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第一話 高等部二学年のレイナ・ローグ。

 私、つまりレイナ・ローグはローグ侯爵家の、いわゆる侯爵令嬢です。


 歳は十七。

 王都にある貴族や王家の子息令嬢の集う学園に、私も例に漏れず通っています。


 高等部二学年。

 学業成績は真ん中より少し上。

 運動は得意ではありませんが授業にはついていける程度。

 趣味は紅茶とピアノを少々。

 ローグ侯爵家自体も昨今は特にこれといってわかりやすい功績がある家でもありません。


 学園においてはかなりニュートラルな部類に入る、学生です。


 もちろん世の中的には貴族令嬢であり、なにより侯爵家という身分が決して低くもないことは知っています。


 あくまでも学園内において、普通のティーンエイジャーなのです。


 だからこういう状況は非常に困る。


「どうして! 平民と貴族で平等な学習の機会を与えるのがこの学園の理念でしょ!」


「お、落ち着いてください。仰ることはわかりますが、学園規則ですので――」


 食堂近くの廊下で一人の女生徒が激昂げきこうし声を荒げ、荒げられたもう一人の女生徒がたしなめている。


 あらぁ……、何やら揉め事のようです。


 一学年下の……、あ、怒っている子は特別修学制度、いわゆる平民枠の子ですね。もう一人は顔見知り程度ですが面識のある子です。


 数年前から学園は貴族階級以外の若者の入学を行っています。

 特別学習制度、貴族の子息令嬢だけでなく平民にも良質な学習機会を与えるために設けられた制度ですね。

 国内の一般の学校から成績優秀者に声をかけ、試験や面接の後に高等部からの編入が行える。

 実際平民枠の卒業生から商会を立ち上げた者や、爵位を持つ者の秘書として政界にたずさわる者も出ていたりします。


 賛否はあるけど少なくとも私個人としてはこの制度には大いに賛成派の人間です。


 まあ兎にも角にも私は食堂に入りたいのですが、激しい言い合いの横を通るのが少し怖い。私は根本的に小心者なのです。

 どうしよう、頼りになる執事のディーンは同行していないのに……。


「食堂の利用時間まで制限される言われはない。私たちの方が時間も短いし、利用時間を過ぎたら入ることすら許されないのは不平等だと言いたいの。カリキュラムの差もあるし、こういったルールで差を作るのは不平等でしょ」


 平民枠の女生徒は、なかなかな声量で主張する。


 不平等……、まあ不平等か。

 時間という数字だけを切り取ればそれはそうなのですが……。


 単純に特別就学制度の生徒と一般枠の生徒ではカリキュラムの差があります。貴族がこの学園に入学するのは基本的に小等部からで遅くとも中等部からです。

 礼儀作法や基礎的な政治の知識、そういったものは中等部までに習得し終えています。

 高等部からの平民枠生徒はそれらの授業を受けなくてはならないので差が生まれる。


 さらに、貴族の子息令嬢は貴族仕事の練習する時間も必要なので全く同じカリキュラムで一括ひとくくりにすることは出来ないのです。


 まあ小等部から入学が出来ない時点で平等ではないのは事実ですが。


「でも規則ですので……あ、そのお話は後ほど一緒に生徒会へ進言して調査をしてもらいましょう! 調査結果に応じて食堂の利用時間を伸ばしてもらうように――」


「そんなことじゃ何も変わらない! 調査するのも判断するのも貴族でしょ! 私たちのためにそこまで動くことはない! なのよ!」


 たしなめる女生徒の言葉に、平民枠の女生徒は興奮した様子で返す。


 

 その言葉に。


「ちょっとよろしくて」


 私は反応してしまう。


「……ごきげんよう。私は高等部二学年のレイナ・ローグです。よしなに」


 後輩たちの気まずい視線にとりあえず挨拶をする。


 あー、声かけちゃいました……。

 まあでも仕方ない、私がそれを聞いてしまった以上介入するしかないのです。


「貴女は今、特別修学制度は不公平であるととなえ、あまつさえ生徒会や学園の公平性にとなえている」


 私は落ち着いて女生徒の言い分をまとめて。


「間違えていますよ。貴女は」


 こうから否定する。


 ちょっと言い方がキツいかもしれない……、でも私は意地悪でもないけれども特別優しいわけでもない普通のティーンエイジャーの感性で動いているのです。


「な、何を――」


「まず一つ、うったえかける相手を間違えています」


 女生徒の言葉に、被せるように私は言う。


 この訂正は迅速じんそくに行わなくてはなりません。

 何より彼女たちの為に、これだけは理解を得ないと。


「貴女がうったえている相手は、ローズ・ローゼンバーグ公爵令嬢です。ローゼンバーグ公爵家はこの国で最も医療と福祉に対して力を入れている家です。関連病院や学校併設の孤児院は全国各地に存在しています」


