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緊急事態宣言発出 35

 この日、私はいつも通りの時間に店に着いた。そのため開店前の準備もいつも通りだ。ほどなくして矢島が出勤するパターンもいつもと変わらない。ランチの準備についても最近はスムーズにできている。来店する客の様子も分かっているので、実際に忙しくなるまで少し時間が取れた。そこで私は今朝テレビで聞いたことを矢島にも話した。

 同じようにテレビを見ていたのだろう、矢島も今朝聞いたニュースは知っていた。

「俺もあのニュース、びっくりしました。それだけ深刻なんでしょうが、宣言が出るということであれば、居酒屋は大打撃でしょうね。もちろん、それだけでなく、社会全体が大きく影響を受けるでしょうし、これまでは海外のロックダウンの話、他所事のような感じで聞いていたけど、自分の身にも降りかかってくるということにはショックです。外出自粛も要請されるようですし、営業時間短縮の話もありますよね。確実に売り上げ、落ちますね。何とかランチタイムで数字が上げられれば良いけど、まだスタートしたばかりですから分かりませんよね。夜の時間のように、今日のメニューやお勧めの話をする時、追加オーダーを誘うこともランチではできませんしね」

 矢島も自分なりに今回のニュースについては理解し、考えているようだったが、こればかりは考えてどうにかなるような要素はない。漫画ではないので、何か特別なアイデアで一発逆転というわけには行かないのだ。

「でも、ずっとというわけじゃないでしょう? まだ正式ではないけれど、1ヵ月程度というようですし、そういうことであれば、ウチの場合、割と常連の方がいらっしゃいますし、宣言の解除後はまたこれまでのようになると思います。1ヵ月と口で言うのは簡単で、実際には数字が落ちるのは痛いけど、でもこればかりはどうしようもないので、できる限り接客などにも気を付け、落ち着いたらまたゆっくりしていただけるようにしましょう。初めてのことばかりで大変ですが、俺も頑張ります」

 思ったよりもしっかり考えてくれていて、しかも強い気持ちを持っていることが改めて分かったことに、私はとても嬉しく思った。

 そう考えると朝、私一人が落ち込んでいたように思える。

 やはり疲れているのだろうかと、改めて自分に問うてみた。考えてみれば他には口にしなかったが、最近の世の中の流れを考えすぎ、そういうところがストレスになっていたかもしれない。経営の改善ということで始めたランチタイムも、初めての試みだったため、意外と心労があったようにも思う。売り上げアップのため、ということで行なったことでも失敗するリスクが念頭にあったからだ。そして、こういうところは経営者にしか分からない心の問題なのだろうと改めて自分に話しかけていた。

 でも、明日は奥田のところに予約が入っている。今回はしっかり心身を解放してもらおうと楽しみにしている自分もそこにはいた。


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