さてさて。
「それより、バート侯爵家のご令嬢はどちらでしょうか。これでも私はローゼンバーグの人間としてある程度医学を身につけております。診察と治療の協力をさせていただきます。人命が最優先ですので案内を」
私は毅然とした態度で騎士や職員に向けて謙遜を交えて宣う。
「か、かしこまりました! こちらです!」
あっさりと職員が私とキッドマンをバートの小娘の元へと案内をかってでる。
本来、暫定的に加害者としての容疑のかかるローズの母である私を被害者とされる者の元へ連れていくなど有り得ないことなのですが。
これが私の積み上げてきた社会的地位と信頼なのです。
私はティーンエイジャーの頃から品行方正で医学の方面でも様々な結果を残し。
彼女を貶めて救い。
マッチポンプで信頼を勝ち取り。
慈善活動にも積極的に参加し。
難病や感染症の対策に力を入れて。
毎年孤児院や一命を取り留めた子供たちから感謝の手紙が山のように届く。
誰も私がその信頼を、偽善と捏造で組み立てたことなど疑いもしないのです。
「ローズ、問題ありません。安心なさい」
私は不安そうに俯くローズに向けて、笑顔で小さく手を振ってそう告げて案内に従い部屋を出る。
「馬鹿者! 何故ローゼンバーグの人間を通した! そいつはお嬢様を殺そうとしたローズ嬢の親だぞ!」
バート侯爵令嬢が治療を受ける部屋へと入るや否や、恐らくバート家の執事であろう男が私を指さして声を荒げる。
「そいつ? ローゼンバーグ公爵夫人に対して…………、今この場で自ら命を絶つか、私に首を落とされるかを選ば――」
「止めなさいキッドマン」
私は上着の内側に手を伸ばしたキッドマンに制止を
まあキッドマンの内ポケットには凶器のようなものは入っていません。せいぜい禁煙してから手放せなくなっているキャンディが入っている程度でしょう。
証拠や原因の断定が出来るようなぬるい仕事をキッドマンはいたしませんので。
部屋にはバート家の小娘がベッドに寝かされ、バート家抱えの医師が寄り添っています。
ローゼンバーグ系列病院の全ての医師は顔と名前を覚えていますが、どうにもこの医師はうちの系列ではないようです。
バート家の執事がこちらに
王家からの使いが、やや
さらに、ローズの婚約者である第二王子のリゲル様が不安そうに私を見ています。
あらあら揃い踏みですね。丁度良い。
「どうもイザベラ・ローゼンバーグです。侯爵令嬢の治療の為に伺いました。仰りたいことがあるのは理解しますが、まずは人命が第一優先です。ローゼンバーグが目の前で倒れる人間を救わない理由がないことをご理解ください」
バート家の執事に向けて私は毅然とした態度で仕掛ける。
「ふざけるな! 貴様の娘がお嬢様に毒を盛ったのだぞ! 何をされるのかわかったものじゃ――」
「落ち着きなさい! だが公爵夫人、現在ローゼンバーグ公爵令嬢にはバート侯爵令嬢への毒殺未遂の容疑がかかっています。この短時間でもそれを裏付ける証拠が幾つか出てきている為、身内である貴女が接触するのは控えて頂きたい」
声を荒げたバート家執事を
その言葉に。
「何かの間違いだ! ローズがそんなことをするはずがないだろう!」
第二王子が一番に反応する。
流石……、ちゃんとローズを信じています。
「しかし殿下、現状においては暫定的な処置としてローズ嬢は捕らえておかないと――――」
「ならば証拠とやらを出していただきましょう。このままこの執事が不敬を重ねると跳ねる首の量がこの男の一族の人数を上回ることになります」
低い声で、身体中から圧を滲み出しながら王子の後押しをするようにキッドマンがバート家執事を脅す。
まあ多分全部が無事に終わっても、キッドマンはこの執事を殺すのでしょうが……一応うちで治療して高額請求出来るようにもしておこうかしら。
「……証拠? いいだろう、見せてやる」
この後の悲惨な未来に全く気づいていないバート家執事は、少ししたり顔で何やら書類を鞄から出す。
嘘でしょう……まさかこんな……。
私はその証拠を見て絶句してしまいます。
何か一つくらいなら目を
お嬢様が倒れているというのに余裕すぎるでしょう。
キッドマンでもローズが倒れたら多少眉が動きます。
何処を見逃して泳がせてあげれば良いのか、控えめに言っても浅すぎる……
頭が悪いのにやる気がある人間は、恐ろしい。
油断はせずに潰してさしあげましょう。
まずはこの無能による
「まず動機として、ローズ嬢はここ最近ご学友たちとの関係が良好ではなかったと聞いております。その報復にクラスの中心人物であるお嬢様を狙った」
したり顔のバートの執事による完全に空想の域を出ない妄言を、私は淡々と聞く。
「毒は公爵夫人が到着するまでの捜査で、ローゼンバーグ関連病院から持ち出された物だということが判明した。これが薬品倉庫の在庫情報と実数だ、ここに差異がある」
資料を力強く叩きながら
「さらに本日お嬢様が、ローズ嬢から渡された菓子を口にして倒れた! これはローズ嬢がローゼンバーグ関連病院から入手した毒物を菓子に混入させたのだ! これは重罪だぞ!」
熱っぽく、やや過剰で演技がかったように語り切る。
「……控えなさい……、ローズさんの孤立に気づけず……、ここまで追い詰めてしまった私にも責任が……ゴホッゴホッ」
学芸会でも
あら、ちらちらと第二王子の反応を見ていますね。
か弱くて儚い自分を演出して、王子への印象を少しでも良くしようとしている。
いぢらしくて可愛らしく、目線から乙女を漏らす。
あら……、もっと政治犯なのかと思っていたのだけれど……そうなのね。あらあら。
今この小娘が行っていることは、ローズを、いやローゼンバーグ公爵家やローゼンバーグ関連施設団体を殺すことに繋がります。
さらには医療や福祉を衰退させ、国民の暮らしを脅かすことになるかもしれません。
それを、色恋程度の激情で正当化しようとしている?
これは純然たる事実として過不足なく言うのなら、
そろそろこの茶番を終わらせましょうか。
「少々よろしくて」
私は冷静に切り出して。
「まずローズのご学友との問題は解決していたものと認識しております。他でもないバート侯爵令嬢のおかげだと聞いています」
続けて、笑顔で前提を覆していく。
「さらに関連病院から渡された毒性のある薬品に関しては、
この言葉にバート家執事と侯爵令嬢がやや驚きの反応をする。
それはそうでしょう。
だって今見せた証拠の資料とやら
うちの病院職員に
それを事前に知っていた私は、その策をそのまま利用して泥棒被害にあった被害者という立場を手にすることにしました。
別件の盗難事件で追われている容疑者の元に、今回利用される薬品をキッドマンが忍び込んで盗品に紛れ込ませてから通報しました。
キッドマンの捜査能力と隠密行動は、捜査機関や軍のそれを遥かに
これはそうなるように造られたのです。超人になるべくして育てられ飽きて捨てられたのを私が拾いました。
とにかく。
これで少なくともうちの病院は無関係となりました。
「それにローズが持ち寄ったお菓子は、私がローズと共に自宅の調理場にて作ったものです。その際に異物や薬品などが混入する余地はありませんでした。身内の証言として信用が得られないのであればうちの調理場に鑑識を入れての調査にご協力を惜しみません」
さらに私は完全に容疑者側から外れたような口振りで、協力するという立場まですり替える。