例年なら混み始める時間帯になってもなかなか客数が伸びない。これは最近の傾向だが、今日は水曜日ということも関係しているかもしれない。
なるべくそういった理由を探そうとしている自分に気付き、そういうことは経営者の場合許されない、という意識がすぐに首をもたげ、すぐに打ち消す。最近の自分によくあるパターンということを改めて思うが、夜の状態を見るとつい弱気になるところがある。幸い、今日スタートしたランチタイムが思ったよりも良い数字になったので、いつもよりは元気でいる自分がそこにいた。
そういう時に思い出すのが昨年のことだが、今の時期は花見のシーズンであり、実際に公園で宴会をやらなくても、夜、外出した人たちがその足で来店することもよくあった。時間帯としては少し遅めになるが、それが忙しさのピークの一つになる。本来なら1年の中での年中行事になるので期待していたが、週末の夜間外出の自粛要請が効いているのだろう、最近はそれがない。実際に、来店している人の話を聞いていると、公園自体が花見禁止になっているようで、桜を見る時も歩きながらになっているそうだ。私たちの場合、夜が稼ぎ時になるので花見は何年もやっていないが、テレビで桜を見ている。恒例の花見が今年は近所でもできなくなっているという現状に、改めて今回の感染症の影響の大きさを感じる。
「チーフ、今日も夜は今一つだね」
私は店内の様子を見ながら厨房の横で小さな声で矢島に言った。
「そうですね。ランチの時は短期決戦ということもあり、結構忙しく感じたんですが、夜のほうはちょっと・・・。この勢いならば今日は赤字にはならないでしょうが、商売には波がありますからね。稼げる時に稼いでおかないと・・・」
矢島の言葉は経営者的な内容だった。こういうところに信頼を置くことになるが、その矢島が提案したランチ企画がこの日の気持ちの落ち込みをカバーしてくれた。
時折入る追加オーダーのためにゆっくり話すことはできないが、細切れでは話せるくらいの状態だ。
その会話の中でオープン時に相沢と話したことを矢島にも伝えた。
「へえ、相沢さん、そういうことをおっしゃったんですか。ほとんど毎日のようにお見えになっているんで、何でだろう、と思っていたんです。近くには同業者も多いですしね。でも、味を誉められたのは嬉しいですね。飲食店ですからこの点はいつも意識していましたが、それが理解してもらったって感じですね。・・・店長、やっぱりこの店、大丈夫ですよ。この前のミーティングからアルバイトのみんなもちょっと違っているように思いますし、感染が収まればまたお客様も戻ってくると思います」
長く話せるわけではないし、大声でしゃべるようなことでもない。2人でささやくような感じで話しているが、その表情は普通に話している時と変わらない。そこから余計に矢島の本気度が伝わってくるが、今日の話は夜、美津子にも話すことにした。もちろん、2号店のランチの様子も聞きたいし、今晩はちょっと良い感じの話になりそうな気がしていた。