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第二話 平等と自由なんてものはただの言葉。

「何故ならすでにローズ嬢に対して声を荒げて筋違いの主張を行うというトラブルを起こしています。これはローズ嬢が優しく、理解があるので問題にはなりませんが」


 私は彼女にそのまま具体例をもって指摘する。


「それに上級生である私の自己紹介に名乗りを返していない、私の説明を聞き終わる前に度々さえぎるように自身の主張をする、貴女方は貴族と接する社会における最低限の礼儀作法をまだ身につけていません。この時間、食堂を利用する貴族の子息令嬢たちは中等部までにこれらの礼儀作法を習得しているのです。高等部からの貴女方がそれらを身につけられていないことは仕方ありません。そういった致し方ないことでトラブルが生まれないように学園は規則を設けているのですよ」


 少しキツい言い方になってしまったが、私は彼女への説明を終える。


 実際、貴族間での交渉事には礼儀作法を重んじる傾向があります。

 正確には礼儀作法そのものを重んじるというよりも、教養や立場や状況に応じて適切な対応が出来るかどうかの能力を初見で効率的に把握する手段として用いられています。

 そこで把握できれば、早くに砕けた関係というか、礼儀作法などよりも効率や能力に寄った関係になれるのです。


 差異さいのある者が社交場に混ざると反感をかってしまう恐れがある。


 例えばもし、第二王子の婚約者で公爵家の血統のローズ嬢に理解がなく彼女たちへ敵意を持った場合……、そうですね怪我や病気をした際に国内で治療を受けられなくなる可能性すらあるのです。


 まあ大抵の貴族はそんなことはしませんが。

 貴族は国家と国民の為に働く、ということは国民からの要望や需要がなくては働けない。国民からの信用がなければ仕事がなくなり、没落する事に繋がりかねない。


「……くっだらない。平等をうたっといて、結局そんな生まれだけの上下関係に縛られて…………」


 私の説明を聞き、彼女はそんなことを呟く。


 私はその言葉に。


「……ふふっ……くっ、……あっはっはっはっはっはっ! ……ふふふ……ご、ごめんあそばせ……失礼……ふふっ」


 大笑いしてしまう。


 いやはや私としたことが、はしたない……。

 すぐに扇子で口元を隠しました。

 でも凄い。こういった考えを素直に口にできるなんて。

 自由と平等のある世界、凄く純粋で美しい。

 驚きと興味で笑ってしまいました。


 では私の見解もお伝えしましょう。


「……


 私は笑みをこらえて、なるべく冷静にそういった。


 人間の行動で実現可能なものは、平等ではなくです。


 法や規則と不正や過多をなくし、立場の差を正確に見極めて倫理と正義を持って裁量を決めるのです。


 これは私の父からの教えです。

 ローグ侯爵家は代々、法曹界にたずさわる仕事を生業なりわいにして参りました。


 裁判所の管理や立法や法改正の際にも必ずたずさわります。父であるローグ侯爵も現役の裁判官を勤めています。


 人は法の下に平等、しかし裁量は存在する。


 例えば、二人の男が別々に窃盗の罪を犯したとします。

 盗んだ物や盗んだ理由、年齢や境遇きょうぐう、犯行手口、それらが違う彼らを平等に裁くのは、公平ではない。


 調査と捜査、証拠と論理、判例と根拠。

 つまり様々な情報を知り、それを元に可能な限り納得を突き詰めて公平な判断をしなくてはならない。


 自由の権利も、規定に則ったものでしかない。

 人口や就職率の推移、教養や品性、様々な時代的な背景から少しずつ時代と歴史を重ねて改定を繰り返して規定は広がっていく。


 真の意味での自由なんてものは、人が人として暮らす限りどれだけ歴史を重ねても訪れない。


 平等も自由もただの言葉です。

 重要なのは、なのですよ。


 だから私たちは、公平に物事を考えることが出来るように教養やいつくしむ心、知識と知恵を育まなくてはならない。


 まずは規則の裏側にある理由を考えて、理解出来るようになり、それでも不満があるなら、それらを身につけてからルールに則り変えていくしかないのです。


 かつて、私も幼き頃。

 彼女と同じように身分の差に不満を持ったことがあります。

 でもこれは私の身勝手や個人の思想でどうにかできるようなものではない。

 どう考えても今この時代での教養の差を考えたら、それを継承し続けて国民を守り続ける貴族や王家の存在は必要不可欠なのです。


 まずは現実を知り、順序立てる。

 不平や不満をくつがえすには規則を遵守じゅんしゅした上で納得し、納得させるしかないのです。


 それが故の公平、私はそうやって出来ているのですよ。


「……………………、こんなんばっかだ。遅れすぎててダサすぎる」


 ふと我に返ったところで、彼女はにらむようにそう言ってそのまま去って行った。


 あらぁ……? お、怒らせてしまいましたか?


