出したのは、ミコトさんだ。決して俺がメンバーを選んだわけじゃない。ついでに言えば、メイをこのギルドに誘ったのもミコトさんだったはずだ。
それなのに、なぜかクマサンもメイも、「ミコトの言う通りだ」みたいな顔でうなずいている。
なんだか、ミコトさんの手のひらの上で転がされている気がしてきたぞ……。
「私にも、ときどき『三つ星食堂に入りたい』って言ってくる人がいますけど、今度から『判断はギルドマスターがしますので、そっちに話してください』って伝えますね」
当然の顔をしてミコトさんは言うけど、それって加入希望者が全部俺のところに来るってことじゃないか。
ミコトさんって、可愛い顔をしているけど実はしたたかなのか、それとも、本当に俺のことを信用してくれているのか……。
そんなこんなで、知った顔ならともかく、ほとんど交流のないプレイヤーを無情報でギルドに迎え入れるわけにもいかず――
加入希望者には「面接」という名の雑談タイムを設けることになった。
ギルドの加入くらいの話で面接ってのもどうかと思うけど、要は話を聞くだけだ。まずは話してみないことには、お互いのことなんてわかるはずがない。
というわけで、今日の俺は、食堂の個室で「面接官ショウ」をしている。
今、目の前にいるのは、エルフの美少女――先日フレンド登録した彼女だ。
「えっと……それじゃあ、うちのギルドに入りたいと思った理由を聞かせてもらえるかな?」
「はい! 私、個人でVチューバーやってるんですけど、クマーヤちゃんみたいな有名配信者になりたくて! それで、ギルドに入りたいって思いました!」
へぇ~。俺達以外にもプレイヤーの中にVチューバーやっている人っているんだな。――などと感心している場合じゃない。彼女の目標はわかったけど、それってうちのギルドと、何か関係があるのだろうか?
「クマーヤちゃんとコラボできたら、私だって絶対バズると思うんですよ! あと、何か配信でウケるコツとかも教えてもらえたら嬉しいなーって!」
「……えっと、配信じゃなくて、アナザーワールドで何かやりたいこととかは?」
「そうですね……やっぱり動画映えしそうな場所とか、派手なバトルとか? でも、システム的に生配信には向かないし……あ、そうだ! 私がプレイしているところを、クマーヤちゃんが生実況するっていうのはどうです? すごくいいと思いません?」
「…………」
俺は大きく、そして深くため息をついた。
――そうか。俺達と一緒にゲームを楽しみたいんじゃなくて、クマーヤのネームバリューを使いたいだけなんだな……。
まぁ、本音を隠して近づいてこられるよりは余程マシだけど、ちょっと寂しくなるかな。
「……ありがとう。結果は、後で文字チャットで連絡するね」
「はい! よろしくお願いします!」
多分、悪い人ではないと思う。嘘をついたり誤魔化したりする用意は全くなかったし。
でも、悪いけど、考えるまでもなく、お断りすることは決まっている。
期待もたせるよりその場でダメだと伝えるべきだと言われるかもしれないけど、下手にその場で伝えると「なぜですか!?」「納得できません!」と食い下がられ、困ったことになりかねない。そのため、後日ドライに「お祈りチャット」を送ることにした。
まぁ、俺がヘタレで口頭でダメだと伝えられないってのもあるんだけど。
……しかし、就職活動中に散々お祈りメールをもらっていた俺が、まさか同じような文面を送ることになる日が来るとは思わなかったなぁ。
彼女が部屋を出ていくのを見送った後、俺はチャットで次の希望者にメッセージを送る。
そして、しばらくして部屋のドアが開いた。
「失礼します」
今度は入ってきたのは人間の男。見た目は誠実そうで好印象……だったんだけど。
「それじゃあ、まずは三つ星食堂に入りたいと思った理由を聞かせてもらっていいかな?」
「はい! 俺ってクマーヤの大ファンなんです! 少しでも彼女のそばにいたくて!」
……やばい奴だった。
「君が大ファンなのはわかったけど……うちのギルドはクマーヤの公認をもらってるだけで、別にギルド内にクマーヤがいるわけじゃ――」
「いや、俺はいると睨んでいます! 本命はミコトちゃんですね! 彼女の明るさは、クマーヤに通じるものがあります! ですが、メイちゃんという線も捨てきれません! 普段はツンツンしているメイちゃんだけど、本当は照れ屋で、内面の女の子を出せるのが実はクマーヤの時だけ――そんなのも、萌えるじゃないですか!」
ダメだこいつ……早くなんとかしないと……。
「俺、クマーヤが誰でも支えますよ! ミコトちゃんでも、メイちゃんでも、どっちでも全然OKですし! なので、そのへんは心配しなくてもいいですよ!」
そんなことは心配していない!
お前が仲間に近づくことのほうが遥かに心配だ!
「ああ、もういい! 不採用だ! 天地がひっくり返っても不採用! もう帰ってくれ!」
「え、どうしてですか!? 説明を!」
さっきその場では答えを返さないといったばかりだが、こいつがギルド加入の可能性を信じて待つのさえ我慢ならない。
俺はその男を個室から無理矢理追い出した。
……ふぅ。なんかもう、今の四人でいい気がしてきたよ。