この夜、私のほうが早く帰宅したが、その差はほとんど無かった。お互い「ただいま」と「おかえり」の言葉が続き、私たちはすぐにリビングに行った。もちろん、定番のビールを冷蔵庫から出した上でだが、美津子の表情を見るといつもより明るい感じがする。その様子を見て、これからの話に期待を持った。
「今日、どうだった? ランチタイムだけど・・・」
私のほうから尋ねた。顔は少々笑みを含んでおり、その様子で美津子は1号店の様子が分かったようだった。
「1号店のほうも調子が良かったようね」
「『も』ってことは2号店もそう?」
「そうね、予想よりもお客様が見えて、女性の方が半分くらいだったわね」
「1号店もそんな感じたよ。特に日替わりのオーダーが多く、用意していた食材が足りなくなるのでは、と心配したくらいだった。食材がチキンで、男性用の日替わりも同じ食材だったので重なっちゃったな。これからのメニューは重ならないようにしたほうが良いかもしれないけれど、チキンであれば人気のから揚げにも使えるし少し多めに仕入れても大丈夫だよね」
「そうね。でも、3日後までは決まっているので今からは変えられないし、これは4日後以降の分で考えよう。ところで、1号店に相沢さんという常連のお客様がいるけど、今日、良い話を聞いたよ」
私はとても嬉しそうに言った。その時の様子は最近の来店者減を感じさせないくらいの雰囲気だったが、その感じから美津子も興味津々の表情になった。当然、どんな話かを聞きたがったが、私はまずビールで喉を潤し、おもむろに話し始めた。
「これまでは挨拶程度であまり深く話したことはなかったけど、昔、広告代理店に勤めていたそうだ。今回のランチ企画も知っていて、そのことをきっかけにいろいろ話してくれた。その中で一番嬉しかったのは、ウチの味を認めてくれたってことだ。その上で、今後のアドバイスもしてくれた」
私はこういう切り出しで今日のことを話し、ランチ企画初日にして良い雰囲気だったということを美津子に話した。
「そう、順調な感じで良かったわ。じゃあ、2号店のことを話すね。メニューは1号店と同じだから様子は分かると思うけど、明日の日替わりは何ですか、という質問を複数のお客様から頂いたわ。それから、ウチには女性のアルバイトもいるでしょう。だからかもしれないけど、お会計の時、美味しかったとか、カフェのメニューとしても良いのではとか、居酒屋さんのランチとは思えない、といったとても良い感想を耳にしたそうなの。今回、普通の居酒屋さんのイメージをあえて払拭するような感じで考えていたでしょう。それがうまく当たった感じになったのではと夜の部の準備の時に話が盛り上がったわ」
美津子も2号店の様子を嬉しそうに話した。内容は異なるが、やはりしっかりした手応えを感じた結果なのだろう。そしてその内容は私が相沢から聞いたこだわりの味のことにも通じるので、ますますこれまでの方針の確かさを実感していた。
この時、そもそもなぜランチ企画を始めたのかはあまり頭になかったが、この後の話は新しい企画をどう軌道に乗せて行こうかという話が中心になった。