 ……いや、確かに頭ごなしに否定しすぎました。

 彼女には彼女が見てきた事実があって、思うところがあっての主張だったのでしょうに。

 それを聞かずに一方的に語って、主張を潰してしまうような行いは公平性に欠けます。

 ここからもう少し彼女の話を聞かせて頂くつもりでしたが……。


 というか、とはなかなかに主語が大きい。世界を丸ごと見れるわけもないのに…………、いや、まさかあの子は――。


「あ、あの……レイナさん?」


 困惑した表情でローズ嬢が我に返ってうなだれる私に声をかける。


「ああ、お見苦しいところをお見せして申し訳ございませんでしたね。それはそうと……」


 私は一応、ローズ嬢に聞いておく。


「……私、感じ悪かったでしょうか?」


「………………………………す……少しだけ……」


 信じられないくらい複雑な表情をしながら、ローズ嬢はそう答えた。


 その日の放課後。


 落ち込む、ああ落ち込む。

 あの慈愛のローゼンバーグ公爵家と呼ばれる優しさに満ち溢れたローズ嬢があれほど口をにごすとなると、相当私は感じが悪かったのでしょう……。

 途中で大笑いとかしていたし……ああああああああぁぁぁ、申し訳ない……。

 機会があれば、あの女生徒にしっかりと失礼な態度だった旨を謝りましょう。


 それはそれとして。

 あの女生徒の言葉に気になる点がありました。


 


 大き過ぎる主語です。

 世界を見て回ったわけでもあるわけもなく、何かの比喩的な皮肉めいた表現なのかと思いましたが。


 もう一つの可能性について、私は自宅の書庫で確認をする。


「…………あった、これ………………やっぱり……」


 私は目当ての書物の一文に納得をする。


 恐らく間違いない。

 それほどまでに彼女は異常だったのですから。


 


 この世界とは異なる世界で生きていた頃の記憶を生まれながらに持っていたり、何かのきっかけで後天的に前世の記憶を思い出す者がごくまれに現れることがある。


 今までの歴史の中で、この国が把握している限りでは数人程度。

 共通点としては、やたらお米を食べたがっていたり、なぜかボードゲームを流行らそうとしたり、色々とあるらしいですが特筆するべきは。


 貴族や平民や奴隷などの身分制度を嫌う傾向けいこうにあります。自身の身分に関わらず不満を持つ。

 どうにも異世界というのはこの国などで用いられている政治体制とは違い、民主主義的な考え方を持つ。


 道徳や倫理的な価値観が違う。

 理屈や状況より、命や可能性に比重を置きやや公平性にかたよりがある。


 それでいて政治に関心が薄いこと。

 恐らく異世界はこの世界というかこの国より、遥かに裕福で安全で民度も高く民に教養もあり、選択の自由があるのでしょう。


 誰もが平等に教育を受けられ自由に何を目指しても良い、生まれや家柄に縛られない世界。

 確かにそんな世界からこの国を見たら、遅れているように見えるかもしれません。ダサいと思うかもしれない。


 それを踏まえると、彼女の主張や態度に納得が出来ます。

 私は彼女に対する理解が足りて居なかったようです。


 ただ、彼女も彼女でこの国に対する理解が足りません。


 彼女たちが生きた異世界も昨日今日に平等と自由を手にしたわけでは絶対にないのです。


 長い時間をかけ、様々な理不尽と失敗を重ねてそうなったのでしょう。

 その歴史の中にはきっと今のこの国のような政治体制もあったはずなのに。


 まあそれはさておき。

 異世界転生者の方には、最大の共通点があります。


 それは、


 その昔この国で最初に確認された異世界転生者の方は、様々な知識を広め国家単位の文明水準を飛躍的に進めたとされています。


 今も、その知識の再現が進められていると言われているほど先んじた技術もあるそうです。


 その後も異世界転生者の方は色々な知識を広めました。


 しかし、その度に問題トラブルも起こりました。



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