 しっかりと目を見て私は説明をする。


 ローゼンバーグ公爵家はここ十数年でフルカラ王国における怪我や病気の死亡率を五パーセントも下げたと言われるほどの功績を持ちます。


 かくいう私も、その五パーセントに含まれる。

 私が九つの頃に大病たいびょうわずらい命を落としかけたことがあるのです。

 ローゼンバーグ公爵夫人であるイザベラ様の適切な処置と治療によって命を救われました。

 未だに私は毎年、公爵夫人に向けてまた一年歳をとることができた感謝をつづった手紙をお送りしています。


 癒しの女神の異名は伊達ではなく、ローゼンバーグ公爵家は真にこの国の未来を案じているのです。 


「無論、この学園の特別修学制度においての決定にもたずさわり多額の寄付を行っています」


 そんなローゼンバーグ家への尊敬を込めた私の説明に割り込むように。


「お、お金の話? お金のない平民は文句を言うなと――」


「そんなに浅ましい問題ではありません」


 私はさらにさえぎるように続ける。


「特別修学制度対象の生徒は金銭的な負担で学業に影響が出ないように学費は免除され、制服も支給され希望者には寮の部屋を用意され食堂での食事や教科書や施設の利用や就職先の斡旋あっせん……。現実的な問題としてこれらを税金のみでまかなうのは不可能です。この制度はローゼンバーグ公爵家などの数多くの貴族よって支えられています。この時点で確かに平等ではありません。しかし、まだ何者でもないのにも関わらず、様々な貴族に支えられている貴女がローゼンバーグ公爵令嬢へ主張することは果たして公平と言えるのでしょうか?」


 私は真摯しんしに女生徒へと問う。


「それは…………」


「………………では二つ目」


 答えを言いよどんだので私は話を続けることにする。


「カリキュラムや学食の利用時間などに関する違いについてですが、小等部から学習し卒業後には政治や行政にたずさわることになる貴族子息令嬢と特別修学制度の生徒では共通ではない授業が出てきて当然です。そうなれば授業の終了時間にも差異さいが生まれるので学食の利用時間が異なるのも当然じゃありませんこと」


 先程話を聞いていて考えていたことを語る。


「……でも、貴族が食事をするから平民を追い出すみたいなことをすることないじゃない。理由がわかりません」


 彼女は素直にそう私に問う。


 理由……、はあ、まあここまできたら答えてあげましょう。 


「理由はいくつかのありますが、先程の時間に加えて特別修学制度の生徒用の食事と他の生徒ではメニューが違うので決まった時間に提供する必要があること、時間の長さについては単純に他の生徒の方が数が多いので長めに設けられていること、貴族の子息令嬢の休み時間は社交場としての側面がございます。ここで築いた人間関係や、ここで見定めた人格や方向性やコネクションが卒業後の活動、つまり後の国政にまで影響いたしますので学園は以前から意図的に食堂を解放して長めの休み時間を設けているのですよ」


 私は懇切丁寧こんせつていねいにまるっと前提を話して。


「さらに……そうですねやや繊細なお話になりますが、特別修学制度はのある制度だということです」


 私はなるべく言葉を選びながら芯の部分に触れる。


「立場の違う者が同じ扱いを受けることを良しとしない考えを持つ方が学園内にもいる可能性を加味した配慮なのですよ。そういった考えの方とトラブルを事前に防ぐ為、貴女方を守る為のものなのです」


 しっかり学園の意図を伝えた。


「でも私たちがトラブルを起こすと決まったわけじゃ――」


「それは決まっていますよ。必ず、絶対にトラブルは起こります」


 私は彼女の言いたいことをこうから否定する。


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