「みんな知っている通り、今、コロナの問題でとんでもない状況になっている。北海道のほうでは先月、独自の緊急事態宣言が出されたよね。学校関係は全国一斉に休校になっているし、もう横浜のダイヤモンドプリンセス号の時の騒ぎじゃない。北海道では宣言に伴って不要不急の外出自粛を促しているし、そういうことが全国的になると居酒屋という商売は上がったりだ。でも、俺には雇用を守る責任がある。ただ、一人だけではどうにもならない。だから今日、みんなにもいろいろアイデアを出してもらい、可能なことであればそれを実行に移し、この状況を打開したいんだ」
私は真剣に全員に訴えたつもりだ。矢島はすでにいろいろ話してあるためか、私の言葉に頷いていた。中村もチーフという立場からか、矢島ほどではなかったが真剣な表情になっている様子が分かる。
そんな状況の中、まず矢島が口火を切った。
「店長、その気持ち、よく分かります。俺、ちょっと前に将来居酒屋をやりたいってことをお話ししたし、さっきもその話をしました。だから、先日以降、自分なりにいろいろアイデアを考えてきました」
早速建設的な話が出てきた。このようなところは以前話したことが効いているのだろうが、今日のミーティングには打ってつけの出だしだ。中村はその話を聞き、出遅れた感じを持ったようだったが、こういうことは一度でも関連した話をしているかどうかで違ってくる。矢島は先日、私と話した時から自分なりに考えていたようだった。
「それでどんなことを考えたの?」
美津子が聞いてきた。普段あまり話す機会がないので、直接考えを聞きたかったのだ。
「はい、ランチタイムです。これまでウチは居酒屋ということで夕方からオープンしていましたよね。他ではまだ数えるくらいですけどお昼も店を開けている居酒屋がありました。俺もリサーチのつもりでちょっと行ったことがありますが、正直、あまりお客さんはいませんでした。やっぱり夜のお店、という感じが強いのでしょう。でも、この時期、もう一回行ってみたんです。すると前回とはちょっと違い、思ったよりもお客さんがいました。だからウチもランチタイムを設け、これまで集客できなかった時間帯を攻めたらどうかと思うんです。その際、男性客だけでなく、女性客にもアピールするようなメニュー構成になればと考えました」
ランチタイムのアイデアは私も頭になかったわけではない。しかし、どれくらいの来店が見込めるかとかは不明だし、客単価が夜よりも低くなることは分かっている。だから、どうしても一歩踏み出せなかったのだ。
「おそらく店長もこのことは考えていらしたでしょうが、これまで夜が順調な時にはあえて単価が低い昼間にオープンすることはできなかったと思います。俺も今まであればそう考えたでしょう。でも、今は違います。毎日、実際に売り上げを上げていかないと、どんどんじり貧になっていきます。現状を考えると、数字的にあまり見込めないからということではなく、工夫して、どうしたら少しでも数字に結び付けるかが大切と考えています」
これまでになく雄弁にもしかも力強く語る矢島だった。その様子に、その場にいた全員、一瞬矢島が社長できないか、と思える空気が流れていた。