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第四話 私は私を生きている。

 さて、落とし所を。


「もしかすると……、いえ、邪推かもしれませんが、何者かがローズに冤罪を着せてローゼンバーグ家をおとしいれるくわだてに侯爵令嬢を巻き込んだということも考えられます。例えば……ローズは第二王子の婚約者ですので、


 じっくりバート家執事に目を合わせて、「全てを見透かしている」と脅しをかけると返事はなく執事と令嬢は顔が青くなる。


「あら、やはり顔色が悪いようですね。私が診ましょう」


 私はそう言って、バート侯爵令嬢が寝そべるベッドに歩みを進める。


「ま、待て――」


「何故ですか? たった今、ローズの容疑は晴れたはずだ。慈愛のローゼンバーグの中でもと呼ばれるほどの医療知識を持つ公爵夫人が診るというのならこれ以上のことはない」


 慌てる執事に第二王子が安心した顔で、いさめる。


 というか癒しの女神か……。

 端的にやめてほしいのですが。


 確かに優秀な成績で医師免許を取得はしましたが、医者の優劣は座学のみにあるわけでもない。

 私は医者としては並程度、ただ少々賞賛される機会を意図的に増やしただけのこと。

 母親と同じで私に対する信頼が厚いようです。


「いえ、まだ正式にローズが全くの無関係だと完全に証明されたわけではありません。身内である私が治療することに抵抗を持つことも理解できます。ですが――」


 私は眼鏡を外して、裸眼で侯爵令嬢に目を合わせながら。


「――もし私が不審な行動をとったのならば、この場で私の首を落とせばいい。その程度には覚悟と責任感を持って、


 舐めるなよ小娘。とは続かずに飲み込んで診察を行う。


「…………あ、申し訳ございませんが殿方は退室を願います」


 私は聴診器を見せてそう言うと、私と侯爵令嬢の二人きりとなる。


「さて……、この注射はローズが仕込んだ病院から盗まれたとされる毒物の効果を中和するものです」


 驚愕して声を失っている侯爵令嬢に、注射器を見せる。


「どのくらいの量を服毒したかわからない場合は、反応を見て最低用量から少しずつ血管に注射をします」


 淡々と私は説明しながら腕から血管を見つけて消毒液で拭く。



 私は少し力を込め。


「服毒などしておらず。何の反応も起こっていない人間に注射した場合は、最悪死に至る場合がありますのよ」


 凄みをかけて、うつむいておびえる侯爵令嬢の顔を覗き込んで笑顔を見せる。


「この注射、貴女には必要ですか?」


 私がそう問うと。


「…………ひ……必要……、ありま……せん…………、私は……、毒など、飲んでおりません…………」


「でしょうね」


 私は注射器を腕から離して、消えるような声に淡白に返して。


「ぬるい、浅くて薄い」


 眼鏡をかけながら、とどめを刺す。


「本当に他者をおとしいれたいのなら、被害者を手にしたいのなら……、自らの命くらい上手く使いなさい」


 かつて悪役令嬢だった私の、ほんの少しばかりのアドバイスを残し席を立つ。


 だって、


 私がかつてティーンエイジャーだった頃。


 ローゼンバーグ公爵家嫡男の恋仲に発展しつつある彼女をおとしいれた最後の策が、毒による殺人未遂の冤罪を掛けることでした。


 私は彼女の用意した食事を頂いた直後に、自ら毒を飲んだ。


 本当に飲まないと医者の家系であるローゼンバーグ公爵家を騙す事は出来ない。

 捏造ねつぞうした証拠にリアリティを与える為だけに、私は自ら毒を飲んだ。


 もちろん早々に適切な処置が行われると踏んでの行動でしたし、私自身が薬学を学んでいた為用量に注意を払って命に関わらないギリギリのラインで服毒しました。


 まあそれでも毒の後遺症で視力がいちじるしく落ちて、眼鏡が手放せなくなりましたが。

 これが決め手となり、彼女は辺境へと追放されることになった。


 彼女に冤罪を着せて加害者へと仕立て上げ。

 被害者となった私は、彼女が追放されるその日まで彼女の無罪を訴え続け。

 人格者であることを民衆と貴族たちに認めさせた。


 辺境に追放された彼女は、最後の最後まで私に何度も感謝をして去っていった。


 


 本来、彼女がローゼンバーグ公爵夫人となり子をもうけて医療や福祉の発展を行うはずでした。


 だから私は、彼女が公爵夫人になっていた時よりも幸せであり続けなくてはならない。


 彼女より医療や福祉を発展させなくてはならない。

 家族を愛し、守らなくてはならない。

 だから私はこの幸せを、地位を、名誉を、貫かなくてはならない。


 それが、かつて悪役令嬢だった私が選び勝ち取ったものへの責任なのです。


 故に、半端な小娘相手にも大人気なく、全力で叩き潰すのですよ。


「ぃイィ――――ザァ――――ベ――――ラぁ――――んっ!」


 部屋を出たところで、私は高らかと名前を呼ばれながら私よりやや背の低い女性に勢いよく抱きつかれる。


 というか、私に対してこんなことをするのはこの世界に一人しかいない。


「は、母上⁉」


 第二王子が驚愕する。


 抱きついてきたのは第二王子リゲル様の母上であり。

 フルカラ王国の王の正妻。

 つまりこのフルカラ王国の王妃様です。


「驚いたのよ。ローズが何やら事件に巻き込まれたって聞いて飛び出して来たわよ。でもやっぱり誤解だったみたいで良かったわぁ……、安心したわ」


 王妃は両手で私の両頬を挟んで笑顔でまくし立て。


「私の無実を信じ続けてくれて無実を証明までしてくれた貴女の娘が、こんなことするわけがないのにね……まったく」


 優しい笑顔でそう続けた。


 王妃、いえは昔から変わらない。


 奇跡の絶対幸運乙女、メリィベル。


 私の謀略により辺境へ追放され。

 追放された先でお忍びで療養を行っていた当時の第一王子、つまり現在の国王と出会い。

 持ち前の愛らしさと健気さで、あっという間に第一王子の心を掴み。

 加速度的に二人は愛を育んだ。

 私は親友を救ったという実績欲しさに。

 彼女が王都へ戻れるよう、当時他国と内通して違法に外国人を奴隷のように働かせて粛清された貴族を真犯人に仕立て上げたら。


 彼女は追放令嬢から、王妃となった。


 神なんてものを信じたことが一秒もない私でも、その存在を意識してしまうほどに。

 私の計略も悪意も偽装も全て飲み込んだ上で、奇跡を起こす。


 彼女は呆れてしまうほどの幸運で、どうしようもないほどにヒロインだったのでした。


 そしてこれこそ、私が絶対に負けない理由。

 王妃からの絶対的な信頼があるのです。


「ええ、私はいつでもこの国の為に、民の為に生きているのですから」


 私は彼女に、笑顔で嘘をつく。

 悪役令嬢だった頃から変わらず、これからもずっと。


 自身の地位と名誉と幸福にしか興味のない私は、それを守るために家族を守り続けるのです。


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