この日、私は非常に気分が良かった。それはお酒が入っているからではない。これまでは一緒に仕事をしていても膝を着き合わせて話すということはなかった。
しかし、今晩は違ったのだ。みんなと本音で話せたことから、意識の変革が生じたように感じていた。
店を閉じ、みんな一緒に出て途中まで歩き、一人、また一人と各々の家のほうに向かう。そのちょっとした帰り道すら、とても充実感があるのだ。先ほどまでの変な閉塞感はすっかり消えており、逆に力が湧いている感もある。改めて人の心というのは不思議なものであり、それが自分の身体のほうにも影響しているということを実感していた。
自宅まで帰る途中、その時点ではすでに1人だったが、整体を受けている時、奥田から聞いた言葉を思い出した。
それは心と身体の関係だ。
普段、あまりこの2つの関係を考えることは無いだろうが、ある時、その関係性を感じることがあるかもしれない、という話だった。
そのことが今、ふと頭の中に浮かんできたのだ。人はそのいずれがおかしくなってもバランスを崩すし、それが継続したり過度であれば具体的な症状として体験することがあるという。奥田が意識している整体術というのは、そういった心身のバランスを整えるということを念頭に体系化されたものを学んだという。
改めて施術の時のことを思い出すと、あの優しい手の使い方は確かに身体を整えるというだけでなく、気持ちも落ち着いたという感じだったし、施術の後の話も心地良く聞こえた。
自分が生業としてやっている居酒屋も来店する人たちの心のオアシスになれば、といった気持ちでやっているため、先ほどまでみんなで話していたことと合わせ、居酒屋も整体もジャンルは違っても人の疲れた心身をどうほぐすかということは大切なのだと確信したような気分だった。
そういうことを思いながら歩いていると、家に着いた。これまでよりも短い時間のように思えた。
いつものようにドアを開け、家に入ると美津子は帰っていた。
「おかえりなさい。あれ? なんだかご機嫌ね。良いことあった?」
「そう? 分かる? 今日はちょっと気分が良いんだ」
私は笑顔で答えた。いつもの通り美津子は冷蔵庫からビールを2本出し、リビングのテーブルの上に置いた。その上で私にその理由を尋ねた。
「教えて、教えて。私、最近のコロナのことで何だか毎日、気が重くて・・・」
そう言う美津子のリクエストから、今晩1号店でみんなで話したことを順を追って説明した。そして、帰り道で考えたことも一緒に話した。美津子はその話を黙って聞いていたが、少しずつ表情が明るくなっていった。
「私もその中に加わりたかったな。良い話じゃない。間接的にだけど、私にもその時の様子が伝わってきたわ。今度、2号店のみんなにも聞いてみようかな。最近、私の店も数字が芳しくないので、時間は作れそうだし・・・」
「いいね。2号店のみんなの様子は今一つ分からないけれど、同じような感じで話せるかもしれないし、もっと良い感じになるかもしれない。良いアイデアや話があれば俺にも教えてくれ」
そのような感じの話をしながら就寝の時間を迎え、寝室に向かった。