私は今思っていることを言ったつもりだ。それがどのようにみんなに伝わっているかは分からない。いろいろ言ってもこの店は私が切り盛りしているわけだし、働いている人とは辞めてしまえば関係は無くなる。
だが、それだけの関係でしかないというのはあまりに寂しすぎる。せっかく一緒に働いているのだから共に考え、頑張って乗り越えたという気持ちを持ちたいと思っている。
もちろん、それが絶対に不可能な状態になれば、断腸の思いで決心しなければならないこともあるだろう。そういうこともあり得るかもしれないが、今ここで諦めるわけにはいかないし、まだ余裕もある。だからこそ、今の状態からの好転を目指してみんなで頑張りたいのだ。
私のそういう思いは表情にも現われていたのかもしれない。そして、その意を汲み取ったかのように矢島が口を開いた。
「店長、俺は先日将来の夢として居酒屋も考えている、ということを言いましたよね。今、この商売の大変さの一面を感じているわけですが、だからといってもう駄目だという気持ちにはなれません。近所の店を見てみても、ウチと似たような状況でしょうが、頑張っているし、何といっても仕事の疲れを吹き飛ばそうとお酒を飲み、仲間といろいろ会話する。中には愚痴もあるでしょうが、そういう場を提供する仕事ってやりがいを感じるんです。だからといって、今、すぐに売り上げを伸ばすようなアイデアはありませんが、気持ちだけはしっかり持っているつもりです。だから、今、店長がおっしゃったこと、すごく心に沁みました」
何かの具体案が出たわけではないが、矢島の言葉は私にも響いた。
「ありがとう、矢島君。今の言葉だけでも力が湧いてきたよ。今日、何かアイデアをと言ってもなかなか出ないだろうし、今日はみんなの気持ちを確かめたということにしよう。これからは店のことだけでなく、もっと違うことを話そう」
現状を考えても見えないことがあるし、それぞれの思いを整理することも必要だろう。特にアルバイトの大学生にこういう話をしても現実感が無いだろうしということで、今度はみんなの夢を聞くことにした。
「こんな経験を今後するかどうか分からないし、いつまでこの状態が続くかも分からない。でも、こういう時だからこそいろいろな考え方や方向性を念頭に将来のことも考えることもできるかもしれない。君はどうだ?」
私と矢島が話している時、ちょっと表情が違ってきていたアルバイトの1人に尋ねてみた。
「僕はまだ2年生だから、卒業後、どういう仕事をやりたいとか考えたことはありませんでした。でも、2人の話を聞いていて、何か自分のやりたいことややりがいを持つこと、それからそういうことを前提に自分の気持ちをしっかり持つことの大切さを知ることはできました。多分今の状況であれば、どこかの会社に就職して普通のサラリーマン生活になっているかもしれませんが、そこにやりがいが見つけられればと思っています」
その言葉を聞いて、もう1人のアルバイトも口を開いた。
「俺は漠然とだけどやってみたいことはあります。ただ、それができるかどうかは分かりません。自分にその才能があるかどうかも分かりませんし、会社に入った時、どういう仕事をやらされるかも分かりませんから・・・。でも、店長とチーフの話を聞いていると、どんな仕事をしてもそこに何らかの思いが無いといけないな、ということは感じました。今、俺はここでお世話になっていますが、ここにいるからこそできることということで、俺なりに何か考えてみたいと思います」
この後は少し砕けた話もしながら飲んだり食べたりしたが、帰りのこともあるのでいつもの時間までにして、また近日中にこういう場を作ろうということになった。